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2008年 07月 05日

仮想・裁判員制度 (1)  服装

基本的にこの草仏教ブログは、楽しいこと、ラッキーなこと、
身近になところで見つけたプチ・ハッピーやおもろいことなどを好んで
とりあげて書きたいし、書いていきたいと思っている。
暗いニュースばかりがどうしても目立つ世相のなかで、
自分のブログぐらいは、ささいなことでも幸福だと思えることの方を
なるべく多くとりあげて、陽気な記事にさらに明るいコメントをいただき、
そこからプチではあってもハッピーが連鎖していった
方がいいと思っているのだ。

そんな基本方針のようなものはあるものの、
やっぱり書かざるを得ないことも多くなってきた。

いつの間にか国民の同意をとりつけたかのように、裁判員制度が始まろうと
している。

この制度について、理論的な意見をブログのような場でぶつけてみることも
大事なのであるが、それが結果的に私個人特有の主義・主張のようなものだけに
矮小化(わいしょうか)してとられるのも不本意である。

自分のシミュレーション(仮想)をしてみなければと思った。
想像力を最大限にはたらかせて、自分の問題として、この裁判員制度の
問題点を考えていくのには、まずシミュレーション(仮想)ではないかと
思うのだ。それも、できれば私にしか想像できないようなイメージ力を
はたらかせて。

第1回目は、どんな服装で、裁判に裁判員として参加すればいいかを
このシミュレーション(仮想)の上で考えてみたいと思う。
裁判員制度について、つぶやきのようなものはこれまでも断片的に
記したが、この制度のことを主題にしてブログ記事を書くのは
これが初めてなので、第1回目は、特に前置きが長くなる。
(これでも精一杯短くした)




裁判員制度は、合衆国の陪審員が行なう
有罪か無罪かの判定(判決のための判定)のためのものだけでなく、
その量刑にまで踏み込んだ論議と裁定に関わらなければならない。
その量刑だが、この国(日本、JAPAN)の極刑は死刑であり、
死刑が極刑の国のなかでの裁判員制度、というものが、もしも
実施されるとするならば、これはこの国以外の死刑制度をもつ国の
なかでも、どこもそんな国はないはずで(いちおう確認してみました)、
この国は無作為に選ばれた民間人が死刑か否かを決める鍵を握る
可能性がある世界唯一の国ということになっていくはずであり、
そのことを問題の裁判員制度の根幹というか、いちばんの着眼点としたい。

現実の実施を前に、いろんな想定から弁護士などの法律の専門家
の間でも意見が分かれる問題が噴出してきている裁判員制度であるが、
問題の究極というか、原点は「生かすか殺すか」、さらには
「それを本当に裁判員が関わって生か死かを決めることができるのか」
という根本問題にあるのだということをまず述べていきたい。
どう考えても、この裁判員制度の原点はそこにあると思うな。

裁判員が量刑にも関わるということを
 「ふーん、そうかぁ」  
とは、シミュレーション(仮想)をしてみたら言えなくなってしまうと思うよ。

シミュレーション(仮想)であるので、そのもっともシビアな場面をイメージ
してみたいと思う。
この裁判員制度は重大な刑事裁判から、なぜか導入されていくと
いうことなので、マーヒーのシミュレーション(仮想)がいきなり
現実のものとなって叩きつけられる人が、このままだと現実に何人も
出てくることになる。

というわけで、シミュレーション(仮想)は懲役刑の
2年がいいのか3年がいいのか、
執行猶予は付けるべきか付けずに服役すべきかという論議ではなく
(それも、ものすごく重要な問題であるが・・・)
ズバリ、ものすごい凶悪犯罪の事件に関する裁判の裁判員に指名され、
「無期懲役」なのか「死刑」なのかを論議されることが予測されるほどの
凶悪事件の裁判がシミュレーション(仮想)のモデルとしたい。

「マーヒー加藤以外の他には誰も代われない仕事があること」
を証明者を立てて裁判員を逃れる機会は土日と年末年始が多いのだが、
残念ながらというか、土日と年末年始は裁判所も休みであるので、
その指名を逃れるには10万円以下の罰金を払わねばならない。
(これだけではなく、裁判員に関して罰則がいくつかあることが、
何だかおどしのようで嫌だなぁ)

平日だって寺に関する業務のうち多くのことが誰にも代わってもらえないのだが、
それは客観的に証明しにくいことが多いし、証明してもらおうと思えば
これが皮肉なことに職業上の守秘義務にかかわってくることもありうる。
守秘義務が守れなければ、誰も大事な相談を寺院や僧侶を信頼して
してくれなくなっちゃうじゃないか。

また、寺に関すること以外であっても (関連はあると思うが)
このブログの執筆なんかは他人に代わってもらえないのだが、
ブログ更新は無断で5日間以上休むこともあるし、裁判員の回避の
理由としてはまず取り扱っていただくことはできないだろうなぁ。
(裁判員としての役割の基本は3日間で最長は5日間だ)

