2014年 07月 20日

バイアス(偏り)

「天下国家を左右するような事件や現象があるのに、テレビは何とのんきなのだ」
という趣旨の新聞投書を月に1回は目にする。

ホント、私もそう思ってしまった。
7月の18日になったばかりの深夜にウトウトしながらNHKのラジオを聴いていたら、
ウクライナ上空でオランダのアムステルダムからマレーシアのクアラルンプールに
向かっていたボーイング777が墜落し、撃墜された可能性が高いという
ニュースを聴いて飛び起きた。

胸騒ぎを覚えたまま眠り、朝起きてから続報が知りたくてテレビをつけた。
確かに紛争地に墜落し、ニュースソースもロシアからの通信、ウクライナ高官、
ポロシェンコ大統領のTwitterなど非常に限られていたということはあるけれど、
何なんだ、チャンネルを変えても芸能、ファッション、グルメの情報を
この時に延々と流し続けているテレビというものは?

8時以降での報道と報道ショーのなかでも
ベネッセコーポレーションの名簿大量流出事件や
号泣県議(野々村竜太郎元県議)に関することの比重が
戦争に巻き込まれてのマレーシア航空機墜落の重大さに比して大きすぎる。
これは穿ちすぎる見方かもしれないけれども、
3月のマレーシア航空機消息不明事件の方がミステリアスな要素が大きいからか
扱いが大きかった気さえしている。
この6月は小学生、中学生、高校生という子どもがいることもあって
たくさんの受験業者からの勧誘電話があって、その直後に名簿の大量流出の報道があり、
ベネッセの件も別の日に書いておきたいぐらいに関心は持っていた。
しかし、マレーシア航空機墜落に関する情報の方がそれでも重要である。

号泣県議に関することは、これで政務活動費というものにスポットが当たったのはいいとして、
問題の本質に関わると思うが、ラジオでの報道は事実関係を読み上げるだけの簡素な報道であり、
それに比してテレビでは号泣シーンと野々村元県議が耳に手を当てるシーンを放映し過ぎである。
それらがテレビで繰り返し流れるのは(最近はNHKも流すなぁ)
耳に手を当てるシーンはPerfumeやゴールを決めて歓声を聴くハメス・ロドリゲス選手に
似ていたりしてオモシロイからだろうか?
号泣シーンについてはキレ芸としての、やはりオモシロさからか?
私はおもしろくないなぁ。
「泣きたい時には泣いていい」
という教育を子どもたちにしてきたつもりであるが、
それは泣きたい時には人目をはばかる常識的な大人への信頼が前提だ。
教育方針、撤回。
テレビ局は(ラジオ局では泣き声がオンエアされたところを聴いたことがない)
号泣シーンを映しだす時には、これこそ
「小さいお子様は絶対に真似をしないでください」
というテロップが必要である。

マレーシア航空機撃墜についての続報を求めつつテレビをつけたので
思わず
「こっちが泣きたいよ!」
と言っちゃった。

報道でさえ、オモシロくなければいけないのだろうか?


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-07-20 05:58 | 草評


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