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2014年 05月 14日

方便法身 3Dプリンターの近未来図

先週、3Dプリンターでプラスチック製の拳銃を作っていたとして
湘南工科大職員の男が銃刀法違反(所持)で逮捕されたという事件は、
その拳銃での直接の被害者の方がいなかったから書けることだが
「その手があったか!」
と、ついつい思ってしまった。
この手、つまりこの発想は3Dプリンターが出てきてからの
小説や映画やテレビドラマなどのフィクションの世界でも
あまり登場していないように思えたからだ。
もっとも私の勉強不足ですでに登場していたのかもしれないが、
3Dプリンターで拳銃を作った話は知らない。

前のシーズンの「科捜研の女」で
記念館に保管されていて外に出たことがないトロフィーが凶器に使われていて、
遺体の傷跡の形状から凶器はそのトロフィーに間違いないのだけれどもどうなっているの?
というフィクションの世界のなかの事件があったけれども、
ドラマの前半で3Dプリンターを使いこなす女医さんが登場した時点ですでに
「トリックの中心に3Dプリンターがある」
と先の展開が読めてしまった。

でも、もうすでに拳銃を3Dプリンターで作っていたという衝撃と、
それに関係してビッグカメラで拳銃が作れるものではないだろうけれど
3Dプリンターが69800円(税別)ですでに普通に販売されていることの驚きが重なった。

画像の3Dは、ディズニーランドやユニバーサル・スタジオで30分以内のものを鑑賞するのは
とても面白いけれども、元々映画の世界などは『アバター』ぐらいの必然性があれば別だけれど
ファンタジーの原点だと思う子どもの絵本が「飛び出す絵本ばかり」などということはないので、
3Dでの映画製作はそんなには普及しないと思っていた。
3Dテレビではさらにそう思う。
確かに家電量販店で専用メガネをかけてのデモンストレーションを体験すると
野球場のなかでセンターを守っているような気持ちになる臨場感があった。
でも、それは野球などスポーツのイメージトレーニングとしては実に有効かもしれないが、
イメージトレーニングをしながら野球を見つつビールを飲むことはなかなか成り立たない。
これは不要だなぁ…というか、普段見るテレビが3Dであればこれは疲れるだろうなぁと思った。
やはり3次元に生きていて3次元の世界への対応に追われる日常生活だけでも疲れるので
本や映画やスポーツのテレビ観戦などという2次元のユルさに癒やされるのであろう。
2次元こそ最高の精神の遊び場!ビバビバ!2次元!

そういうわけで「3D」という冠がついただけで
「それは流行らないなぁ」
という意識がどこかにあって3Dプリンターについては油断していた。
身体の部分のコピーなど、医療の分野で貢献が大であり、
その今後に期待できるというぐらいの認識しかなかった。
そこに唯識思想の見地からも確かめられる
「すべての物体は凶器にもなり得る」
という視点を完璧に忘れていたことを反省しなければならない。

軍事は陸海空が基本で、サイバー空間や宇宙空間は一昔前まで意識されていなかったが
その3次元の陸開空に限定したとしても、
今後は、あまり考えたくないことだけれども空母のなかで
その時の作戦にもっとも適した兵器なり乗り物なりを本部からの設計図のダウンロードをもとに
現地で作ってしまうということがあり得るだろう。

犯罪では「偽札」と「宝石、美術品の贋作」というのは出てくるだろうし、
すでに対策のようなものを考えておかなければならない。
もしも子どもがイタズラをして日本の紙幣をコピー機にかけると
真っ黒になって出てくるということになっているけれども
そのような対策がないと、多分、精巧にコピーできる3Dプリンターで
スカシの細かな凹凸や手触りまでも模倣されると素人は真贋がわからないだろう。
そして1円玉の原価は1円以上するのでそれをコピーするような者は出てこないだろうけれど、
500円玉なんかは3Dプリンターでできてしまうのではないだろうか?
その500円玉、自動販売機なんかでは使えてしまうのではないだろうか?
もしかして、そういう500円玉はすでにいくつか出回っている可能性も?
そうすると、紙幣だけでなく硬貨の方にも何らかのコピーガードが必要になってくる。

私が特に最近、お参りをしつつ、ついつい考えることは「ご本尊」についてである。
木像のご本尊も3Dプリンターについての話であるからもちろん関係あるのだが、
絵像のご本尊についても、ついつい意識をしてしまうようになった。
仏壇屋さんが仏壇や仏具を買った際に付けてくれるような印刷のご本尊は、
精巧な印刷ではあるもののやはり5年、10年という時を経ると経年劣化の具合が
本山(東本願寺)の絵廟所で手描きされているご本尊とはまったく違う。

これが、その微妙な凹凸までもがコピーされて再現できるようになれば(おそらく近未来)
その違いを見極められるかどうかの確信はない。
また、各ご家庭で
「代々伝わってきたご本尊を大事に受け継ぎたいので3Dプリンターでコピーしておきました」
などと言われることになったら、それは悪いことなのかいいことなのか?

美術品については、彫刻などもその細部を精密に再現したレプリカができるとなれば、
美術館からの移動に際しても「盗まれてはいけない」ということと同時に
「コピーされてはいけない」ということへの管理体制のようなことにも神経を使うことになる。

非合法ではない範囲での産業のなかでは、今後は食品で使われていく気がする。
王将の餃子が3Dプリンターからどんどん出てくるというようなことはすぐにはないけれど、
中華料理でいえば「フカヒレの姿煮」が、ハネモノのフカヒレを原材料として
きれいな姿で出てくるあたりのところからその流れがはじまる気がする。

さらに3Dプリンターが活用される分野として
セクシードール(おじさんたちはダッチワイフという)というものが考えられる。
3D映像専用カメラを購入して作品を撮ったけれどビデオソフトは全く売れずに損をした
メーカーなんかがそんな特別な人形を売り出しそうな気がする。

今後、コピーライト(コピーをする権利)というものの定義とシステムが重要になると同時に
何となくだけれども「そのものの原材料の価値がそのままの価値」ということが
3Dプリンターの台頭とともに起こってくるような気がする。
それから、3Dプリンターを作るのも3Dプリンターということになる。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-05-14 06:04 | 草評


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