2007年 03月 17日

正座について考える (2)

たとえば、映画とかテレビ時代劇の戦国時代などの描写で、
お茶会のシーンだったとしても、正座でお茶を飲んでいるような場面はウソである。
そういう場面が描かれている骨董品に出会ったらまず偽物だということになる。

正座の歴史というのは、古いようで意外なほど新しい。

まず、正座という言葉自体が新しく、戦前の「修身」なんかの言葉から来ているようで、
それまでは端座と呼ばれていたようだ。

その端座の姿勢にしても、何か特別な礼拝とか、何か特別な儀式とか、
座禅のメジャーではない方のスタイルとか、(罪人など)何か特別なお仕置きという
ことだったみたいだ。

畳が広く一般にも普及して、小笠原流などの生活作法として
正座が正式なすわり方とされたのは、八代将軍吉宗の時代以降といわれており、
さらに広く普及したのは、江戸中期も後半になってからのことらしい。

だから、ひいおじいちゃんたちのおじいちゃんたち・・・というとどれくらいの人数だろう?
の時代なんかは、たぶん正座はしなかったのだろう。

江戸時代後半の寺子屋の学習風景などになると、これは正座が当たり前みたいで、
これはそういう絵があっても偽物ではない。

イスラム教の礼拝がモスクのなかでほとんど正座と同じような体勢で
礼拝をするが、寺院のなかに大勢の人が入る場合、とる体勢というものも
似てくるのかもしれない。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-03-17 00:54 | 草評


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