2015年 01月 24日

福岡正信著 『わら一本の革命』

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今日、たまたま愛媛県出身の方がお客さんで来られた。
それで、その方が帰られてから急に28年前に1回だけ愛媛県を訪ねた経験を思い出した。
その時は日本仏教史を学ぶ大学院の先輩と二人旅で、
ともに中型のオートバイにまたがって四国と九州をまわった。
明確な目的地は香川県と宮崎県にそれぞれ住む、
私とその先輩との共通の後輩の実家に立ち寄っていくことだけだった。

四国の小歩危渓谷あたりでオートバイをとめた。
先輩はコーヒーと抹茶をこよなく愛する方で、
その旅もオートバイでの旅であるにも関わらずに
休憩先で本格的なコーヒータイムをとることができる道具などをフルセット積んでおられた。
先輩は現在は市役所職員をされているが、その下宿に遊びに行くと

「なんで10畳以下のスペースにこれだけたくさんの専門書を置けるんだ!」

と驚くほどの蔵書がスティール本棚を背中合わせにしつつ実にきれいに整理されていた。
もちろん博学であったが、それは専門分野のみの学識だけでなく
どんな話も興味をもって耳を傾けてくれる柔らかい豊かさをもった先輩であり、
私はこの先輩に対しては素直に何でも思ったことを投げかけてきた。

旅先の渓谷で汲水を使った実に美味しいコーヒーを飲みながら
伏線としては岡山県の宇野から香川県の高松市に渡るフェリーのなかでもしていたのだが
こういう話をしていた。
「私は最近、横浜税関を退職して愛媛県で自然農法をやっている人の本を読んだのですね、
 それは農法の本ではあるけれども私は思想の本として読んだのです」
「と、いうのは?」
「科学的な合理性や採算性のようなものを追求してどんどん不必要なものを取り入れ、
 結果として根本をスポイルしているということが、それは農業だけではなくて
 自分たちの頭のなかでも起こっているのではないかと…」
「…うーん、マヒトぉ、オモロイぞぉ、それはオモロイぞぉ、
 よし!フェリーで四国から九州に渡る前にその愛媛の農園を訪ねるぞぉ!」

と、いうことになった。先輩は実に行動する歴史学者(当時は卵であるがデッカイ卵)
であったのだ。 

愛媛県の伊予市の方々に道を尋ねつつ、私達二人は福岡正信先生の農園を突き止めて
オートバイを置いてその中を歩き始めた。
あちこちに福岡先生自身の手による書が記された看板があった。
その農園のなかを歩いていて、最初に出くわしたのが
作業をされていた福岡正信先生であった。

私の方から恐る恐る声をかけた。
「…あのぉ、先生の『わら一本の革命』を読ませてもらった者ですが…」
と。
「きみたち、農業はやったことがあるのか?」
と福岡先生は尋ねてきた。
「いいえ、私たちは学生で農業経験はありません」
と、私が言ったか先輩が言ったか忘れてしまったが、一喝された。
「ばっかもん!私の考えに賛同したアフリカや中東やアジアから欧米から
 自国の農業を何とかしたいとやってくる若者たちにはワシは惜しまずすべてを
 伝えてやっている!農業をしてみてからまた来い!」
と怒られた。ただし、これは私の感覚だが「また来い!」の部分には
何か暖かいものを少し感じたのだった。
それを裏打ちするかのようなやりとりが直後にあった。先輩が
「恐縮ですが、このみかんを数個いただいていっていいですか?」
と言った時だった。
私は怒られたばっかりで、先輩はホンマに何と恐縮すぎることを言うのか?と思ったら
「付近の鳥だって時々それを喰いに来るんだから、ワシは別にかまわん。持っていきなさい」
と言ったのだった。

そのみかん、いつ食べたのかは思い出せないのだが
その驚くべき甘さは印象に残っている。
「このみかんみたいに福岡先生は甘くなかったですね、私が甘かったですね」
とつぶやいたこともうっすらと覚えている。

数年後、やはりフェリーに中型のオートバイで乗り込む旅をしていた先輩は
フェリーの甲板のベンチで『わら一本の革命』を読み込む人の姿を見かけ、
思わず
「私は福岡先生とお目にかかったことがあるのです」
と声をかけたことがあるそうだ。
「えっ!それは何時ですか?何処でですか?」
とものすごい熱意で問い返されたそうだ。

大蔵書家の先輩に比べたら蔵書はたぶん50分の1にも満たない私であるけれども、
世界中に翻訳され、やがて広く読まれるようになっていく本を発見する
根拠のない嗅覚のようなもの、あるいは有難すぎるぐらいの本とのご縁に私は恵まれていた。

その後、アジアやアフリカの国々のなかで自然農法に(研究も含めて)予算をつけるという
ニュースなどに接した時には
「あの農園で福岡先生の薫陶を受けた若者がたぶん関与しているのだろうなぁ」
と感じた。2008年に福岡先生の訃報を新聞記事で見た後もそう感じる。

一昨年に発表された映画『奇跡のリンゴ』のモデルとなった
青森のリンゴ農家の木村秋則さんも福岡正信先生の農法の信奉者である。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-01-24 23:37 | 草評


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