2006年 09月 17日

マーヒーのうどん体験(2)

都での学生時代、何人かの香川県の友人・知人ができ、
そこで次のような うどん伝説を耳にすることになる。
1980年代のはじめから中盤にかけての時代である。

☆ 香川県の高松市では信号機の数とうどん店の数が同じぐらいだ。

☆ 安いセルフの店が最近(1980年代)増えつつあり、そこではトッピングや
  後かたづけはもちろん、自分で テボ のなかにうどん玉を入れ、自分の
  好みに茹で上げる。

   ※テボというのは、取っ手が逆しの字型に付いている湯切りの金ザルです。

☆ それほど多くのうどん店があっても、パチンコ屋さんがつぶれた
  という話は聞いてもうどん屋さんがつぶれたという話は聞かない。

☆ 香川県の主婦はほとんど自分でうどんを打つ。そして頻繁に家庭で
  うどんを食べるにもかかわらず、ひいきのうどん屋が4~5件はあり、
  外にもたいへん頻繁にうどんを食べにいく。

☆ 香川県では、たとえ地中海風の建物で、おしゃれな名前がついたおしゃれな
  カフェでも、メニューのなかに必ずうどんがある。

☆ 香川県の法事の席では、途中か最後に必ずうどんが出る。他の食べ物は
  残してもかまわないが、そのうどんだけは残すと大変な失礼になる。

☆ ゴルフをすると、9ホールが終わった時点で、普通ならクラブハウスで
  1時間ほどの休憩の間に食事をするのが普通だが、香川県のゴルフ場では、
  その休憩の間にゴルフ場の外のうどん店に行ってまたゴルフ場に急いで
  戻ってくるというゴルファーが少なくない。


以上、讃岐うどんの登場によって2006年の今ではかなり常識的になってきた事象もあるが、
当時、香川県の友人・知人から聞いたこのような話は、正直言って、ウソだとは思わない
ものの、実際に彼の地を踏むまでは大きな誇張があるものと思っていた。
しかし、これらのうどん伝説から、マーヒーの、うどんの魔境でもある聖地・香川への
想いはつのったのである。

行ってみると、あながち誇張ではなかったのだねぇー。


マーヒー加藤 
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by kaneniwa | 2006-09-17 00:31 | 草評


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