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2007年 12月 18日

歴代の「今年の漢字」はその年を思い出させてくれるか?(5)

1999年、7の月、
空から恐怖の大王が降ってくる
アンゴルモワの大王を蘇らせるため
その前後マルスは幸福の名のもとに
すべてを支配するだろう

訳文は、五島勉の本の引用のつもりだが、うろ覚えなので
一致していないだろう。
1973年に初版が出た『ノストラダムスの大予言』
(98年頃に立ち読みしたら、奥書に第136版とあったのを記憶している
136版!だって)
五島さんには、苦しい弁明気味でもいいので、
今こそ新しい本を書いてほしい。

マーヒー年代はこの『ノストラダムスの大予言』にはかなり洗脳されている。
この本の内容を素直に信じんだかどうかは別にして、大なり小なり影響を
与えられているのがマーヒーの世代なのだ。

こんなことを書くと半分は予言者としてのノストラダムスを信じていたという
矛盾をさらすことになるが、マーヒーはこの予言が「滅亡」のようなものを
示唆しているとは思わなかった。
結婚したばかり、長女が生まれたばかりで「滅亡」なんてとんでもないという
こともあるが、もともと「人類滅亡」なんてことになったら
「マルス」というものが「すべてを支配」なんてことはできないじゃないかと
ずっと思っていた。

またまた矛盾をさらすが、この「マルス」というのは
この予言が当っているのなら「コンピュータ」のことじゃないだろうか?

旧国鉄時代に、コンピュータを使った切符の予約システムを始めた時、
それが何の略かは知らないがそのシステムを「マルス」と呼んだのだった。
(まさか旧国鉄はノストラダムスの詩からネーミングを採用したのか?)

「マルス」がコンピュータのことだとしたら、この予言はちょっと当っている。
「幸せになるぞぉ、便利になるぞぉ」と言われつつ、コンピュータが速くなるにつれて
作業への催促も速くなってしまった。
そしてコンピュータを使いこなしているような気になりながら支配されてきている。

ただ、ちょっと自己矛盾を解消する意味で付け加えるならば、
ノストラダムスの予言よりも星新一や小松左京、筒井康隆などの日本の
SF作家の方が優れた予言者なのかもしれない。

さて、本題に戻って1999年の「今年の漢字」は



だった。
この1999年の夏頃には、冗談半分で
「夏に人類は滅亡してしまうのに秋のスケジュールを入れるの?」
というような軽口を言う人もいたが、そんなに大きな事件は起きなかった。

秋になって、まず東池袋通り魔事件というのがあって、女性二人が死亡した
その現場が、つい1年前までたまの休日には頻繁に行っていた
池袋の東急ハンズの店舗の前だというのに衝撃を受けた。

そして、やはり秋に決定的に驚いたのが茨城県の東海村で起きた
JCOの臨界事故だ。

「臨界」という言葉が新聞の一面に大きく掲載されたことに恐怖をおぼえたし、
この事故が「世も末だ」の「末」を選ばせた最大の要因となったことだろう。

「末」の文字とともに、この臨界事故のことは風化させちゃいけないと思う。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2007-12-18 00:20 | 草評


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