草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ
2008年 07月 28日

宮商和して (親鸞聖人 浄土和讃より)

清風宝樹をふくときは
いつつの音声いだしつつ
宮商和して自然なり
清浄勲を礼すべし


雅楽をされている方からのご講義を拝聴して、
このご和讃(わさん)について、今までかなりの
勘違いをしてきたことに気がついたので記しておきたい。




親鸞聖人によって書かれた和讃(わさん)という七・五・七・五・七・五・七・五
(五のところが六、七のところが八になることも多い)の形式の宗教詩
は400近くある。

そのなかの、浄土和讃のひとつがこれなのだが、
「宮商和して自然(じねん)なり」 という、この宮と商が、
なんと音階名であることに長年気がつかなかった。

何だか漠然と、宮(セレブ)と商(あきんど的庶民)が自然に
仲良くなれる浄土の世界を示してくれているご和讃だと思っていた。

ところが、この和讃は、まず浄土和讃なので、浄土という世界は
どういうものかをあらわしているのだと思うが、
風が木の間を吹き抜けるときに、五声のハーモニーが聞こえ、
そして宮(あえて無理やり西洋の12音階にあてはめればドの音が近い)
の音と商(同じく当てはめるならばレの音が近い)という、
本来ならば不協和音となるはずの音が不協和音として聞こえないという
ことを言われていたのだ。

実験をしてみた。

ギターでもいいのだが、視覚的にわかるようにピアノの鍵盤の
ド(宮)の音と、すぐとなりの白鍵であるレ(商)の音を同時に押す。

ピンとこなかったので連打してみた。

なるほど、2声のハーモニーながらドとレの同時押しは不協和音だろう。

サスペンス劇場でいえば、夫の浮気に腹を立てた妻が大理石の灰皿を
もって背後から忍び寄る時のBGMだ。

ニュース特番なら、底なしの不景気を伝えるレポートのBGMだ。

このドの音とレの音が、溶け合って響く世界というのが浄土らしい。

本来は、まったく合わないはずの人間同士がやっていける世界が浄土らしい。

新日鉄時代の野茂英雄投手に、新日鉄のバレーボール選手の
田中(ファーストネームを忘れた)さんが
「野茂よ、優勝っていいぜ、大嫌いな奴とも抱き合って喜べるんだぜ」
と言われ、発憤して新日鉄の野球も社会人大会で優勝して
ソウル五輪で古田捕手(当時はトヨタ自動車)とバッテリーを組んだのが
野茂投手がプロに入るきっかけであり、その社会人時代の優勝が、
メジャーでのノーヒット・ノーランよりも嬉しかった思い出だったと、
5日ほど前のスポーツニッポン紙に書いてあった。
「大嫌いな奴とも抱き合って喜べた」 のだろう。
宮商和した世界があったのだろうなぁ。

さて、僭越極まりないことだが、マーヒーは是非とも親鸞聖人に
教えたい(ごう慢だなぁ)ことがある。

ドとレの音のまじわりを不快にさせない方法があるのだ。

たとえば、ミとソの音も加えてやっちゃえばいいのだ。

料理の話じゃないけれども、このミソを加えることによって
ドレミソを同時に鳴らせば、これはコードネームで言えば
C6(シー・シックス)というオシャレな和音だ。

ブルーズ、JAZZ、ロック、ボサノバ、
たとえばこういうジャンルの音楽を親鸞聖人に聞かせれば
さぞかし驚かれるに違いない。

「宮と商が融和している浄土を表現する音楽があった!」 と。

それにしても、親鸞聖人は何か楽器をされていたのだろうか?

比叡山時代の天台声明(しょうみょう)を習得されるのに、
すでにこういう知識がもとめられていたのかもしれないが、
このご和讃の前提が ド(宮)とレ(商)の音の組み合わせが
不協であるということである。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2008-07-28 00:47 | 草仏教


<< NHKの趣味悠々 ダッチオーブ...      ちょっと推考 >>