2007年 02月 12日

誰でも(その気になれば)演奏できる曲 (3) てんやわんやのギター

ジョン・ケージのような芸術的、あるいは思想的な必然性がなくても、
ジョアン・ジルベルトのような感動がなくても、
ステージの上で楽器を「鳴らさなかった」という例は数多い。


たとえば、タイガース(阪神タイガースではなくてグループサウンズの方です)の
時代の岸部シローは、「絶対に音は出すな」と言われてタンバリンを持たされていた。


クリスタルキングのツイン・ボーカルのサングラスの方の人は、
たとえば「大都会」を歌う時には自分のパートの部分が来るまで、
ジッと何かに耐えているようにも見えた。
「音が出なくてもいいから何か楽器が欲しい」というような手つきをしていた。
その耐えるような表情を読まれたくなくて、彼はサングラスをかけたのだと思う。


吉本興業の どくろ団 (団といってもピン芸人であり、解散後もこの名前)は、
尺八を演奏しながら登場することが多いが、その尺八は、実は肉声での
尺八の音マネだというギャグを「つかみ」にしている。


これはつい最近購入した文庫本だが、ジャズピアニストの山下洋輔編集の
『音がなければ夜は明けない』(光文社・知恵の森文庫)を読むと、
南伸坊は40万円のアルトサックスを買った翌日に渋谷のライブ・スポットの
「ラ・ママ」に出演している。
この時、末井昭と上杉清文(この人はお坊さんだ)といっしょにステージに
上がっているようだが、この時の南伸坊もサックスはぶら下げているが
音は出さなかったみたいだ。(出せなかった)
南伸坊のソロ・パートは、サックスを首にかけたまま、唇を湿らせて
長島茂雄のモノマネを7分間しゃべっただけだったという。



漫才コンビの獅子てんや・瀬戸わんやが、ステージにギターケースを
かついで登場し、場内が騒然となったことがある。
獅子てんやはマイクスタンドのすぐ下にギターケースを置き、
いつものように漫才をはじめた。

これはマーヒーが京都で学生だった頃の話なのでかなり昔のことだが、
当時でも獅子てんや・瀬戸わんやといえばかなりのベテラン漫才コンビで
重鎮(じゅうちん)という風格さえあった。
しかし、誰もギターを使ったこのコンビの漫才というものは見た人はいない。
だから場内にざわめきが起こったのだ。

ギターケースの大きさからすると、ギター漫談・「何でかフラメンコ」の
堺すすむ師匠のギターよりもずっと大きいサイズのもののようだった。
玉川カルテットから借りたギターだろうか?とも考えたが、
玉川カルテットのギターはギブソンだ。
多分ギブソン335と175だと思う。
とにかく当時から貴重なビンテージのギターなので
いかに大先輩の獅子てんや・瀬戸わんやが「貸してくれ」と言っても、
おいそれと貸すことのできない貴重なギターだ。

獅子てんや・瀬戸わんやの漫才の間、いつギターケースが開けられ、
どんなギターが出てきて、そしてどんな芸が披露されるのかワクワクしていた。

ところが、軽快なかけあいで漫才はどんどん進み、
ストンとオチをつけて漫才は終わった。

オチがついたところで
「あ、これはただ持ってきただけね」と言って
「よいしょ」と言ってギターケースをかついで帰るところで、
場内は爆笑のグルーヴだった。


マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2007-02-12 00:35 | 草評


<< 超訳徒然草・吉田くんのブログ(...      超訳徒然草・吉田くんのブログ(... >>