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2007年 10月 08日

正力くんとナベツネくん(3)

ナベツネ(渡邉恒雄)さんの経歴を見ていると、驚くことが多い。
1926年 現在の東京都杉並区に生まれる 。 
つまり、今年81才になっておられる。
1939年 開成中学校に入学し、
1943年 東京高等学校に編入学。
この頃の学友に氏家齊一郎(現・日本テレビ放送網取締役会議長)氏がいることは
驚かないが、(だいたい1950年にナベツネさんの誘いで読売に入社しているのだ)
亡くなられた歴史学者の網野善彦氏と学友である。
マーヒーは網野善彦氏のご著作の、特に中世の民衆史に関わるものを興味深く拝読して
きたし、網野先生の講演会の助手をさせていただいたこともある。
網野先生の史観は、アニメ映画の『もののけ姫』を制作する時の宮崎駿監督にも
たいへん大きな影響を与えたのだ。
ナベツネさんと、友好的だったかはともかく接点があるとは思わなかった。

1945年 東京帝国大学文学部に入学し、同年7月に陸軍砲兵連隊に入営し、
終戦の2日前に除隊している。

1946年 日本共産党に入党している。
ナベツネさんが、果たして日本共産党という組織に影響を与えた人物かどうか?
という論点から、この事実を書くべきでないというスタンスの人も
思想の左右を問わずにいるようだ。

証明することが難しい問題だが、日本共産党への入党の動機として、
百科辞典的な性格をもつサイトに「天皇制への嫌悪から日本共産党に入党」と
記述されていたりする。
これはのちの中曽根康弘氏や児玉誉士夫氏との交流もあり、
少なくともマーヒーにとっては「もっとも意外な共産党員だった人物」だ。
ナベツネさんのもつ思想のようなものを一括することは難しい。

現在でも、首相の靖国神社公式参拝には、
どうやら「反対」の立場をとっていらっしゃるようだ。

1949年 東京大学を卒業して東京大学大学院に入学する。
専攻は哲学である。これもちょっと意外な感じがする。
修士論文執筆のための資料を、新宿の公衆便所で紛失する。
これもホントかどうかわからないが
「ペンは剣よりも強しというが糞よりは弱い。」
という名言?を残し、翌年に新聞界への就職を決意して読売新聞社に入社している。
ちなみに、中央公論社の入社試験に落ちている。
現在の中央公論社は1999年に読売グループの傘下になったと思うが、
これはナベツネさんの執念だというのは勘ぐり過ぎだろうか?

1952年 日本共産党山村工作隊の取材で奥多摩のアジトに潜入し、拘束される。
無事解放されるが、このとき隊のリーダーだったのが、高史明(コ・サミョン)氏
であった。このことはナベツネさん、高史明氏の、※両氏の記述で一致している。
※『渡邉恒雄回顧録』(中央公論新社)
  『青春無明 歎異抄との出会い第2部』 (径書房)

高史明(コ・サミョン)氏には、親鸞聖人に関するご著作、特に『歎異抄』について
書かれたものが多く、興味深く拝読してきたし、高先生のご法話、ご講演には
幾度となく足を運ばせていただいた。

この二人が、こういう形で接点があったということに、とても驚くのだった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-10-08 01:10 | 草評


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