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2007年 06月 20日

松田デミ男くん物語(4) シャラポアVSジウジアーロ 

b0061413_0274725.jpg車の話なのにけっこう脱線ばかりだ。車だから脱線じゃなくて脱輪というべきだろうか?脱輪したところから再スタートするが、なかなか本道に戻れない。マーヒーは、ジウジアーロというデザイナーに弱いということを知った。それは、ふと本屋で立ち読みしたジウジアーロの本をめくった時に実感した。マーヒーが初めて買った四輪の車であるISUZUの初期のジェミニ(中古車だった)という車は、ボディがドイツ車のオペルと共用で、そのオペルのボディをデザインしたのがジウジアーロだった。そして、おもしろい形をしていたので買った変形マカロニのようなパスタの、その形をデザインしていたのもジウジアーロだったし、学生時代からずっと愛用していたニコンのコンパクトカメラのデザイナーもジウジアーロだった。所有こそできなかったが、本気で欲しいと思っていたフィアットパンダというコンパクトな4WD車のデザインも彼だった。 極めつけは、ふと入った銀座の画廊でたくさんの絵があったなかで油絵のサミー・ディビスJRの肖像になぜか惹きつけられてしばらく動けなかったことがあり、画廊の人が私に声をかけて「その絵は有名な工業デザイナーのジウジアーロという人が画家を志してした若い頃に描いた絵なんですよ」と言われた。何だかものすごく運命的なものを感じて「80万円のところを60万円にしましょう」と言われて、もう少しのところでとても大きな衝動買いをしそうだった。実は、「思い切ってあの時に買っていればよかった」と思ったこともある。しかし、かなり長くなるが最後まで読んでいただければ分るだろう・・・今は、もしもあの時に買っていれば、ジウジアーロ直筆の油絵なんてものが家にあれば、それは我が家にとっては現代の「呪いの絵」として、マーヒーとシャラポアにとっては大きな不幸をもたらしていたに違いないという確信に近い予感がある。

さて、お話の再開はジウジアーロがデザインしたニコンのコンパクトカメラから第3話とつながるのだが、プロのカップル(夫婦)の皆さんは、初めての夫婦ゲンカというものを覚えているだろうか?プロ生活の第一歩として、初めてのケンカ。それはけっこう、何回も忘れた頃に起こってしまい続いていく、それぞれのプロの夫婦ゲンカの原型というか、何話もある夫婦物語のデビュー作のような意味をもっているような気がするのだ。

マーヒーとシャラポア(日本人)がアマチュアのカップル時代を経てプロのカップルとなる宣言をし、厳粛な儀式とバカ騒ぎのパーティを開いた直後、プロになった記念にカナダへの春スキーに旅立った。初めての夫婦ゲンカというのはその3日目だったか4日目だったか、シャラポアがニコンのコンパクトカメラのスイッチを撮影後も入れっぱなしにしていて電池切れを起こしそうになっていたのを注意したところから始まった。マーヒーとしてはその注意に悪意はないつもりで、むしろマーヒーの愛用品をプロのカップルとして共有して欲しいというような善意さえあったつもりなのだが、その注意の仕方が偉そうで非常におもしろくなかったらしい。プロになる前のアマチュア時代はもっと優しかったらしい。それがプロ宣言後初のカップルとしてのケンカだった。別にひどいケンカではなく、確かにその日のスキーは何だかぎこちない雰囲気はあったが、スキーの帰り際に野生のリスを見かけた頃には何となく仲直りしていた。

しかし、40話以上続く物語、たとえば『刑事コロンボ』とか『フーテンの寅さん』の、その第1作目に非常に重要な要素やパターンがすでに詰め込まれていて、それがその後のさまざまな展開を生み出していくように、マーヒーとシャラポアのプロになって初のケンカ物語は、その後、数々のバリエーションの根底というか、原風景のようなものとしてあるのだった。

あれ?あれれれれ!? またまた大事な話をしないで長いブログ記事が終わっていく。
予告編のように大事なことを書き足しておく。
松田デミ男くんがやって来る前のマーヒーの愛車、VWゴルフだが、
そのチーフデザイナーは、これまた
ジョルジェット・ジウジアーロ(Giorgetto Giugiaro)だ。


もちろん第5話に続くのだが・・・


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-06-20 01:26 | 草評


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