2014年 05月 22日

沖縄は日本の一部ではなく、日本が沖縄の一部なのかもしれない

b0061413_2339482.jpg 最近はよかれと思って物事をよく考えるようにしてきた。よかれと思ってよく考えることの弊害は、よく感じるということを二の次にしてしまうということかもしれない。写真は沖縄県宜野湾市の嘉数(かかず)高台公園から昨日の午後5時頃に撮影したもの。ズーム付きのコンパクトカメラだが手前に念珠をした知人の姿があることでもわかるように望遠ではなくむしろ標準から広角側寄りの焦点で撮っている。だから普天間基地に帰っていくこの飛行機と「ニアミス」といってもいいほどに近い距離にある。その爆音のみならず、爆風というものまで感じた。この嘉数高台という場で1945年4月8日からの16日間に沖縄戦最大級の戦闘が行われ、諸説はあるが10万人の人々が亡くなった。そしてその供養のための墓塔も建っていることから、この公園をひとつの墓地として見た時に「危ない」とか「煩い」とかいうストレートな感じ方とともに、そこに手を合わせる人々の黙念の上にさえもその爆音はふりかかってくるのだということを感じた。

b0061413_23392722.jpg 普天間基地問題について最低が県外であるならば、最高は何だったのだろうか。一昨日に初めてお目にかかった沖縄国際大学の大学院教授の前泊先生によれば昨年11月3日の沖縄国際大学での鳩山由紀夫氏のシンポジウムを含んだ講演会への学生の参加者は20名で(一般市民は多く詰めかけられています)あったという。2004年8月13日にヘリコプターCH-53Dが訓練中に墜落、炎上した現場の大学の学生であるから(事故当時は中学生前後だったにしろ)元々無関心であるということは考えにくく、いったんは鳩山由紀夫を代表とする民主党に大きな期待を寄せたがゆえの大いなる失望ということがあるのではないかと感じる。ただ箸にも棒にも、右にも左にもならないようなことを言うようだけれども1972年の復帰までには「祖国・日本に帰ろう」というムーブメントが起き、日の丸をいいな、カッコいいと心底感じてきた人たちも多い沖縄県民のなかの多くの人たちが「本土復帰をして40年以上経っても何も変わらないじゃないか、むしろ状況は悪くなっているじゃないか」とソッポをむいてきているのではないかということも感じる。 一昨年の10月16日に兵庫県の宍粟市を訪れた帰り、大阪から深夜バスで新潟に帰る時に荷が解かれて入荷したばかりの『週刊朝日』を何も考えずにただ読み物が欲しいと買ってさっそく読んでいたら橋下徹大阪市長をその遺伝子と先祖を理由に人格を否定した差別的記事が掲載されていて驚いた。今回は、買いそびれているうちに書店やコンビニから姿を消していた『ビッグコミックスピリッツ№25』を沖縄で手にした。「福島の真実」編のクライマックスとそこに寄せられた批判や意見が10頁にわたって掲載されたものであった。福島、沖縄を地域とかポイントとして見るのではなく、その問題から見るならば福島は日本の一部ではなくて日本が福島の一部であるし、沖縄は日本の一部ではなく日本が沖縄の一部であると感じていきたい。それを感じずに考えてばっかりいるのは嫌だ。


マーヒー加藤 
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by kaneniwa | 2014-05-22 23:23 | 草評


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