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2014年 10月 07日

草仏教掲示板(72) 「花子とアン」のなかの言葉

b0061413_15564829.jpg この法語掲示板はだいたい私(マーヒー)が言葉を選んで、書の方はシャラポア(妻・日本人)が担当するというパターンが大半である。ただ、今回のように言葉の選びもお習字も両方シャラポアが担当するということもたまにある。演劇やドラマのなかの脚本の言葉というのは、本来ならば私もそれを見て共感しての選びならばなおよかった。私は「あまちゃん」はほぼ毎朝、もしくはお昼の再放送をずっと見ていたのだがそれ以後はまたNHKの朝ドラは見ない生活になったがシャラポアの方は「あまちゃん」以降も朝ドラを見る生活リズムになっている。私はたまにしか見ないのだが、たまに見た時の「花子とアン」でミッションスクールに住み込みの少女時代に英語嫌いであった花子が外国人教師の歌声に聴き惚れてそれを歌うというシーンをたまたま見て、その曲というのが The Water Is Wide だったのでちょっと感激した。でも105分の総集編・前編を録画したら、その素晴らしいシーンがカットされていたので残念だった。後半から見ようかと思っていたが、それ以後はまた見なくなってしまった。なので、この 人生は進歩です 最上のものは過去ではなく 未来にあります という言葉がどういう文脈のなかで使われていたかがわからないので、法語解説としてのブログ記事としては冴えないものとなってしまう。ただ、チャールズ・チャップリンがインタビューで「あなたの最高傑作は何ですか」と訊かれて「Next One (次回作だよ)」と即答したというエピソードを思い出す。次のブログ記事がいちばんおもしろいからね!というような求道精神をも含めた未来志向ではありたいと思う。 NHKの朝ドラとして「花子とアン」の次回作は今やっている「マッサン」である。この呼名で呼ばれたことがあり、朝からスコッチウイスキーの話というのはどうもなぁと思っていたが、可愛いスコティッシュでコケティッシュな女性が「マッサン」とまるで私を呼んでいるかのように毎朝囁いてくれるので、今回は見るようになるのかもしれない。 「花子とアン」の最終話の後で、夕食時に村岡花子が訳した『赤毛のアン』の話題になった。シャラポアに「読んだことはある?」と訊ねられ「ああ、圧倒的に女の子に人気があった作品だったから口に出してそれが好きだとは言い難かったけれども夢中になって読んだことがあるよ、おもしろかったよ」と言いながら、本のモノ持ちはいい方なので書庫を漁ってみたら小学館からの出版での『赤毛のアン』を見つけてきた。その『赤毛のアン』を開いてみたら「村岡花子訳」と書いてあった。ドラマはほとんど見ていなかったのに繋がりというものはすでにあって、家のなかで小さなドラマが生まれた。


ブログ文 マーヒー加藤
書    シャラポア(日本人)
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by kaneniwa | 2014-10-07 16:35 | 草仏教


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