草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ
2014年 06月 12日

草仏教掲示板(69) 親は半分しか育てられない

b0061413_10172591.jpg 親は半分しか育てられない 自分の親としての実感からくるつぶやきにバカみたいに自分で共感しつつ掲示したものの、バカみたいに「半分も育てられたら上等だよなぁ」という感想をもったりする。音読ということの意義が「自分で読み上げた声が自分の耳に言葉として入ってくる」ということにあるのと同様に、掲示伝道ということの意義もまた、自分で選んでみた言葉を自分で目にするということかもしれない。 「勉強しろ」と言われて勉強したことがない私は自分の子どもたちに「勉強しろ」と言えばふてくされて勉強しなくなってしまうであろうことを感覚的に知っている。多分「勉強するな」と言った方が主体的にかつ意欲的に勉強しそうな気がしているが、実際に「勉強するな」と声をかけることはギャンブル的な要素も多分にあるのでなかなか言えない。「無理をするな」と言うことで多少の無理を自発的にしてくれるという感じだろうか。ともかく、半分も育てられたら上等だよなぁと掲示した後に思ってしまう。

マーヒー加藤 (ブログ本文)
日本人シャラポア (書)
[PR]

by kaneniwa | 2014-06-12 10:34 | 草仏教


<< 岡本太郎作品としてバッファロー...      コッヘル239番 ヒジキの煮物 >>