2015年 02月 27日

石川一雄さんに会ってきました(2)

私は研修会や学習会などで遠くに移動する際の行き帰りになぜか運命的に
書店やKIOSKで色んな出版物との劇的な出会いをすることがある。

2012年の10月に兵庫県に出向いた時に、学習会を終えて
大阪の阪急梅田駅の近くから夜行高速バスの新潟行きに乗ることとなり、
「けっこうな長旅となるバスのなかでの読み物を」
ということでKIOSKで荷が解かれて並べられようとしている週刊誌のなかから
『週刊朝日』をチョイスしたのはまったくの気まぐれであった。
普段なら床屋や定食屋に置いてあれば待ち時間にパラパラと読む程度で、
それでも他にもいくつかは週刊誌などの読み物が置かれていたなかから
『週刊朝日』を無意識的にでもチョイスした伏線に、その数時間前まで
朝日新聞の新聞記者であった方に丁寧な案内役をしていただきながら講義をいただいたという
ことがあったのではないかと思う。
読み捨てるつもりで買った週刊誌であったけれども、何というめぐり合わせか、その号は
佐野眞一氏と週刊朝日取材班による橋下徹大阪市長の出自についての明確な差別記事が
掲載されていたものであった。
バスのなかで読みはじめて何か悪い夢を見ているのか、
あるいは自分が寝ぼけているのかと目を疑った。
府知事時代も含めて大阪の教育や文化予算を大幅に削減する橋下氏に対して
言論をもって批判をするということは当然あっていいわけであるが、
本人の努力や志向では変えることができない出自の問題でそれを行う記事が掲載され、
それがよりによって朝日系列の週刊誌に載っているということが信じられなかった。

昨年の5月に沖縄に行った時には、
本州では主人公である山岡士郎が福島第一原発を視察した後に鼻血を出したという
描写などが論争を呼んで本州の書店やコンビニでは手に入らなかった漫画週刊誌の
『ビッグコミックスピリッツ』が那覇空港の売店に1冊だけあった。
この1冊だけ、というのも何かのめぐり合わせであると感じて購入して
これもまた帰りの飛行機のなかで読んだ。
沖縄は日本の一部ではなくて日本が沖縄の一部なんだよなぁ…という実感とともに
帰る飛行機のなかで、
福島は日本の一部ではなくて日本が福島の一部なんだなぁと感じた。

今回、狭山事件というたいへんな冤罪事件について、
長年の念願でもあった石川一雄ご当人にも会うことができた帰り道のことだ。
西武新宿線狭山駅から本川越駅でおり、しばらく歩いてJRの川越駅に移動して、
それから大宮に出て新潟行きの新幹線のなかの1時間30分ほどの時間の間に読む本として
手にとったのが今回は週刊誌ではなくて文庫本(ちくま文庫)であった。
『USAカニバケツ/超大国の三面記事的真実』
という町山智浩という人が書いた本だ。

文庫本とはいえ乗り物(今回は新幹線)のなかで週刊誌的に読みたいと思って
いい加減に手にとった。
緊張した頭をほぐしたくて手にとった。
緊張をほぐす笑いが欲しくてそのタイトルの本を手にとった。

ただ、何というタイミングで何という読み物のページを私はめくっているのだろうかと、
新幹線のなかで今回も全身が震えた。
10年前に書かれたこの本のなかの一本の映画評論が、
何というタイミングで今、自分の頭のなかに入ってきているのか?
すべては偶然なのだろうか?セレンディピティというものなのだろうか?
それともシンクロニシティというものなのだろうか?

町山智浩という人のことは主に音楽論評の文章で以前から名前を知っている。

正直いってその文章が好きというわけでもないし、特に考え方が好きであるというわけでもない。
しかしながら映画、ポップカルチャーやサブカルチャーというものの底に流れているものは何か
をキャッチするアンテナ感度の確かさのようなものに強く惹かれてきた。
たとえるならばかつてのナンシー関が
「日本全国でテレビをつけている人は何千万人もいるけれども、
 ちゃんとテレビを見ているのはナンシー関ただ一人」
と評されたことがあるように
「マスコミの特派員をはじめアメリカから情報を送ってくれる人はたくさんいるけれども、
 今のアメリカ人がホントのところどんなメンタリティで生きているのかを知らせてくれるのは
 町山智浩だけ」
というような妙な信頼感がある。
それは期間や時期は違うけれども同じくカリフォルニアで暮らしたことがある実感からでもある。

その本の最初はGOTHという、日焼けしないインドア生活を基調として
パンク・ロックやブラックメタルやホラー映画を愛好して
悪魔崇拝的なカルチャーについての紹介であった。
そして、それは『パラダイス・ロスト』というドキュメンタリー映画についての紹介へと
展開するのであった。
その映画は
ウエスト・メンフィス3
と呼ばれる実在の冤罪事件についてのドキュメンタリーである。
何度読みなおしても町山智浩氏のアメリカンカルチャーのなかの
GOTH文化の紹介から映画の紹介からこの
アーカンソー州のウエストメンフィスという小さな町で起こった冤罪事件に
光を当てていく文章の流れは見事である。
是非とも『USAカニバケツ/超大国の三面記事的真実』を手にとっていただきたい。

アーカンソー州ウェスト・メンフィスという地と埼玉県狭山市は遠く離れている。
一見、生活文化も環境もまったく違う。
しかしながらGOTH文化の愛好者の若者であったというだけで
その偏見の大きさによって中世の魔女狩り的に犯人に違いないという予断のもとに
捜査も裁判も行われてきたという経緯を読むことによって知らされることにより、
これほど通底する闇の深さが共通している事象はないといってもいいと感じた。

今回もあった「ふと手にした出版物が重要であった」ということを私は

「出会ったもので一大事あると直感したことにはとことん出会い続けろ」
という、どこからかやって来るメッセージのようなものとして受け取るしかないと思っている。

つい最近、石川一雄さんのこの3年間が描かれた映画
『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』
が第69回(2014年度)毎日映画コンクールのドキュメンタリー映画賞を受賞した。
弁護団に279点の証拠品リストが開示されたということと併せて今年に入ってから
大きな光が見えてきた。

そして、その映画撮影チームは焼失してしまっていた石川一雄さんが住んでいたご自宅を
大工さんの手元に残っていた設計図をもとに寸分違わない自宅を再現し、
鴨居に置かれていた万年筆の不自然な場所など
「証拠が捏造された証拠」
を見事に再現してくれていたのだ。
感動的であった。
次回にそれをご紹介させていただくことにしたいと思う。


加藤 真人 (ブログ文)
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by kaneniwa | 2015-02-27 12:17 | 草評


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