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2014年 10月 31日

宙に舞う 秋山幸二だけが見た 孫正義の 頭頂の光 (マーヒー加藤作 短歌)

b0061413_238374.jpg 宙に舞う 秋山幸二だけが見た 孫正義の 頭頂の光 (マーヒー加藤作) 短歌、俳句、川柳という短詩系の文芸のもつ特性と役割のひとつとして「写真を撮るようにその瞬間を切り取る」ということがあるならば、我ながらこれは2014年10月30日の出来事を言葉で抜き出したということになる。ただ、告白しなければならないのは10年以上前に歌人の笹公人さんが 胴上げを されたる男が目撃す アパート二階の 殺人事件 というSF短歌の傑作をすでに世に問うていて、この傑作短歌があったから自分のものを捻り出せたようなものである。それに加えてTwitter上でかつて孫正義がつぶやいた 髪の毛が後退しているのではない。 私が前進しているのである。 という言葉は世界のあらゆる言語に翻訳されつつ現在でもリツイートされまくりであり、一説によれば孫正義はこのひと言だけで村上春樹同様ノーベル文学賞候補になっているとかいないとか。 とにかく秋山幸二監督の胴上げに続いて選手会長の松田宣浩が胴上げされ、そして大隣憲司投手も胴上げをされて孫正義オーナーの頭頂の光を見ている。この大隣投手、国指定の難病である黄色靭帯骨化症を乗り越えてカムバックしてきた投手である。そして私は阪神ファンの目から日本シリーズを眺めていたのだが、それにしても「このマウンドに戻ってきたからには一球たりとも無駄にはしない」ということが阪神打線が手も足も出なかったその投球から見てとれた。内川聖一選手のMVP賞はうなずけるとして、この大隣投手が優秀選手賞さえも受賞できなかったのはおかしいと思った。表彰の関係で決定試合の7回裏ぐらいにはある程度決まっているらしいが、大隣投手をさしおいてあの投球内容でサファテ投手が優秀選手賞というのはどうも納得出来ないなぁ。でも、胴上げによって選手たちが大隣投手の投球の価値をいちばんよく知っているということに感動した。大隣の一球一球に鼓舞されてきたのだろう。

b0061413_2381995.jpg 実はその日本シリーズの決定試合となった第五戦の最中のほどんど、ハードオフスタジアムのナイターにて実際に私も草野球のクロスゲームに没頭していて、帰りの車のなかのラジオで最終盤の実況中継を聞いていた。今年は住職に就任した年でもありなかなか野球の試合に出れなかったのだが、かつての好敵手 寺乃僧留守(テラノサウルス)の助っ人として前半は三塁手で後半は一塁手をしていた。フルに9イニングを戦い、7−9というスコアで何と9回裏の2アウト満塁という「長打が出れば逆転サヨナラ」という劇的なことになりそうな雰囲気で私に打席がまわってきた。そんな手に汗握るような場面で、まさに手に汗を握っちゃって凡打に終わって最後のバッターとなってしまった。くやし~!本当に悔しい。ただ、この試合で「私なりの奇跡」というものが起こった。それは最近、ひどい肩こりであったのだが三塁を守っていて三塁線の打球を捕って一塁に全力投球をしてアウトにした直後に、肩こりがとれちゃったのだ。今、全然肩こりがない。実際にはその瞬間だけが功を奏したわけではなくて、久しぶりに入念なキャッチボールからの準備運動で普段は使っていない筋肉をつかって肩こりがとれたのだとは思うが、反射的に全力での送球をしないとアウトに出来ない場面で久しぶりの手加減しない筋肉使いというものができたおかげではないかと思っている。似たようなことは10年ほど前にもあって、正座のし過ぎで両膝に水がたまってしまってそれがなかなか完治しないままに草野球の試合に出て、しかもその日は控え投手に急用ができてしまって投手までやったのだけれども「今日はホンマに打たせて取るピッチングに徹しよう」と心得てマウンドに上がったら、そう思えば思うほどに(いいことも悪いことも思いの通りにはならないというか)ファールふたつで簡単に2ストライクというカウントになって、そうなるとアウトコースに投げるボールになるカーブとか高めのウエストボールを投げてそれで空振り三振をバッタバッタと取れちゃう。さらに打席に入ると「とても走れないので塁に出ないようにしたいけれど、三振はカッコ悪いからセンターライナーみたいなカッコいい凡打を打とう」なんて考えて打つと(いいことも悪いことも思いの通りにはならないというか)そういう時に限って打球が伸びて左中間への長打コースになっちゃう。そんなのを打っちゃったら全力疾走せざるを得ない。迷っているヒマさえなくて両膝が悪いのに滑り込みまでしちゃう。三塁塁上だったか、二塁塁上だったか、ユニフォームの土を払いながら「アレレ?膝が全然痛くないぞ?違和感が消えているぞ?」という不思議体験があったのだ。 もちちろん、無理をして怪我をすることは恐いのだが、使える体を使わずにいることも何だか恐いのかもしれない。 今シーズンの野球はこれで終わり。来季は投手としてマウンドにも帰ってきたいと思っている。大隣投手ほどではないけれども、老化(草野球投手としては必ずしも悪いことばかりじゃない)はしてくるので一球も無駄球は投げないようにしたい。


マーヒー加藤(野球名ケアレ・スミス)
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by kaneniwa | 2014-10-31 00:38 | 草野球


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