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2005年 08月 22日

京都に生まれた幸せと不幸

週刊文春8月25日号の37ページに載っている海月ルイさんの書いたコラム
には共感を覚えました。海月さんは京都の東山区の生まれで、実家の近くには
数多くの寺があるのですが、年中行事で公開される西福寺の地獄絵の前には
怖いもの見たさの近辺の子どもたちが集まってくるそうですが、たとえば、
その地獄絵を描いたのは、あの円山応挙。だから、子どもの頃から地方の寺院
などで見る地獄絵などはあまりに安手で「子どもだまし」にしか見えなかった
ということを書かれ、京都で生まれ育つということは贅沢なことながら、成人後
何を見ても「アホくさ」としか感じないのは損なのか得なのか、とされています。

うーん、そうなんです。私も京都の左京区岡崎に生まれ育ったのですが、
子どもの頃の遊び場が真如堂、金戒光明寺の石段、哲学の道付近でした。
世界遺産、国宝、重要文化財クラスの風景に囲まれてビー玉遊びなんかを
日常的にしていたわけです。

というわけで、思っちゃいけないんだけど何を見ても「アホくさ」と思って
しまう損か得かわからない感性というものが、私のなかにも流れている
のかもしれません。
心の奥のどこかでは、アホくさいものなんかないとも思っているのですが・・・

 マーヒー加藤  http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-08-22 17:16 | 草評


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