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2015年 01月 27日

オールドは新しい…かもしれない

b0061413_23594112.jpg 今年のお正月、何だか日本酒以外のものでおせちをおつまみにして一杯やりたくなって、そういう場合にはまず焼酎だよなぁと納戸に焼酎を取りに行こうと思ったところ、サントリーオールドのダルマ型ボトルが目に入って「この手があるなぁ」と妙にウキウキしだした。そこでサントリーオールドをCMのようないい音をさせてロックグラスに注ぎつつ芋棒、キンピラ、紅白なますといったあたりをおつまみにしながらチビチビとやっていた。まず、その時の正直な感想は「えっ、えっ?サントリーオールドってこんなに旨いものだったっけ?」というものであった。 ごくたまにしか観ていないけれども、現在放映中のNHKの朝の連続ドラマの『マッサン』はニッカの創業者である竹鶴政孝とリタ夫婦をモデルにしている。サントリーの前身の寿屋をモデルとした会社も出てくる。そのなかで本場のスコットランドのウィスキーを目指すマッサンと、あくまでも日本の風土と日本人の味覚に重きを置いた日本人に合うウイスキーを追求する寿屋(サントリー)との姿勢の違いもドラマ化されていたように思う。 素朴な感想だけれどもニッカの本格派志向もいいけれど、それならいっそのこと昔と違ってそんなには価格差もない本場のスコッチを選んで飲むという手がある。あくまでフランス料理が前提にあってそれに合うワインを選ぶというような考え方でいけば、目の前に日本料理があってそれに合うウイスキーとは何だろうか?と思った時に、サントリーオールド以上に説得力のある答えは、あくまで個人の感想だが「余人をもって代え難し」というフレーズが頭に浮かぶ。 もっともサントリーへのイメージの中心が学生時代のレッドやホワイトでの悪酔いであったことも「オールドってこんなに旨かったっけ?」という驚きの伏線としてある。当時から居酒屋にオールドのキープボトルがあってオヤジたちが美味そうに飲んでいた残像もたっぷり残っている。何となくだが「学生はホワイトまで」というような不文律がかつてはあった気がする。 デビュー年の1950年にはかなりの高級ウィスキーであったオールドを行きつけの和食店にキープしまくって流行らせたのは江戸川乱歩だったという説もあるようだ。 バカみたいだが、自分の文章に誘われてサントリーオールドを取り出してきて、小林亜星作曲の「夜がくる」(♪ダンダンデュビ、デュビドゥバ)を口づさみつつ飲みながら書き出して思い出した。私の実父がかつてはお正月にやはりおせちをツマミにしてとても旨そうにオールドを飲んでいた残像がよみがえった。私自身がホンモノのオヤジになったのだ。そういう私を今年のお正月には中学生の息子が見つめていた。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-01-27 00:47 | 草評


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