2014年 06月 09日

コッヘル239番 ヒジキの煮物

b0061413_13374464.jpg 先月、ウイルス性炎症で全来日公演の中止を発表したポール・マッカートニーである。71歳なので決して無理はしない方がいいと思っていたが来日して観衆の前で一曲も歌わずに帰ったのは1980年以来となる。その1980年にマリファナ所持による麻薬取締法違反によって9日間留置場に入れられていた間、ポール・マッカートニーにとっては朝食の味噌汁が嫌だったそうで、特にワカメの味噌汁というものが屈辱的でさえあったそうだ。(湯川れい子さんとの対談によれば、現在のポールにとってミソスープは好物であるそうだ)屈辱という言葉は言い過ぎかもしれないが、和英辞典でもワカメはwakameでしかなく、海藻類をひとくくりにして、だいたい英語では seaweedと呼ばれている。 weedはボウボウ生えている雑草という感じの言葉みたいなので、そのヘンのニュアンスの部分に屈辱的なものがあったはずである。太平洋戦争中にさかのぼれば、新潟県の直江津町(現上越市)にあった東京俘虜収容所第4分所の所長らが収容されていたオーストラリア人捕虜たちから「木の根を食べさせられた」という告発を受けて横浜裁判で8人が絞首刑となっている。直江津捕虜収容所事件として知られている史実であるが、その「木の根」というのは牛蒡(ゴボウ)のことであって、与えた方の側としては虐待を意図してのものではなかったと考えらる。戦争そのものを回避できなかったことがいちばんの大罪ではあるが、戦後のお裁きがすべて正しく絶対的なものであるとも言えない。 さて、ようやく本題に入るけれどもヒジキの煮物である。内容物としてニンジンはともかくとしてヒジキにしても糸こんにゃくにしても、さらにここにゴボウまでが入ることもあるのだけれども、私たち家族にとっては日常的なものでありつつ、お弁当のお惣菜などについては「欠かせない」とさえいえるこの煮物を、強制的もしくは半強制的に与えたとすれば「虐待をした」とさえとられることがあり得るのだなぁなんてことをついつい考えてしまう。ヒジキにしても解説的ではなくたった一言であらわせる英語はやはりhijikiとなってしまうのだぁと感じる。ただ、視点としてはたまに異文化の外国人の眼で普段の食事を見つめてみるということは妙味があっていいと思っている。ともすれば「虐待食」という評価さえありえるこの煮物を私はその豊富なミネラルとカルシュウムなどの栄養素とともに伝統と文化の力によって美味しくいただいている。「これを食べていると舌や頭だけではなくて体中の骨が喜ぶんだぞ」と言いつつ、虐待のためではなく養育のためにも家族中で賞味している。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2014-06-09 14:23 | 草外道


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