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2006年 07月 15日

真夏の夜の夢と晩秋の悪夢(野球と仏事)

二日遅れでメジャーリーグのオールスターゲームの試合をビデオで楽しんだ。
毎年、MLBのオールスターゲームは観る。まず、一年に一試合しかない
一期一会ワールドであることが素晴らしい。毎年、日本の七夕のちょっと後というのもいい。
それは毎年、テニスのウインブルドン大会が終わったちょっと後の時期であり、
今年はサッカーのワールドカップが閉幕してすぐの時期でもある。

今年はピッツバーグ・パイレーツの本拠地PNCパークで行われた。
開催地のファンにとっても、これだけ球団数が多いので夢の一期一会ワールドである。

オールスターゲームはピッチャーも野手もどんどん変わるので試合時間は長くなるが、
四球を嫌って投手はどんどん得意球を投げ込み、打者はブンブン振ってきて、
テンポが良くて観ていて小気味良く、爽快感も感じる。

オールスターの勝ち負けはどちらでもいいのだが、やっぱり好きなヤンキースから
A・ロドリゲスとジータが三遊間を守り、捕手がI・ロドリゲス、そしてライトに
イチローがいるアメリカン・リーグ代表をひいき目に観てしまう。
ナショナル・リーグの方は3番プホルス(カーディナルス)以外はあまり知らない。
あとは1番バッターのソリアーノを見て、君は広島カープにいてヤンキースに行って、
今はワシントン・ナショナルズにいるのかよ、という感慨にふけったぐらいだ。
初選出の若手スターが多かったせいもあるが、日本人メジャーリーガーのスターが
アメリカン・リーグに固まっているので、日頃から目にする機会がめっきり減ったのだ。

さて、ゲームそのものや各選手のプレーを楽しむだけでなく、ほぼ毎年、この
オールスターゲームをビデオに収録しておく理由は、仏事というものを考えるためだ・・・・・・

ここまでスムーズに読んでいて、えっ、と思われた方も多いだろうが、
もうちょっとくだいて書くと、今、死んではいない人を含めて、人を追憶していくことは
どういうことなのかを毎年、学ぶことができるからだ。

今回もあった。しかも、5回裏を終えた時にメジャーリーグコミッショナーが
ロベルト・クレメンテ婦人を連れ添いグランド上に現れ、ロベルト・クレメンテを追悼した。

ロベルト・クレメンテ選手はパイレーツ一筋。1972年の現役最後の打席で
メジャー通算3,000本安打を劇的に達成した。オールスター出場は12回。
ゴールドグラブ賞は12回。首位打者が4回。外野守備での強肩ぶりは、今の
イチロー選手のレザービーム送球とよく比較される。

プエルトリコの英雄で、慈善活動に自費を投じて1972年12月31日、
ニカラグア地震による被災者への物資援助中に、乗っていた飛行機が
プエルトリコ沖に墜落して死亡した。

同じく中南米出身のホワイトソックスのオジー・ギーエン監督は、この
セレモニーの最中に涙を流していた。

5回裏終了時、ちょうど仏式の葬儀でいえば、弔辞や弔電が読まれるイニングだ。
(葬儀にイニングなどないが・・・)
ギーエン監督の涙とともに、ピッツバーグのファンとともに、ただテレビを観ている
私の心に、クレメンテへの哀悼がわいてきた。

オールスターゲームのセレモニーは、歌詞自体が戦闘的なあのアメリカ国歌の斉唱の
最後の方に米空軍戦闘機が編隊を組んで球場上空を飛ぶことがこの10年くらい
恒例になっている以外は、特別にスゴイ演出はない。しかし、ところどこに野球というものを
愛する心をあらわし、その地域ならではのものを感じさせ、偉大なる先達を敬う心を
シンプルな演出で表現している。

オールスターゲームの始球式など、それがよく現れている。
今回は1979年にワールドシリーズを制したパイレーツの往年の選手たちが
マウンド付近に集まり、当時のチームの監督であったチャック・タナー氏が、
真夏の夜の夢のゲームのスタートを告げた。

いつの年も、この人が投げるべきだ、という人が投げていて、記憶に残る。
特に、テキサスのアーリントンで行われた1995年のオールスターゲームは、
野茂英雄投手が先発をつとめたメモリアル・ゲームだったが、引退したテキサスの
ヒーローであるノーラン・ライアンのものすごい剛速球での始球式とその歓声は
かなり鮮烈に記憶に残っている。ライアン氏、シャツ姿で黒のスラックスだった。

それに比較して、日本のオールスターの始球式を引きあいに出してもいいのだが、
昨年の日本シリーズ第一戦の始球式を語りたい。

ロッテVS阪神の昨年の日本シリーズ。日本シリーズ直前という時に阪神株を取得した
村上ファンドにも激怒したが、それ以上にマーヒーをうなだれされ、がっかりさせてくれたのが、
昨年の日本シリーズ第一戦の始球式だ。

文章をひっぱって申し訳ないが、私は第一戦の、千葉マリーンスタジアムの
始球式をつとめることができるのは村田兆治さんしかいないだろうと思っていた。
昭和49年、中日との日本シリーズで大車輪の大活躍。マサカリ投法と、右肘靱帯断絶から
の奇跡的復活を遂げたサンデー兆治。現在、新潟県の粟島(あわしま)をその最初の
スタートとして、全国各地の離島で少年たちや島の人を対象に野球教室開催をライフワーク
として地道にされている偉大な野球人であり、ロッテファンの誇り。今でも欠かさずに
肉体を鍛えている村田さんには、あのノーアン・ライアンと同じ140キロ以上の始球式が
可能だと思い、その投法と投球に沸くスタジアムの歓声までイメージしながらテレビをつけた。

ところが、昨年の日本シリーズ第一戦の始球式をつとめたのは、マシュー南だった。


マーヒー加藤  草仏教ホームページ

※ マシュー南は、吉本興業所属の人気コメディアン・藤井隆が、金髪のヅラをつけて
  扮する時の別名。マーヒーは藤井隆の超ハイテンションのキレ芸は大好きなのだが、
  本当にこの時ばかりはマシューに対してマーヒーがキレてしまった。
  
  正確には、その大事な試合の始球式にマシュー南を選んだシステム、運営、体質に
  キレちゃったんだね。阪神もボロ負けだったし、がっかりだよー。
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by kaneniwa | 2006-07-15 02:23 | 草仏教


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