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2006年 05月 02日

毎日人は生まれているし毎日人は死んでいる

お葬式を出された遺族の方が、「最近お葬式が多いのですか?」と私に尋ねることが
多い。

気候が暑ければ暑さのせい、寒ければ寒さのせい。他には「季節のかわりめ」だから・・・
しかし、この季節の変わり目という言葉はトリッキーで、日本の本州のほとんどの場所
はめまぐるしく四季が移り変わり、一年の大半の時期がこの「季節の変わり目」である。
あとは真夏と真冬。それ以外の時期なんかは今のゴールデンウィークの時期ぐらいだ。
それに、空調の整った病院で亡くなられる方が大半になった現在は、昔ほど気候が
原因で亡くなられるということは少ないはずだ。
亡くなられた原因はそれぞれが抱えられた死因が理由であり、もっとも根本的な
死因の源はこの世に生まれたことである。

それでも「最近お葬式が多いのですか?」ということを多く尋ねられるのは、親しい人を
亡くされて、初めて街角の多くの場所に建っている忌中の札や「不幸」と書かれた張り紙、
火葬場の煙や死者を乗せた霊柩車などなど、そういうものが見えてくるという
ことがあるからだと思っている。それまでは、接していても見えなかったのだ。
見たとしても過ぎ去っていっていたのだ。
少しだけ気にとめたとしても、すぐに忘れていたのだ。

毎日人は生まれているし毎日人は死んでいる。

もっとも、毎日人が生まれていることは、つい最近に三番目の子どもが生まれて
くるまで、しばらく忘れていた。しばらく忘れていて見えなかったのだ。

自分の妻が妊娠して、はじめて街中でこんなに妊婦さんが多いと感じる。
それまでは目には映っていても見えてこなかったのだ。

自分が走ってみて、はじめて他のジョギングをするランナーの姿が目に映ってくる。
自分が走りだすまで、走っている人は見えなかった。
走りだした時には、車を運転している時でさえ、走っている人の姿が自然と目に入ってくる。

当事者か傍観者か、岡目八目(おかめはちもく)というように、傍観者は広く見えるという
ことがあるかもしれないが、当事者の眼は深いのだ。


マーヒー加藤  草仏教ホームページ
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by kaneniwa | 2006-05-02 00:53 | 草仏教


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