草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ
2014年 07月 31日

除草趣味 竹やぶのビフォー&アフター

b0061413_273374.jpg 今のところコッヘル料理の主力食材となっている筍であるが、筍自体の旬は私の地域だとちょうどゴールデンウィークの最中ぐらいであるが、年間通じての竹やぶのお手入れは大変だなぁ。除草剤なんてものは使えないし、草刈機のたぐいなんか土が柔らかいし竹が密集しているポイントなんかはかえってやりにくくなってしまうから、古典的にカマが中心の草刈りである。「毎日ちょっとずつやればいいさ」とは口では言うものの、仕事や趣味や試験勉強などと同じく、ある程度の時間は熱中してやらないと成果はなかなか出ない。とは言うものの7月の暑さのなかで草刈りに熱中して熱中症となってはシャレにならないので、朝の5時から9時頃までというような「朝飯前」にはちょっとハードな草と向き合うのであった。「仕事」と考えるには成果である春の筍の価値と作業とを秤にかけて「時給」という観念をもつとモチベーションは上がらずにむしろ下がってしまう。「趣味」だと自分に言い聞かせてみると、確かに1時間ほど続けていると「雑草ハイ」と言えるような時間帯の訪れもなきにしもあらずではあるけれども、そのわずかな時間帯を除くとすれば「早く終わらしてアレやりてぇコレやりてぇ」ということを考えていることが多いような気がする。やはり趣味ではないし真面目な作業員でもない。ふとカメラを取り出してビフォー&アフター写真を撮って、まずはシャラポア(妻・日本人)にほめてもらい、さらにはブログに投稿して読者の方々や見知らぬ人からさえもほめてもらおう…なんてことを考えたら、その浅ましい根性をもってモチベーションが上がった。

b0061413_275464.jpg この作業は熱中症対策で朝が中心ではあるけれども、やっぱりそれに関わった日の夜のビールは美味い。ビール好きであるがゆえに日頃はお脳の方で銘柄がどうのこうのと考えてしまうが、草野球の試合の後の打ち上げやアウトドアでテントやタープをはった後のようにお脳だけでなく「この身が喜ぶ」というビールとなる。そして農業は英語でアグリカルチャー(agriculture)でカルチャー(culture)という言葉に「土を耕す」という語源があるように、やっぱり身体を動かすことによってお脳の方も雑念そのものでありつつもどこか文化について考え出すみたいだ。本当は作業中のその雑念そのものをTwitterなどでつぶやけばとても面白いかもしれない。しかし、カマを持ってのTwitterは危なくて仕方がないし、作業はまったく進まなくなるのは目に見える。こうして作業を振り返りつつ「何を考えながら草刈りをしていたか?」を思い出すことに留めたい。Twitterではなくブログでも雑念そのものではあるが、この日に考えていたことは「盗む、ということの罪の重さについての一考察」であった。まずは昨今、特に秋の収穫期に農作物が盗まれるという事件が相次ぐ。私はプロの農家ではないけれどもこうしてたまに除草作業をしているだけで「育ててきた苦労に徒労感を与える」ことの罪の重さ、のようなものを感じ取った。それはマネーという狩猟や農耕の成果が記号的に置き換わった形をとっていることが多いだけのことであって「盗む」ということの罪の重さの原型は「それだな」というようなことを感じた。窃盗犯罪のことだけではない。かつて何万石(ごく)といったように、米は通貨にも等しく、年貢という形の税金を収めていたわけであるが、それをもってアホらしい浪費や無意味な戦(いくさ)に使われていたのでは「たまらんかっただろうなぁ」という感覚が沸き起こってくる。そこからさらに雑草は雑念のインスピレーションをくれるのである。「著作権犯罪」の罪がわかりやすいのが、コピーガードを外してDVDビデオなんかを簡単お手軽に複製しちゃうことは、恥ずかしい(意識の差はあるだろうが…)思いをしながら一肌脱いで体をはっている女優、男優の立場からするなら、そのお手軽さに腹が立つ思いをするのだろうなぁなどということも思った。密かに愚案をめぐらせた雑念集なのでブログ記事としてもまとまりがあるわけがない。


マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2014-07-31 04:54 | 雑草


<< コッヘル241番 海苔ワサビチーズ      逗子海岸と鎌倉由比ヶ浜の問題について >>