2006年 02月 08日

頭のなかのA4サイズとB5サイズ

手書きの文字サイズ、といってもこれは人によって全然違うだろうが、だいたい10.5ポイント
前後の大きさの字を書いていくとして、マーヒーはだいたい葉書サイズに収るような記事を
書くのが、ブログではノートパソコンの画面でも一覧できて理想だと考える。

しかし、そのようなコンパクトな空間に文章をまとめ、それなりの味わいを残すためには、
才能というか、まとめる能力というか、シンプルに徹するとか、そういうものが私には足りないようで、
たまたま葉書サイズの文章量になることもあるが、(だからといって内容もいいとは限らない)
どうも、10.5ポイント換算の文章量からいえばB5サイズの分量が多いなぁと自分で思う。

お役所をはじめ、ほとんどの書面がB5からA4になっていて、自分で作る書類、
案内状などがA4になってから、時はかなり経っているが、マーヒーには未だに
違和感がある。パソコンのOSもワープロソフトも発達した時代なので、画像を書き終えた
文章に合わせて適度な大きさに最後に拡大したり縮小したり、行間のサイズや文字の
大きさなどを最後にいじってツジツマを合わせればいいとは一応考えているが、それでも
どうしてもぬぐえない違和感がつきまとう。

これは、文章を書くということについて、中学生頃からもっとも親しんできたサイズが、
大学ノートのB5(開いてB4)サイズであるからではないかとマーヒーは推測した。

私の脳のなかにB5というサイズが刷り込まれていて、何かをまとめようとか、
創作しようとか、記憶にとどめておこうとか考えている時に、そういうサイズに納めようと
しているのではないか。

そこで、マーヒーは無印良品に行った時に、A4サイズ(開いてA3)の大学ノートを
見つけ、これを常用して頭の中のサイズを広げてみよう、などということを考えて、
それを10冊もまとめ買いをしてみた。

使ってみて、確かにこれは楽譜などをコピーして貼ると見開きで1曲が全面表示される
ケースがとても多く、今でもそういう使い道としては非常にいいなぁとは思うが、その他の
常用ではかさばり、さらにその広大な空間を大いにもてあますことになってしまった。

というわけで、B5規模とA4規模のちょうど中間的な分量(だと思うぞ)の文章を書いて
しまったが、結論としては、B5サイズ復興運動のようなことを提起したく思ってしまう。
資源の節約になると同時に、どう考えてもノートの大きさというものはA4規模よりも
B5の大きさというものが、たぶん、何かをまとめる時の人間の本能を考えて近いようで、
音楽、美術関係はまた違うだろうが、ノートの大きさというものを考えたらB5ぐらいの
大きさが本当の国際基準ではないかと考える。

 マーヒー加藤  草仏教ホームページ
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by kaneniwa | 2006-02-08 14:13 | 草評


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