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2014年 11月 17日

いつの間にかブログ歴10年以上になっていました

このエキサイトブログでブログを始めてから10年以上が経つ。
この秋にエキサイトブログ10周年というものをやっていたので、
私はエキサイトブログのなかのほぼ最古参ということになる。
先月末に中越大震災から丸10年だったということで
併せて記憶がつながった。

紙の日記は文字通りの「三日坊主」であったクセに、
途中で長期休養はあったにせよ10年以上もはじめることになった
最初のきっかけは中越地震だったのだ。
もともと今世紀に入って2001年9月11日の同時多発テロ事件まで
Blog(ブログ)という言葉自体を知っている人がまれであった記憶がある。

私なんかが今世紀に入ってからのネット史を一括りにしちゃうのは不遜だけれども、
人と人とのつながりが希薄であることがいろんなところで意識されたり問題になっていた
時代の空気のなかで、大都会そのものをあらわす比喩になっているといえるニューヨークの、
そのなかでの象徴ともいっていい貿易センタービルが崩れ落ちるという衝撃のなか
「何かでつながらなければ」という大衆的共同潜在意識というようなものが
このようにブログというものをあっという間に世界に広めたような気がしている。

10年前からのブログに書かれていることは、
地震そのものについてのことはほとんどなく
日常と、妄想と、たまにはお勉強したことなどをただ書いているだけだ。
震災そのもので当時のブログは今のSNSと比べたら直接的に役に立ったとは思えない。

たとえば震災直後に出入りをしていた県の国際交流協会で
「日系ブラジル人の被災者向けのラジオ放送のためのポルトガル語の通訳がいない」
という話になった時、
私は当時はマリンガという都市の駐在開教師をされていたT先生に国際電話をかけ
「新潟県内で日本語とポルトガル語の両方に堪能な方の名簿をFAX送信願います」
と依頼すると
「よし、わかった、ちょっと待て!」
という返事の後ですぐにあった連絡は名簿ではなくT先生のお願いを受けた
Mさんという県内在住の日系2世の方からの電話連絡で
「マリンガのT先生からのご依頼ですから、喜んで通訳のボランティアをいたします」
という言葉であったのだ。

このことをはじめとして、10年前は
「やっぱりネットでのつながりよりも、結局は直接のつながりと信頼関係だよなぁ」
ということを実感することが実に多かった。

それでも、10年以上、コツコツというよりはダラダラとではあるけれども
これを続けてきて良かったなぁとも実感をする。
「この人はブログがなかったら会えなかった人だよなぁ」
とジワジワと実感する人が何人も現れることとなり、
その人がまた新たに人を連れてきてくれるということが起こっている。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-11-17 00:22 | 雑草


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