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2014年 12月 01日

報恩講私記(1) 即席にしてスーパーバンド結成

b0061413_14183467.jpg 2014年11月30日という日を重要な節目として432年の伝統をもつ真宗大谷派の善良寺という寺院が大きく変わることになるでしょう。なぜならば住職であるマーヒー加藤の意識が劇的に変えられたからです。今までも親鸞聖人のご命日を機縁とする法要であり衆会(しゅうえ)である報恩講を勤めることは浄土真宗の寺院として重要なことであるとは意識してきたつもりです。しかし重要であるがゆえにそれをとても重い義務として感じ、正直に言って報恩講のことを考えると憂鬱になっていたことは否めないのです。ところが、すでに来年の報恩講が楽しみで仕方がないのです。準備の大変さと面倒さはたぶん変わりません。でも、来年を心待ちにしている自分がいます。もしかしたらより大変になるかもしれないけれども、それはもう単なる義務ではありません。マイ・プレジャー!報恩講に関わるたくさんの仕事をデニーズの店員のように「喜んで!」と言って出来る保証はないのですが、なるべくそうありたいとは思うのです。 たくさんのお客さんを迎えることが大好きで喜んで仕事を手伝う8歳の末娘にも学ばせてもらったのですが、そう思わせてくれた最大のキーマンとなった阿知波一道先生にはもう一泊してもらって寺院以外の新潟県を満喫してもらうつもりでした。今朝になって急に「そうだ、京都に行こう!」と言い出されてギター(マーチン)と自作のバンジョーとスーツケースを抱えて最寄りの中条駅から特急電車に乗り込まれて本当に京都に行っちゃった。京都の名門ライブハウスの「拾得」が飛び入り演奏可能な日であるからだそうです。ただし、その情報をとったご愛用のスマートフォンを忘れ置いて出ていかれました。昔の侍が「重み」をプライドとしたように、カントリー&ウエスタン系のミュージシャンとして「軽さ」を重要視されているようです。それはとても魅力的な軽さです。 写真は法要、ご法話、お斎(報恩講の手作りのお食事)の後、阿知波一道先生(写真左)の弾き語りで地元ミュージシャンを囲んでの一場面です。同朋会(寺院での聞法会)の仲間である小泉さん(写真右)と新潟空港に阿知波一道先生を迎えに行きました。小泉さんは若い頃にカントリー・ミュージックのバンドを結成していてリードボーカルとギターを担当され主に新潟市内で活躍をされていたので、阿知波先生の到着を心待ちにされていました。新潟空港から善良寺までの35分間、後部座席で小泉さんと阿知波先生はカントリーやブルーグラスを長年に渡って愛し続けてきた者同士ならではの会話をされていた様子でした。とても初対面だとは思えません。カントリーのミュージシャンといえば、まずはウィリー・ネルソンかジョン・デンバーを思い浮かべる私にとっては「ハンク・ウィリアムス」ぐらいは分かったけれども後はよく分からない。男同士で往年の選手やレスラーの名前を列挙しつつする野球談義やプロレス談義を傍らで聞いているシャラポア(妻・日本人)はそんな感じでしょうか。ただ、もっとビックリしたのは本堂でお参りをされた後、さっそくに二人はギターを取り出されて簡単なコード進行の打ち合わせをされた後、音色同士で語りかけるようにしながらセッションをされ、小泉さんがカントリーの名曲を歌い始めるとさっそくにビシッとハモったのです。初対面なのにまるでずっと昔からの名コンビであるように錯覚しました。ギターの弦という糸もまたスートラ(たて糸、経典)なのだと感じさせてもらったのです。そして、もっとビックリしたのが数々の和菓子の名店に餡(あん)を納めることを仕事とされている善良寺のご近所のアンコ屋さんの大野さん(写真中央)という方がバンジョーの名手であるとは前から聞いてはいたのですが、その演奏に接することができたのは今回が初めてでした。善良寺の報恩講のお参りの記念品の特製和菓子(マサヤ菓子店製作)も大野さんの餡が入っていることから忙しくさせてしまったので、阿知波先生の弾き語りがはじまる10分前にバンジョーを持って駆けつけてくださるということになりました。そんで、5分の打ち合わせでゲストタイムの約20分を素晴らしい演奏を繰り広げられるということのスゴさ。このサウンドに接することができた約80名様は、この3人はずっと昔からの名トリオと思われたでしょう。ただ、この3人はそれぞれにカントリー音楽を愛して、それぞれの場で打ち込んでこられた。それが、初対面なのに弦という糸でビシッとつながって、いきなり色んな壁を乗り越えて、いきなり友だちになっていることのスゴさ。このサウンドに接した人は「いきなり」カントリーミュージックが好きになったことでしょう。シャラポアがそうです。バンジョーという楽器の存在を生まれて初めて知ったといううちの長女(15歳)もそうです。 11月30日の感動や感激はもっともっとあるので、とても1回のブログ記事ではご紹介できません。12月中ぐらいの間に不定期連載をしたいと思っています。 報恩講当日、ホスト住職なのであまり写真は撮れなかったのですが、このスーパーセッショントリオの写真は何だか宝物です。 写真の右端の普段は動かなくなって単なる飾り物になっていた第二精工舎(現在のSEIKOブランド)の古時計も、この日は大道具と小道具の中間のいい中道具として背景としていい味を醸しだしてくれました。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-12-01 22:24 | 草仏教


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