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2015年 07月 29日

RINGOとRINGOSTARSと東山湯

b0061413_22594870.jpg 私の生まれたところの近くなのであるが、いつ以来なのか思い出せないぐらい実に久しぶりに京都市左京区の百万遍(ひゃくまんべん)の交差点に立った。「この路地を入るとビートルズ喫茶のRINGOがあったなぁ…」と百万遍から路地に入る。京都市内は呆れるほどに激変した場所も少ないないけれども、逆に車が入れないような路地は昔から呆れるほどに変わっていない場所も多い。後者であった。RINGOがあった場所に行ってみるとRINGOは健在であった。吸い込まれるように階段を降りてみた。ほぼ30年ぶり。お店の中の間取りはまったく変わっていなかった。途中でおトイレに行く時も実にスムーズに移動した。ただ椅子やテーブルは私の記憶とは違っていた。それから私の学生時代にはビートルズのアナログレコードが絶え間なく流れていたけれども先日のこの再訪時には大型プロジェクターにレット・イット・ビー録音時のドキュメンタリーとエド・サリバン・ショーに主演時のビートルズの映像が映し出されていて、その音声が流れていた。往年のビートルズ喫茶とはやや異なってスポーツバーのスポーツの部分がビートルズになっている感じ。でも悪くなかった。ちょっとだけ寄ってすぐに出ようと思っていたのだがけっこうこの場所でのその映像とサウンドに浸っているとその吸引力は強力だった。

b0061413_230719.jpg お店を出る時にドアの外にビートルズのメンバーのポスター等にまじって「リンゴスターズ」のポスターが貼ってあるのを発見して「あっ!」と思った。私はRINGOに関しては「一見さん以上で常連未満」という立場。通算で訪れた回数でいえば10回前後というところ。ただ、最初の頃の訪問の5回のうちの3回に「うちのリンゴスターズでアメフトをやってみないか?」と常連客さんからの勧誘を受けたことを思い出したのだ。私は大柄だし、なんせアメリカンフットボールはオーケストラ並に人員が必要だからこの時期にRINGOを訪れていた客でちょっと体格がいいと誘われた人は多いと思う。アルバイトと麻雀で忙しい時期だったので断っていたけれども「ビートルズ喫茶のスポーツチームがある、しかもアメフト」ということを相当な妙味として魅力的に思ったことは確かだった。私の学生時代はラグビーでは大八木淳史や平尾誠二がいた同志社大学が黄金期。名QBの東海辰弥を中心にギャングスターズ(京都大学)が最強チームとなっていく時期であった。「フットボールかぁ…」と何だか意識だけは向けつつ、RINGOのマッチの背面の余白にボールペンで記された練習日のメモなどを見つつ、見学に行こうか行くまいかを悩むところまでは行った。見学に行っていれば人生が変わっていたかもしれない。でも変わっていたら今現在の幸せの部分もなかったかもしれないので、その時の迷いを含めていい思い出のみを味わっていたい。

b0061413_2303370.jpg RINGOのすぐ近くに銭湯の「東山湯」がある。おお、ここも健在であった。この銭湯ジョン・レノンとオノヨーコ、そしてジュリー(沢田研二)のポスターが貼ってあった。確かに沢田研二は京都市の左京区のこの場所から徒歩範囲の生まれ育ちではあるけれど。(ちなみに女湯の方はどうなっているかは知らないよ) 京都から帰ってから、この「東山湯」と「リンゴスターズ」については検索をたどって調べてみることにした。何と東山湯にはまだジョン・レノンのポスターが貼ってあり、さらに「レトロな銭湯なのにBGMはなぜか洋楽」という記載を見つけてニンマリとしてしまった。RINGOと東山湯は京都の隠れた宝であるという気がしてきた。 一方、リンゴスターズの方は残念ながらチームは解散していた。しかしSNSの mixi には「リンゴスターズ同窓会のミュニティ」というものが存在していて実際に同窓会(飲み会)が持たれていたり「OBでの同窓会紅白戦をやりたいね」というような書き込みがあったりしている。ビートルズ同様に「解散後の活動」というものがあるようだ。そしてまたビートルズ同様に「リンゴは健在」であるようだ。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-07-29 00:39 | 草評


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