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2006年 08月 16日

セレンディピティ(serendipity)について(1)

探しものは何ですか? 見つけにくいものですか?

何かを、はいつくばって、はいつくばって、探したことはありませんか。
そして、探すのをやめたその時、見つかることは、よくありませんか。

それはセレンディピティですね。

セレンディピティ(serendipity)、というこの言葉、いちおう英単語ですが、
載っていない英和辞書もけっこうあるように思います。

マーヒーが愛用している大修館の『ジーニアス英和辞典』でも、

serendipity 掘り出し物をみつける才能 掘り出し上手

とのわずかな記述がある程度です。この言葉、まったくセレンディピティ的に、
マーヒーは学生時代に覚えました。まず試験に出ない英単語です。
(最近、現代用語の重要な言葉になってきたような気がしますので、
これからはわかりません)

どうしてかというと、仏教にとって大事な言葉である 「縁」(えん)という言葉を
どのような英語で表現できるか、というお話の流れから、教わった言葉なのです。
カーマだと原語のまま、チャンスという言葉は何だか自我が強すぎる、
オーパチュニティはもう一つ・・・

そんななかで、今は何だかハーバード大学にいるみたいなのですが、
仏教を専攻する、当時は京都の大谷大学というところの講師をしていた
アメリカ人が教えてくれた言葉です。

セレンディピティという言葉は、18世紀に、イギリスの作家ホーレス・ウォルポールが
友人への手紙の中で使用したのが最初で、作家ウォルポールはお伽話の
『セレンディップ(セイロン)の三王子』を読んだ感銘を友人に手紙に書き、
「偶然による大発見をセレンディピィティと呼ぶことにしよう」と手紙で友人に提案し、
その手紙を受け取った友人ホーレス・マンがこの造語を広めて、
セレンディピィティという言葉が使われるようになったそうです。

セレンディピティは、要するに
  期待して求めている時にはまったく手に入れることができないけれども、
  期待していないと、ふと手に入る


というような概念というか、ことがらをあらわす言葉のようです。

そこでマーヒーは学食で、アメリカ人でありながら当時の新日本プロレスを愛し、
ボストン・レッドソックスの次に阪神タイガースを愛していたこのアメリカ人先生に、ふと

 先生、セレンディピティは 掛布の一発 と訳せませんか?

と尋ねてみたところ、
  まさに期待していると出ないが、期待せずにいると出る・・・
  ミスタータイガースのホームランはセレンディピティで、これは名訳だろう


との嬉しいご返答をいただいたのです。

ただし、この翌年の1985年の掛布雅之選手は阪神ファンの期待どおりに打ちまくり、
セレンディピィティ=掛布の一発 は、あまりいい和訳とは言えなくなってしまいました。

                                      (続く)

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-08-16 00:20 | 草仏教


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