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2015年 06月 26日

もう背中を見せて育ててやれない

b0061413_1030458.jpg 写真は2009年のものなので6年前のもの。当時の息子は7歳で小学校の低学年であった。この頃は大概の距離でさすがに私の方が足が速かった。7歳ぐらいの時期の息子とはよくキャッチボールをしていて、これは私の「できれば野球などの球技をやって欲しいなぁ」という思いがあったのだと思う。ただ、この頃の息子は私とは寺の本堂に座布団を敷き詰めた特設マットでのプロレスごっこと、駆けっこをしたがっていた。プロレス技はサイドスープレックスとフルネルソンからのダブルアームスープレックスという2種類の技を授けてやった。そしてモンゴリアンチョップからオクラホマ・スタンピート→アルゼンチン・バックブリーカー→カナディアン・バックブリーカーを経て最終的にはテキサスクローバーホールドかブリティッシュフォールという、地名でのプロレス技世界一周というものを教えてやって実に尊兄された。(地名シリーズではジャーマン・スープレックス・ホールドで締めたかったところだが、これは私の技術がついていかなかった) それでもいちばん喜んでいたのは公園でのシンプルな駆けっこである。当時の息子のメンタリティは実にシンプルにできていて「足の速い人を無条件に尊敬する」ということがあったと思う。息子よりも足が速かった僅かな期間の私は、無条件に息子から尊敬されていたと思う。野球にしてもメジャーリーグ中継やスポーツニュースのなかのイチロー選手のみを目を輝かせて見ていた。「イチローの打ってから一塁を駆け抜けるスピードは世界最高レベルなんだ」と私が言ったことがきっかけだったと思う。 7年前のお盆前に仏具磨きの仕事のお手伝いをしてくれた高校生が女子100㍍ハードルの北信越大会準優勝者でインターハイと国体に出場している選手と聞いて仏具磨きの後で「勝負してください」と真剣に頼み込んでいた。女子高生はつきあってくれてジーンズ姿のままで軽く大差をつけたが「弟子にしてください」とでも言いたげな顔で無条件の敬意を払っていた。 北京オリンピック以降、ウサイン・ボルト選手にはもちろん世界最高の敬意を持ち続けている。今では「抹茶が大好き」という共通点もあって100メートルの日本記録保持者である東洋大学のジェット桐生こと桐生祥秀選手の大ファンである。今日から三日間、新潟市のデンカビッグスワンスタジアムで第99回日本陸上競技選手権大会があるのだが故障治療中のために桐生選手の走りを間近で見ることができなくなったことを心底残念がっていた。 今、息子は中学2年生で100㍍を11秒台で走り、しかも毎月どんどん速くなっているので、練習さえ付き合えない。2年前の小学生時代の練習に付き合ってけっこうムキになったら両膝に水をためてしまった。もう整形外科に通いたくない。 でも8年後に還暦野球(over60)のスーパールーキーとして鮮烈デビューをする夢があるので、3塁打やランニングホームランを打った時に走りきれる能力だけは残しておきたいと思う。昨年は「50歳を過ぎてからのスイッチヒッターへの転向」を試みたけれども、素振りではいいもののやはり長年ボールを見つめる視線の慣れの問題で左打席ではほとんどバットにボールが当たらないので断念した。しかし、今年のセ・パ交流戦での福岡ソフトバンクホークスの柳田選手のアッパースィングでのホームランを見て何だかワクワクしてきた。今、私のヒーローは柳田か?

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-06-26 12:12 | 雑草


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