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2014年 05月 16日

草仏教掲示板(67) 人の心にもとより善悪なし

b0061413_1519577.jpg 人の心にもとより善悪なし これは道元禅師の言葉である。僧侶ではない人の言葉を法語として掲示できうるというところに浄土真宗の特徴のようなものを感じていたことは確かで、前回はとうとう壇蜜の言葉までが登場した。面白かったのはご年配の方から「この壇蜜という方はさぞかし歴史に名を残す名僧でいらっしゃるんでしょうねぇ」と言われたことだ。ともかく、気がつけばけっこう久しぶりに僧侶の言葉の登場である。そして、それは浄土真宗の僧侶ではなく曹洞宗の開祖であられる道元禅師の言葉である。この言葉は『正法眼蔵』のなかにあるのであるが、私は『正法眼蔵』を通して読んだことがない。学生時代に岩波文庫で読んだといえば読んだことはあるけれども、基本的な仏教の言葉さえまったく吟味できなった頃であるから、やっぱり読んだことがあるとは言えない。ただ、わからなくてもいくつか感じてくる言葉というものは私なりにあって、ある意味浄土真宗の僧侶の視点からすぐに感じてくるものがある言葉が「人の心にもとより善悪なし」であった。 大長編野球漫画である『あぶさん』の全巻のなかで(こちらは詳細までは覚えてはいないけれど『正法眼蔵』に比べたら胸をはって「読みました」と言える)私がいちばん感動したシーンは村田兆治投手のカムバックのくだりである。ロサンゼルスでジョーブ博士による右肘の手術を経て2年ぶりのマウンドに上がった村田兆治投手に対し、打者のあぶさん(景浦)はタイミングのずれた大きな空振りをする。しかし、マウンド上でその空振りは自分の全盛期のストレートをイメージしてのものであると察した村田投手が投じた渾身のストレートを、あぶさんはレフトスタンドに大ホームランを放つのであるが、打たれた村田投手は「帰ってきた、オレはここに帰ってきたんだ!」とこぶしを握りしめて歓喜の涙を流すのだ。あぶさんは実在のプロ野球選手が登場するとはいえその対決はフィクションではあるが、その後の「サンデー兆冶」としての劇的なカムバックの象徴となっているような名シーンであった。その村田兆治さんが肘の故障を抱えてつつジョーブ博士と出会う前まで、かなり怪しげな療法や思想にも頼ろうとしたようである。そしてスポーツ医学の第一人者のジョーブ博士の手術を受け、そのカムバックを静かに待つ間に読んだものが道元と親鸞であったと私は聞いている。そして、村田さんは取材をしにきたスポーツライター(確か玉木正之さん)にこう言ったと聞く。「道元も親鸞も、ただただ道を求めてもがき苦しんでいただけなんだ」と。法語とは少し関係のない話になってしまったけれども、その村田兆治さんが引退後のライフワークとしているのが「離島の青少年に野球を教える」ということで、新潟県の粟島をその第一弾として、全国各地の離島を駆けまわった。その集大成として今年の8月18日から5日間、新潟県の佐渡市にて全国離島交流中学生野球大会(離島甲子園)が開催される。北から南から、東から西から村田兆治さんの薫陶を受けた24チームが佐渡ヶ島に集結する。ああ、出かけてみたい。始球式はたぶん村田兆治さんだと思う。65歳の村田さんがマサカリ投法で、豪速球の始球式を見ることができるだろう。

マーヒー加藤 (ブログ文)
日本人シャラポア (書)
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by kaneniwa | 2014-05-16 16:54 | 草仏教


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