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2014年 07月 16日

寺務仕事の最中のBGM選びは難しい

寺院の事務仕事のことを「寺務」という、語呂合わせというか、
オヤジギャクのような言葉で表現しているのはうちだけではない。

常に電話が鳴り響く事務所で頭を回転させる仕事をしなければならなかった時代から
比べれば、今は比較的に静かな環境でできるのであるけれども
「かえって、静かななかではちょっと耳がさびしい」
ということでBGMにラジオを流すということがある。

民放局のFM放送などは、パーソナリティの語りがおもしろければ面白いほどに
そっちの方に気がいってしまって、こういう場合には向かない。
コマーシャルもやはり気が散る。

ラジオから流れる音楽にしてもBGMとしては、歌詞があるものは気が散ってしまう。
英語の歌詞であっても、普段はよく聴いているインターネットラジオの
ボブ・マーリーの曲ばかり流れる放送局のものなどもメッセージ性が強くてBGMには向かない。
ボブ・ディランの曲ばかり流れる放送局のものも同様である。
どうもボブはメッセージ性がかなり強い。

やはりクラシック音楽というものが無難である。
かといってCDを持っていたりiPadに入っている、自分にとって思い入れのある曲も
こういう場合のBGMにはやっぱり向かないのだ。

NHKのFM放送をつけておくというのがなかなか無難である。
まずNHKなのでコマーシャルがなく、クラシック番組も昔ほどではないけれども多い。

この前の日曜日の午後2時から寺務仕事をしながら
NHKのFM放送を聴いていたら、
最初は
「あれれ、渋谷陽一がクラシック番組のパーソナリティをしているのかなぁ?」
と思ってしまった。
渋谷陽一は私が中学生の頃からNHKでロック番組のパーソナリティを務めていて
現在も金曜日の夜に『WORLD ROCK NOW!』という番組をやっている。
QUEENが世界で最初にといっていいほど日本で人気が出たのも、
爆風スランプがメジャーデビューしたのも、この渋谷陽一氏が自分の番組で絶賛したことが
大きかったと思う。

とにかく、私が聴いていた『キラくら!』という、
要するに気楽にクラシックを聞こうという趣旨の番組のパーソナリティを務めていたのが
女性チェリストの遠藤真理と、それからお笑いタレントのふかわりょうであり、
私はふかわりょうの声質と語り口が渋谷陽一に実に似ていると思ったのであった。

そのラジオをしながらやっていた仕事は計算であった。
私はどこかの県議会議員とちがって公私の区別をつけつつ公的なものは
領収証をしっかりととってある。
たまに「市場で仏花用の花を購入した」
などという理由で領収証がないこともあるけれども、それは「例外」のような頻度である。
それから、もっと単純な計算であるが
「封筒や印刷物の数をかぞえる」
などということをやっていた。

数をかぞえるという単純な計算ながら、頭はそっちにいっているので、
クラシック番組が流れるNHKのFM放送の『キラくら!』はなかなか快適だった。
新しく知る曲も流れるし、遠藤真理とふかわりょうのトークにしても軽妙であり
なおかつ
「ふかわりょうはこんなにクラシック音楽が好きだったのか」
と思ったし、先ほど書いたように語り口が渋谷陽一に似ていて、
渋谷陽一がロックではなくてクラシック音楽を大プッシュしているようで面白かった。

ところが、モーツアルトの曲が流れたあとで
「ただいまお送りした曲はモーツアルト作曲のメヌエットでケッヘル334番の第3楽章でした」
という紹介があり、
私はその時に封筒の数を数えていて35から36あたりを数えていた頭のなかに
ケッヘル334番の第3楽章という数字の連呼にすっかり惑わされてしまった。
封筒は50づつの束にして輪ゴムでまとめておくつもりだったのだが、
ひとつから数え直しとなってしまった。

『キラくら!』はなかなかいい番組のように思えたが、
そういう作業中のBGMには向かないようだな、と思った。
数字が頭のなかにある時に数字をアナウンスされると混乱してしまう。

そこで、インターネットラジオのクラシック専門局のなかから、
オーストリアのザルツブルク(モーツアルトの出身地だな)発のラジオ局で、
モーツアルトの作品のなかからシンフォニー(交響曲)だけが
アナウンスなしに淡々と流れるという局を見つけた。
ちなみに局名は「Abacus.fm Mozart Symphony」という。

こいつはいいや!
とそれを聞きながら作業を続けていたら、
冗談みたいなことが起こって自分で爆笑してしまった。
この放送局はモーツアルトの交響曲が淡々と流れるだけで
解説はもちろんアナウンスなどはほとんど入らないのに、
再び封筒と印刷物の数をかぞえている最中に
英語でそのFM局の周波数が連呼され、
またまた数え直しとなったのであった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-16 12:53 | 草評


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