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2015年 08月 04日

限りないもの それは容量

つい20年前、Windows95というマイクロソフトのOSが出てから
パソコンというものが急に普及しはじめた。
20年前にメインで使っていたのは
ワープロ専用機であるSHARPの「書院」と
マッキントッシュの「初代MacBook」であり、
ともにそのデータの保存には「フロッピーディスク」を活用していた。
その容量は2HDディスクで1.44MB 2DDディスクで720KB というもの。
これは文書データだけであれば文庫本1冊分は入る容量だが、
ポスターなどの見本のために写真などの画像データを入れるとなると
「2HDディスクにギリギリ入るか入らないか」
というものであった。

その頃にNECとか富士通などの大手のメーカーから
だいたい30万円前後で発売されていたディスクトップパソコンの
内蔵ハードディスクの容量がギガバイト(以下GBと表記)という単位になった。
データ保存用のハードディスクどころか
CPUが情報処理をする際にデータを一時的に貯めておく場所としてのメモリでも
8GB以上ではないと宣伝文句にもならない現在からは考えられないほどの容量だ。
それでもこの1GBの内蔵ハードディスクの登場に
「すんげぇフロッピーディスクに換算して1000枚以上が入るのか!」
と妙に感動した覚えがある。
パソコンの方のマックではなくてハンバーガーの方のマックでも
ギガとかメガという単位は「とてつもなくデカイ」という形容詞的用法をもって
使われることになる。

パソコンのギガ時代の到来に「ひとボーナスをかけて購入するか?」とも思ったが、
その時点で購入せずに正解であったとは言える。
今現在、パソコン本体に30万円を投入することができるならば
ハイエンド機どころか(グラフィックなど分野は色々だとしても)プロが使っている
ものと同じものを購入することができるだろう。

さて5年ほど前からデータ保存用ハードディスクは
GBからTB(テラバイト)の時代へと突入しはじめた。
「寺、寺、寺、テラバイト!」
と、フロッピーディスクの容量を知る世代としては大いに驚いたものだ。

4年ほど前にディスクトップのパソコンはiMacの1TBものに、
テレビ番組等の録画機も1TBのテラバイトものにした。
「これでデータ管理としては一生モノに近いのではないか?」
などとチラッと思ったりもしたが、限りないものは欲望である。
まずは録画機の方は
「見たらすぐ消す生活をしていればこれで充分」
とまで思っていたけれども、やはり2年もしないうちに満杯となった。
1枚25GBのブルーレイディスクに整理していくということになった。
たとえばNHKのクラシック音楽番組などは、音声の劣化などは5倍録画でも
ほとんどわからないのでそのモードで録画していったけれども
1枚のディスクに5倍録画だと11時間分が収録できる。
したがってヘルベルト・ブロムシュテッド指揮で
チャイコフスキーの交響曲の4番、5番、6番「悲愴」と
ズービン・メーター指揮でのシューベルトの交響曲第6番、
マーラーの交響曲第5番、
ヤニック・ネゼ=セガン指揮のフィラデルフィア管弦楽団の
モーツアルトの交響曲第41番「ジュピター」と
マーラーの交響曲第1番「巨人」。
ネヴェル・マリナー指揮のドヴォルザークの交響曲7番と8番、
それからN響定期演奏会でのブラームスの交響曲の2番、3番、4番
(これで今後1番が放映時にエアチェックでブラームスの交響曲全集が完成する)
という交響曲を11曲入れて交響曲のブルーレイディスクが1枚できた。

そういうものを番組のジャンル別にいくつか作っていった。
編集の手間の割に上記の音楽ものを除いたらそんなに録画したものを見直すということは
実際にはほとんどないのだけれども、それでもブルーレイディスクへの
編集を1回でもやってみたら、
もうDVDディスクというものには戻れなくなっていることに気がつく。
ちょっと前まではブルーレイディスクという存在自体が不要で
DVDで充分であると思っていたのに。
そして録画機の1TBという容量も、一時期は「下手すりゃ一生モン」とさえ
思っていたものが、いつの間にか「ため込んで編集するには必要最低限」ぐらいにさえ
感じていることに我ながらあきれてしまう。

パソコンの方は「クラウドというものもあるし、動画編集さえしなければ1TBで充分」
と思ってきた。
「1TBで足るを知る」としてきた。
ところが、最近のデジタル一眼レフではPanasonicのものなどで
4Kでの動画撮影が可能なものが出てきた。
画像としての4Kにはその価値や凄みはわかっていないところがあるが、
「動画で撮ったものが瞬間瞬間で800万画素相当の写真にできるらしい」
というようなことを知ってみると
昔の銀塩フィルム時代にプロカメラマンが決定的瞬間を撮りそこねないように
モータードライブで連写していたに等しい効果があるのでは?
なんて思ってしまって気になってしまう。
スポーツなどを撮るのはもちろん、
人物だって動画で撮っていい瞬間を切り取っちゃえばいいし、
たとえ風景写真だって滝の飛沫がいい感じの瞬間やら植物から雫が落ちるような
「いい瞬間」
というものがある。

そうなってくると、もしかしたらテラバイトの上の単位、つまりは
1000(1024)TB=1PB(ペタバイト)
1000(1024)PB=1EB(エクサバイト)
1000(1024)EB=1ZB(ゼタバイト)
1000(1024)ZB=1YB(ヨタバイト)
というものを使う時代がけっこう早く来るのかもしれない。
記録する媒体もHDDやSDDよりも優れた何かになるのかもしれないが、
どこの段階で「足るを知る」となるのかは自分の欲望の大きさ同様にわからない。

このペースだとYB(ヨタバイト)の時代が来るというのも
あながちヨタ話ではない気がする。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-08-04 16:10 | 草評


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