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2014年 08月 07日

昨日の新聞から

私は香山リカという人はジャイアント馬場を崇拝するプロレスファンであるということ以外には
今まで好感をもったことはなかったのだが、
昨日の毎日新聞の朝刊での香山リカが執筆している「ココロの万華鏡」というコラムには
感じ入ることが書いてあった。

不登校や家庭内暴力をふるう子どもで「親が先生」というケースが多いということだ。
筆者(香山リカ先生)があげるその「先生」の種類は
学校教師、弁護士、医師、教会の牧師であった。

香山リカ先生はこのコラムをはじめ「精神科医」という肩書で文章を書くことが多いが、
なぜか医学部のない立教大学で教鞭をとっている人間関係から「牧師」が出てくるのだろう。

香山先生は子どもに付き添ってきた「先生」と呼ばれる親の顔に
「私が他の人を指導する立場なのに、わが家に引きこもりの息子がいるとは…」
という辛そうな顔をしていることが多いという。
そういう親に香山先生は心の中でこう呼びかけるそうだ。
「そうやってあなたがまわりから立派だと言われ、
 そう振る舞い続けているから、
 息子さんはあなたの弱い部分を全部引き受けてくれているんですよ」

どんなにやさしそうな人にも意地悪な一面があったり、
逆に悪人だと思われている人にも善良な部分があるという。
表には出てこない正反対の顔のことを心理学で「シャドウ」と呼ぶ。

香山先生のコラムは、その後、河合隼雄先生の
「シャドウの肩代わり」論を紹介していく。
つまり、常に尊敬され常に立派だと言われ
「シャドウ」など出せないままで立派な顔を見せ続けていると、
家族のなかの誰かが「シャドウの肩代わり」をする場合がある、という。

ああ、別にアンチ香山というわけではないけれども、
私が感じ入った部分は香山先生というよりは河合隼雄先生の論の部分だった。

それにしても、これは私の先入観やら憶測が入っているけれども、
この香山先生の文章は佐世保市女子高生殺害事件を強く意識して書かれているように
思えてならない。
その事件についての「シャドウ」の部分があまりにも
色濃いからそう感じるのかもしれない。

同じ新聞に
「理研の笹井氏自殺」
の記事が大きく載っていた。
新聞には「笹井氏」であるが、多くのひとから「笹井先生」と呼ばれた存在である。
理化学研究所発生・再生科学総合研究センターと渡り廊下でつながった
先端医療センターという場所で首をつったという。
難病を克服することにも将来大きな期待を寄せられている
世界の最先端の再生医療研究施設で自殺があること自体はいけないことは当たり前である。
当たり前ではあるけれども、私のように気晴らしもやけ酒も不真面目な鬱憤晴らしもできる
アホになれる者からは笹井先生の立場を想像することはとても難しいのであるが、
今の日本のなかで「立派な顔しかすることができなかった存在」としての苦悩に
少しは想像をめぐらすのであった。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-08-07 02:17 | 草評


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