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2008年 02月 21日

追悼記事(2) ボブ・ハウサム氏

MLB(メジャーリーグベースボール)の
シンテナティ・レッズやセントルイス・カージナルスの
GM(ゼネラル・マネージャー)をつとめ、
さらには野球のみならずNFLのデンバー・ブロンコスの創始者である。
2月19日にアリゾナ州のサンシティにて89才で亡くなられた。
サンシティというのは保養都市というか、合衆国でいちばん
老人人口の多い場所だったと記憶している。

1964年にカージナルスのGMとなり、67年からレッズのGMに。
73年から78年まではレッズの球団社長も兼務されている。

ボブ・ハウサム氏といっても、正直言って顔もまったく思い浮かばない。
ただ、あの「ビッグ・レッド・マシーン」を編成した人なのだなぁと偲んだ。

記憶に残るのは、1978年の日米親善野球でのレッズ。
この1970年代のレッズは地区優勝を6度達成しており、
安打製造器でヘッドスライディングのピート・ローズ、
強肩強打のスーパー捕手・ジョニー・ベンチ、
打点・本塁打2冠王のジョージ・フォスター
ケン・グリフィー・シニア(ジュニアじゃないよ、シニアだよ)
などを野手の中心メンバーとして
「ビッグ・レッド・マシーン」と呼ばれた強いチームだ。
この強くて魅力的だったチームの編成をされていたのだなぁ。

このレッズとの日本のプロ野球とのいくつかの親善試合で、
まず記憶に残るのが若き掛布雅之(阪神タイガース)の活躍。
当時のレッズのエースだったトム・シーバーから見事なホームランを
放った。
巨人では、中畑清が、このレッズとの親善試合での活躍で名を売った。

しかし、巨人の堀内投手から放ったジョージ・フォスターの
ホームランはテレビで見ていたのだが、凄まじいものを見た思いだ。
そのことを以前にブログで書いたことがある。
後楽園球場(東京ドームができるずいぶん前)の森永の看板を直撃し、
森永の看板に穴を開けるほど凹ましたのだから。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2008-02-21 16:57 | 草評


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