2014年 09月 08日

錦織圭選手の決勝戦、WOWOWに加入していないので見れないか…

WOWOWに加入していないので、錦織圭選手の全米オープンでの活躍は
日刊スポーツのサイトに次々と書き込まれてくる試合経過を見ながら、その試合展開を想像し、
ダイジェストのところだけを後からスポーツニュースで後追いをするという
ちょっともどかしい見つめ方になっている。

テニス鑑賞歴は35年以上となる。

何と言っても最初の頃のその鑑賞の中心はビヨン・ボルグであった。
ビヨン・ボルグvsジョミー・コナーズ(1977年と78年の全英決勝)
ビヨン・ボルグvsロスコー・タナー(伝説の1979年全英決勝)
ビヨン・ボルグvsジョン・マッケンロー(さらに伝説の1980年全英決勝)
というようにテレビ中継をしてくれる全英での決勝が中心だったが
ボールゲームの個人競技として、実に面白いものでひきこまれた。
ロスコー・タナー選手はサウスポーで、今でいうビッグサーバーの先駆者のような存在で、
1979年の全英オープン(ウィンブルドン)ではそのサーブが絶好調で、
決勝ではさらに絶好調だったがとうとうボルグは攻略できなかった。
1980年の決勝はさらに激烈なものとなり「もう寝よう」と思いつつも
完全徹夜の夏の日になった。

ボルグ引退後に
1980年の全英解説者(神和住純か?)が「きっとジョン・マッケンローの時代が来ます」
と言った通りジョン・マッケンローの時代がやってきた。
その時代にはイワン・レンドルなどがライバルであった。
全英ではなぜか勝てずに応援する人々は「イワンのバカ」と言ったとか言わなかったとか。

その時代の後に若きビッグサーバーであるボリス・ベッカーの時代がやってきた。
ライバルはボルグと同じスウェーデン出身のステファン・エドベリ。
その合間に1987年はパット・キャッシュというオーストラリアの選手が全英を制覇した。
パッと現金(キャッシュ)で払っていきそうな景気が良さそうな名前と
小気味いいプレーぶりが良かった。

その後、すぐれた総合力をもつピート・サンプラスの時代がやって来て、
そのライバルにはアンドレ・アガシなどがいた。
全英を7回も制覇したピート・サンプラスの後の時代には
今につながるロジャー・フェデラーとラファエル・ナダル時代が到来する。

ああ、大雑把にテニスのここ35年の歴史を27行程度で振り返った。
どうも昔のオッサンが大相撲の力士の名前を次々とあげてくるのにも似ているかもしれない。

私が持っている最新のテニスラケットはピート・サンプラスが君臨した時代の
好敵手であったマイケル・チャンのシグニチャーモデル(プリンス製)である。
(そう書いていて実際に自分がプレーする硬式テニスというものからは
10年以上遠ざかっていることに気がついた。)
選手時代のマイケル・チャンの試合はサーブ&ボレー全盛時代のなかでストロークが中心で
そのラリーの応酬は実に見応えがあった。
錦織圭選手は大事な時期に実にいいコーチと出会った。
マイケル・チャンは全仏オープンは優勝しているけれども
全米オープンではピート・サンプラスに屈しているので、
もしも錦織圭が今年の全米オープンを優勝するとしたら、自分のことのように大喜びするだろう。

決勝戦での錦織圭選手の相手であるクロアチア出身のマリン・チリッチという選手のことを
私はほとんど知らない。
ただ、M・チリッチ選手のコーチがゴラン・イワニセビッチであるということを知って
「こいつは手強い」
と思った。
ボリス・ベッカー時代からピート・サンプラス時代にかけてのしぶとい好敵手であった。

ともかく手強くない相手など決勝に残っているわけはないので、
この好敵手を破って錦織圭時代の到来を望む。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-09-08 00:20 | 草評


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