2006年 02月 11日

トリノ五輪開会式総評

職業柄、あらゆるセレモニーというものには関心をもっているつもりなので、
トリノ五輪の開会式について書いてみたい。

といっても、AM4時からという、早起きするにしても夜更かしするにしても
もっとも困難な時間帯にスタンバイするのは断念して、朝のニュースと
夜からの中継録画でこの冬季五輪の開会式を見た。

まず、深紅のフェラーリの登場にビックリしたなぁ。登場したのはFⅠマシンだと
いっても、確かトリノ市はイタリア車のフィアットの本拠地だったはず。
フェラーリとフィアットとの間に資本や技術の提携はあるにしろ、
こんな形で名古屋の大イベントでTOYOTA車以外が登場するはずはなく、
広島でのセレモニーでMAZDA車以外は登場しないだろう。

もっともあそこでフィアットのプントやパンタが五輪マークを描いても熱狂する
はずはなく、やはりフェラーリのエンジン音を炸裂させて氷の上に円を描くので
あれだけ歓声が上がったのだろうね。ある意味すごいねぇ。フェラーリという
一台の車でイタリアという国を代表させちゃった。

いかに日本、ドイツ、米国が自動車大国といっても、ああいう風に一台の
車でその国まで象徴させてしまうようなことはできない。

昨日、まったく違う件で書いたオノ・ヨーコが登場。ジョン・レノンのイマジンが
演奏されることについては、一瞬、英語圏に媚びを売るようにも思われたが、
よく考えると、このイマジンという曲は、湾岸戦争やイラク戦争のさなかには
英米の放送自粛にもかかった曲である。その開会式にも参列していた米国の
ブッシュくんも心して聞け、という意味も少しでも含まれていたとしたら、これは
すごいメッセージ性が込められている。

生中継で日本でTVを見ている人にとっては、眠くて仕方ない明け方に
三大テノールのパパロッティが登場した。
歌った曲がプッチーニ作曲の「誰も眠ってはならない」で、これはあの美声で
歌われたら眠ってはおられんだろうなぁ。

それにしても、思い出すのは8年前の長野五輪のセレモニー。
日本選手の大活躍に反して、セレモニー面では、8年前のことなのに未だに
何だかなぁ・・・と思い出される。

当時の横綱・貴乃花の土俵入り・・・
あの聖火点火の伊藤みどりの装束は何だ、あれは
と今でも思うし、その聖火台で平和の象徴のハトたちは丸焼けになってしまったし、
何だかメッセージ性のようなものは感じられなかった。

その当日の夜に開会式の演出の浅利慶太氏がNHKに出演して、自分の演出を
解説しながら自画自賛していたのも恥ずかしかったなぁ。

長野五輪の閉会式には欽ちゃんが登場して、欽ちゃんの仮装大賞がはじまると
思ったら、仮装は欽ちゃんのサンタクロースだけだったのも痛かった。
でもでも、その最後に長野の真冬の空にファンタステックな花火が何発も上がり、
それは生で見ているのではなくTVの画面を通して見ているのでありましたが、それでも
やっぱり花火は日本が世界でいちばんだよなぁー、夜のセレモニーで祭典のものは
花火大会だけで良かったぐらいだ、とつくづく感じていたマーヒーでした。

結局、トリノよりも長野について多く語ったマーヒーでした。


マーヒー加藤    草仏教ホームページ
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by kaneniwa | 2006-02-11 22:56 | 草評


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