2008年 07月 06日

仮想・裁判員制度 (2)  傘がない

『十二人の怒れる男』 という1957年公開のアメリカ映画がある。
アメリカの陪審制度を説明するものとしてもよく引用される。

ほとんどの場面が一つの部屋のなかでの審議であり、
映画の登場人物は陪審員の12名。
(来年5月導入予定の日本の裁判員制度の裁判員は6名)
映画の製作費は34万ドルという、当時としても超低予算であり、
撮影日数はわずか2週間ほどであったという。

ストーリーは父親殺しの罪に問われた少年の裁判で、
陪審員が評決に達するまでのプロセスが描かれている。
(アメリカの陪審員の評決は12名が全員一致でなければならない)

ヘンリー・フォンダが演じる主人公(8番陪審員)が、
提示された証拠の疑わしい点を確認していくことを
主張したことによって展開されていくドラマである。

主演のヘンリー・フォンダは名演技だった。
でも、裁判員制度の仮想(シミュレーション)を自分の頭の
なかでしていく時に、よりリアルな演技として感じられるのは、
「早く裁判を終わらしてワールドシリーズ(野球)を見たいよ」
というような
(このブログ記事のために映画を見直すことができなかったので、
正確でなければ、ご指摘いただければありがたいです)
脇役たちの演技である。




井上陽水の作った歌で
『傘がない』
というものがある。

やはりこの頃の井上陽水の曲は(今でもだが)歌詞が強烈だった
ので、リアルタイムで知っている。

都会では、自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に 書いてある
だけども、問題は今日の雨
傘がない

という歌詞からはじまる。

(もちろん)日本の裁判員として拘束される日程は基本が3日間。
最長で5日間ということになっている。
そして裁判員制度の導入の目的の一つに、
「裁判の迅速化」 というものが含まれている。

誰もが、漠然とでも、今起きている社会事象に着目はしているし、
問題を感じてはいる。
現に、その社会事象の具体例である裁判に裁判員(仮想)として
加わっている。
でも、その6名の誰もが

行かなくちゃ、君のもとに行かなくちゃ、
君に逢いに行かなくちゃ

という現実的な、社会問題に優先する自分の問題をもっている。
その時々によって、その時の「君」 は、
伴侶だったり、子どもだったり、自分の親だったり、恋人だったり、
会社の上司だったり同僚だったり後輩だったりするし、
時にはテレビで放映されるワールド・シリーズの先発ピッチャーだったり
するのだが、「そんなことよりも自分の傘がない」
という現実の問題をもっているのだ。
「傘がない」という問題にアメリカも日本も変わらないのだが、
仮想裁判をイメージすればするほどに、
陪審員の担う役割と裁判員の担う役割の差異に気がつく。

アメリカ合衆国の陪審員の役割は、全員一致で 「無罪」(イノセント)か
「有罪」(ギルティ)かの評決を審議して出すことであり、量刑
(どのような処罰が妥当であるか)については関知しない。
念のため、何でもアメリカ式がいいと言っているわけではなく、
事実としてアメリカの陪審員制度はそういうシステムだということです。

ところが、有罪か無罪かの二者択一はもちろんのこと、
その量刑にまで踏み込んでいく日本の裁判員制度は、
意見が分かれて裁判員としての時間制限のなかで、
その決定方法に 「多数決」 というものがもちこまれる。

(多数決では決まらないという見解の方も多くおられるようですが、
裁判員制度についての説明、PRなどを私は咀嚼し、こうして
仮想裁判までをイメージしてみると、多数決はありうるという
見解をもたざるを得ないのですが、いかがでしょうか?)

仮想ではあっても、私が裁判員として指名された裁判が、
もしも被告の 「有罪」 については確実なものとして、
その量刑が 「死刑」 であるのか 「無期懲役」 であるのかの
裁判員のなかでの見解が分かれに分かれ、
裁判官のリードによって 「多数決」 という手段による評決が行なわれる
として、そのなかで マーヒー加藤が手を上げた方が少数派で
あるか、もしくは私一人だけが手をあげていたとする。

それで量刑が決まろうとする瞬間には、
さすがの私も自分の傘のことにも気にかけてはいけないし、
自分の傘がない問題も気にかけてはいけない。
自分の傘を雨のなかで投げ捨てて、
その瞬間だけは、私はヘンリー・フォンダが演じた陪審員ナンバー8
にならなければならないのだ。

「裁判長! 質問があります。
そもそも、被告人の死刑か無期懲役かを
多数決で決めてもいいのでしょうか?」

この時の仮想裁判のなかの仮想マーヒーは、仮装ではなくて真面目に
僧衣を着ている。

裁判官の答えを全身を耳にして聞く。

その答えは、被告人の命を左右するものであると同時に、
「どういう国に生きていくのか」 という自分の傘の問題でもあるのだ。

その部屋での審議内容を漏らすようなことになると、
50万以下の罰金が科せられるそうだ。
(これも裁判員への罰則)

ただ、こんなことを裁判員制度が始まる予定の10ヶ月前に
ブログに書いたことがある実績があるような者が裁判員として
指名されることがあるのか? という新たな疑問も生じつつ、
私はその時の裁判官の答え次第によっては、その審議プロセスを
守秘義務があることを承知の上でブログに書いて問題提起するかもしれない。
そして私は50万円以下の罰金を払わないかもしれない。
裁判員制度の無効を訴える裁判という、非常にややこしい裁判を起こす
なんていう事態も、裁判嫌い(裁判になる前に何とかするのが私の仕事だ)
の私に起こるかもしれないのだ。
ああ、ややこしい。

私の頭のなかの仮想裁判のシミュレーションはまだ続くのだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2008-07-06 00:52 | 草評


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