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2014年 12月 21日

古舘伊知郎 「トーキングブルース」を聴いて

私にとって古舘伊知郎はワールドプロレスリングの実況中継のイメージがまだ大きい。
「さあ猪木、さあ猪木、満を持して、満を持してタッチを受けました」
などと実況している最中にアントニオ猪木はとっくに満を持しておらずに
リング上で技を繰り出しているのだが、その実況はまことにプロレス的であった。

その古舘伊知郎がステージでたった一人マイク1本で語る「トーキングブルース」という
イベントは1988年から16年連続で上演されていた。
1998年にはニューヨーク公演を行い、
1999年には第7回スポニチ文化芸術大賞優秀賞を受賞している。

どの年だったか忘れたが、寺院で「トーキングブルース」が開催され、
古舘伊知郎は日蓮宗の偈文を完璧に暗記しながら、現在の寺院へのメッセージを
立て続けに叩き込んできたことがある。
記憶違いもあるとは思うけれども、私の耳底にはこういう言葉で残っている。

「開かれた寺を目指すとか、若い人に寺に来て欲しいなどと言って媚びることをやめろ。
 寺を閉鎖しろ、仏像は隠せ。そうすれば、その閉鎖された寺のスゲエ仏像を見たいと
 心ある若者はその塀を乗り越えて寺にやってくるであろう」





しかし2003年を最後に、2004年の古舘の「報道ステーション」のメインキャスターに就任して
10年以上封印され続けてきたのだが、たまたま2014年10月に一夜限りの復活を果たした。
その「トーキングブルース」のダイジェスト放送が先日あったのを録画していたものを見た。

芸のない芸人というものが増えすぎていると感じているのは私だけではないだろう。
特に、本来は話芸という芸のプロであるはずの芸人が古舘伊知郎の前で「芸人」と
名のれる者がどれぐらいいるだろうか?

「THE MANZAI 2014」では圧倒的な大差で博多華丸・大吉が優勝したが、
話芸といえる芸の完成度が他を完全に凌駕(りょうが)していた。

さて、そんな古舘伊知郎が今回の「トーキングブルース」では
前半は笑わせてくれて、最後には泣かせてくれた。
病気で亡くなっていった姉と二人の友人を最後に見舞った経験を語りながら
「これだけ言葉を職業としてきた自分が、いちばん大事な時に語るべき言葉がなかった」
ということを恥じながら
「しゃべりまくることを続けるのは沈黙するのが嫌だから」
とのポリシーをもって語り続ける。
その、涙をこらえながらのプロの語りにも、いちばん最後には沈黙がやってくる。

私が本当に聴きたかったのは、その沈黙の方だったのかもしれない。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-12-21 01:19 | 草評


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