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2015年 04月 06日

名曲草鑑賞(48) トム・ウェイツの『Closing Time』

b0061413_118746.jpg 今回は音楽論評としてのブログと日記としてのブログ記事が入り混じることになるが、3月31日と4月1日という年度の変わり目に越後長野温泉の嵐渓荘という宿に13年ぶりに泊まってきた。31日という日付は月命日の家庭訪問的なお参りがない日であり「年に何回かしかない計画的に休みとなることがほぼ確定の日」ということとなっていた。ちょっと前なら私のメンタリティは「安くていいところを新規開拓に行きたい」ということであったのだが、どうも確実に休める日というものが貴重なものに感じるようになってからは「それまでよい体験をしたものを再び」というアイディアが多くなっていた。お出かけでいえば「再訪」ということがどうしても多くなった。保守的になったといえばそうなのかもしれないが、別に頑なになったわけでも頑固になったわけでもない。むしろ、硬くなった頭(それはちょっと自覚している)を確実にリラックスさせてくれて新たな発想を沸かせてくれるようなところに再訪したいという方針がそうさせるのだ。 嵐渓荘は決して安い宿ではないけれども「日本秘湯を守る会」の宿であり、そんなリラックスをかなりの確率で与えてくれる場所なのだ。

b0061413_1182454.jpg その嵐渓荘に「石湯」と「深湯」(この2つを併せて嵐渓荘では山湯と呼ばれている)という貸切風呂がある。貸切風呂だが午後10時以降は貸切ではなくて戸の前の鍵をとって内側から鍵をかければ入浴していいというルールである。午後10時にその風呂に入って、上がったところで休憩場所でお茶を飲んでいるとそのペレットストーブが置かれたコーナーにBOSEのラジカセが置いてあった。ラジカセといってもラジカセのカセにあたる部分はとっくにカセットではなくてCDなのだが…まぁスピーカー一体型レシーバー付きCD再生用サウンドシステムと呼ぶのも面倒なのでカセットはなくてもラジカセで通そう。ちょっと音楽でも聞いていこうと思って30枚ほどのCDを見ていると「いい趣味だなぁ…」と感じた。JAZZ、クラシック、ポップスなどジャンルはとても多彩なのだけれどもあえて通底しているキーワードを探せば「アコースティック」である。そこに奇妙な統一感がある。CDの数だけなら私の方がもっともっと多くもっているけれども、何となく「コレクションというものはこうありたい」というような感想をもった。 新潟県の人は、深夜の天気予報などで嵐渓荘の水車などが環境ビデオ的に映ってBGMに歌詞なしのボサノバなどが流れて明日の天気が表示されるところを無意識にも見ている人が多いと思うので、ボサノバはないかなぁ…と見ていたらブリュッヘン18世紀オーケストラという古楽器でのモーツアルトの交響曲のCDがあって「渋いなぁ」と試し聴きをした。BOSEのラジカセで感心したのはボリュームの段階が非常に細かく設定できる。深夜なので、やや小さめの音量を心がけて「レベル32」の前後に合わせて聞いた。楽章の変わり目の無音部分でこのボリュームの段階がどこまであるのか知りたくて「レベル70」まで上げたところで突然の大音量が鳴っては怖いのでまた「レベル32」に戻したけれども、まだまだ上のレベルがありそうだった。ともかく、小音量を細かく調整できるのは優れている。 モーツアルトの交響曲を2曲聴いていると真夜中になってしまうので、もうちょっと短い時間で聴き終わるものはないかとその30枚を見ていて目にとまったのがトム・ウェイツであった。アルバムの『Closing Time』である。実は東日本大震災の前になるけれども、このアルバムの一曲目である「Ol’55」についてはすでに書いている。嵐渓荘という場で、このアルバムを鑑賞できたということは、何だかとても良い経験であった。そう、それは鑑賞というよりはサウンドに身を委ねての瞑想タイムであった。たとえば1曲目の「Ol’55」は、レコーディングを終えたトム・ウェイツが夜明けのハイウェイを1955年式の車で、あたかも星を引き連れるパレードをしているような感触が歌い込まれているけれども、私が瞑想的にこの曲、そしてこのアルバム全体から思い出していたのは関越道の「お盆渋滞」のことであった。あれは不思議なある種のパレードだった。最初はずっとイライラばかりしていたのだが、前の車の後部座席でグズる子どもをあやしているお母さんの姿が目に入った時に「みんな、こんな苦労までして帰りたいんだよなぁ」という感慨が押し寄せてきたものだった。 長いブログ記事になり、音楽論評にも日記にもなっていない気がするけれども、たまにはこういう身を浸して瞑想や空想を楽しむ聞こえ方はいいなぁとつくづく思った。そして、それにはやっぱりこういったアルバム単位で聴くこと、あるいは聞こえてくることが好ましいと感じた。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-04-06 08:15 | 草評


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