相手チームとの渉外を経て、いいグランドを確保できて
楽しみにしている草野球の試合や、草野球のトーナメント大会に
エントリーして勝ち抜いた試合なんかの先発投手として監督さんから
「お前しかいないんだ」 なんていう言葉とともに指名されて
いたスケジュールが入っていたら、罰金10万円を払っちゃう
かもしれない。

それでも、自分が裁判員を回避したせいで、被告人の判決に何らかの
影響があって、その運命が転換したという罪の意識は、
これは永遠に近く残っていくだろうなぁ。
そのせいで、愛してやまない草野球をやめちゃうかもしれない。
「他の誰にも代わってもらえないことを他の人に証明してもらえる用事」
で罰則なしで回避できたとしても、大きな罪の意識は残るだろう。
ああ、それだけで罪な制度だ。

とにかく、シミュレーション(仮想)では、もしかしたら自分の意見で
被告の「無期懲役」か「死刑」かの裁定に何らかの影響が出てしまうと
いう、この裁判員制度上でいちばん決定的にシビアな場面を想定したい。

(前置きだけでものすごく長くなったのだが、これでもカットしたのだよ)

自分の意見で被告人が 「死刑」 になるか 「無期懲役」 になるか。
もっと極端な例では 「死刑」 になるか 「無罪」 になるか。
(これもありゆるよなぁ)

そんな重要な場面に、たとえ私が普段着によくジャージを着用することが
あるとはいってもジャージで行くわけにはいかない。

おもしろいことに (といってもシビアな話だよ)
裁判におけるジャージにサンダルという被告人の定番の服装が、
「すでに悪人であるという印象を裁判員に与えてしまうのではないか?」
という議論がすでにある。
ではどんな服装の自由があるのか?
男性では被告人のネクタイ着用の権利を与えるべきではないか?
という論議がある。
女性の場合は?
こういう、シミュレーション(仮想)から現実に移行しようという段階に
なって、どんどん想定していなかった問題が、服装一つとっても
噴出してきているのだ。

「被告人に顔を見られたくない」 という心理は、どうしてもはたらくだろう。
無期懲役の判決が出たとしても、被告人の運命を左右したということで、
刑期終了後に元被告人とどこかでバッタリと偶然に再会し、
そこで不条理な逆恨みを被るという可能性はゼロではないのだ。

しかし、法廷でマスクをしたまま裁判に参加できうる可能性をもつ人は
マスクやサングラスをして入廷する必然性について医師などの証明書をもらう
人以外では岩手県議会議員でプロレスラーのサスケ議員以外には考えにくく、
マーヒーはプロレスファンではあるがプロレスラーとしての実績、特に
謎のマスクマンとしての実績がないために仮面は認められないだろう。

裁判員が 「どのような服装で裁判にのぞめばいいのか」
という問題について、私の知る限りにおいて 
「常識的な服装であること」
ということ以外に規定らしきものは見あたらない。
プロ野球選手が野球のユニフォームで現れたら、
どういうことになるのだろうかなぁ。

「常識的」 という非常に抽象的な漠然としたものにこの問題は
依存しているのだが、マーヒーはマーヒーの常識として、
このシミュレーション(仮想)のなかでは 「僧衣」 でいる。
マーヒーは俳優として僧衣を着用しているのではない。
マーヒーはコスプレで僧衣をまとっているのではない。
裁判官の黒と同じく、「どのような色にも染まらない」 という
決意をあらわす黒の僧衣でなければその場にいられない。

シミュレーション(仮想)のなかで裁判官が、裁判にその服装が
何らかの影響を与えてしまうことを危惧して、着替えることを命じた時、
(裁判所は着替える服も用意してあるということもシミュレートしています)
「傍聴席では認められる服装がなぜいけないの?」
という質問をまず用意しておきたい。

それから、結婚式や結婚披露宴などの場で、その僧衣の服装で
集合写真に写っているものを提示し、近所の八百屋さんや和菓子屋さん
の 「この服装でいつも買い物に来られ、この服装で街を歩いておられます」
という証言もあらかじめとっておきたい。

念のために、大阪大学名誉教授の加地伸行先生によって
「日本の裁判官の服装は仏教の僧侶と同じく儒教の
礼服がルーツである」
ということが書き記された『儒教とは何か』(中公新書)という
書籍も、たもとに入れておこう。

大事な場では私は僧衣であることが私のイメージであり常識だ。

「なぜこの服装ではいけないのですか?」

からはじまって、裁判官、検察、弁護士さえ困らす私の質問は
続く。

はっきりいって、こんな質問はまだ序の口なのだ。

シミュレーション(仮想)のなかの私は、ようやく僧衣をまとって
入廷できたばかりなのだ。

もっと根本的に、裁判官をはじめ法曹関係者が質問される
ことを想定していないであろう私の質問は続く。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2008-07-05 02:18 | 草評


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