草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ
2007年 06月 24日

松田デミ男くん物語(7) 車と人のパッケージ

b0061413_0444697.jpg松田デミ男くんという車に10年近く乗り、その10年間の間にも家族が次々と増えた。その思い出を記そうと思っていたが、逐一記してしては100話の連載になってしまう。 そこで一気にこの10年間の松田デミ男くんに関する数々のストーリーは省略し、つい最近の買い換えの話に飛ぶ。 MAZDAのデミオという車には非常に感謝しているし、今でも好きな車種だ。MAZDAの名誉のためにも、非常にいい車だったと心から言っておきたい。大きな故障やトラブルも10年近くほとんどなかった。ただ、コンパクトカーにしては荷物が積める車だといっても、子どもも三人となって手狭になってきたことは確かだった。車検などの関係もあって、10年目の後半というのは買い換えを意識せざるを得ないのは事実だった。そして、車雑誌やネットでの情報などで新しいデミオは小型化されるという情報が入ってきた。これについてただの車ファンとしては賛成であったが、同乗する機会が多い家族というものがこの10年間で次々と増えた身で、初代デミオからよりコンパクトになる三代目デミオへの買い換えはきついものがあった。これまたMAZDAの名誉のためにいえば、私が独身者か、または子どもが二人までの身なら、デミオのさらなる小型化(二代目に比べての)というのは歓迎したと思う。小さい割に積載力があってキビキビ走るのがデミオという車のいいところだからだ。

実際に、マーヒーは数ヶ月前に鈴木(SUZUKI)さんのとこのスイフトくんという車のスタイルがすごく気に入って試乗したことがある。ただし、その試乗には妻と三人の子どもも連れていったので、試乗をさせてくれた鈴木さんのお店の人の態度にも「結局こいつは買わねぇな」という雰囲気が見えた。実際に、これまたSUZUKIの名誉のために言っておくと、私が一人で乗ることを前提にするならスイフトくんというのは非常に魅力がある車だった。ただし、デミ男くんよりもさらにコンパクトな車にいちばん下の子どものためのジュニアシートまでとりつけるとなると、これは5人で乗るとギューギューの状態になってしまい、いくら運転するマーヒーが快適だと言っても、それを家族に対して言い張る勇気はなかった。

パッケージという言葉は、車用語としては車の積載性などをあらわす言葉だ。しかし、この経験から思い出したのは、トマトを出荷する時のパッケージの話だ。トマトに合わせてパッケージがあるのではなく、それを出荷する立場の作業で言えば、パッケージに合わせたトマトを峻別(しゅんべつ)するのだ。

私たち家族は、車を選びに行くつもりが、実は車に選ばれているのだということに気がつき、呆然(ぼうぜん)と鈴木さんのお店の前に立ちつくすのだった。

・・・第8話に続く

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2007-06-24 00:25 | 草評


<< 久しぶりに なぞなぞ を      超訳徒然草・吉田くんのブログ(... >>