2008年 10月 01日

虚構と現実の間で

b0061413_0483656.jpg 先日、用事である寺院を訪ねることになった。その寺院を訪ねるには、目印になるガソリンスタンドを目印にしないと道が入り組んでいて難しい。 そして、そのガソリンスタンドは、今年に入ってからの原油価格の高騰とそれに関連する激しい競争のためか、もうなくなっており、さっそく更地になっている。 そうなると、目印がなくて車でその寺院を訪ねるのはとても難しいはずなのだが、別に何の問題もなくスムーズに寺院にたどり着いた。 なぜかというと、去年の6月に購入した波平くん(HONDA AIR WAVE)にはナビゲーションが付いていて、これは販売店に行ってデータを更新しない限りは去年の6月の時点での地図がずっと表示されるタイプのものだ。そのナビゲーションの画面には 「ないはずのガソリンスタンドがある」 のだ。 その 「ないはずのガソリンスタンド」 の角を曲がって道なりに進んでいくと目的の寺院にたどり着いた。 結果オーライといえばそうなのだが、一瞬、思考のミステリーゾーンにはまりこんだ。 ずっと以前に、中島らも氏のエッセイで読んだ話なのだが、コンピューターの野球ゲームの野球場に貼られる看板に、実際に企業がお金を出してその広告スペースを買うということが書かれていた。

b0061413_0491778.jpg これまた虚構と現実が交錯している。 実際の私を取り囲む野球環境(文化)のなかでは、プロ野球やMLBの興行の成績の方はともかく、ガソリンスタンドが空き地になったからそこでキャッチボールをしようというような子どもはいない。先週の、今年のセリーグ優勝の帰趨(きすう)を決するといっていい阪神VS巨人の試合も、放送がない。TVのアニメのなかのドラえもんに出てくるのび太君やサザエさんに出てくるカツオはいつも草野球をやっているのに。 寺の境内でキャッチボールをやっていてガラスなんかを割る悪ガキを叱りつけることは、昔に考えていた将来のなかでは自分の仕事のひとつだろうと思っていたが、そんな子どもたちはいなくなってしまった。 アベックはたまにやってくるので、ファン・サービスとして物陰からラヴソングを練習しているフリをして歌ってやろうと思ってギターをチューニングしていたら、その間にアベックはいなくなっていたので腹が立ったことがある。まったく何に腹を立てているんだか。 ともかく、数は少ないか多いかわからないが、野球というスポーツを、その基本中の基本であるキャッチボールというものさえ経験したことがないのにテレビゲームの野球はできるという子どもは、今はいるだろう。

b0061413_050069.jpg テレビのアナログ放送は2011年の春で打ち切りで、状況は地上デジタル放送の方に切り替えなさいと言っているようだが、この地デジという放送は、データ処理の関係か、画面に映像が反映されるタイムラグが大きい。つまり遅い。サッカーや野球を観戦しながら携帯の地デジを持っているとして、生中継ならばリプレーがテレビで確認することができるほど遅い。NHKの緊急地震速報が秒単位での速報性に執念を燃やしているが、莫大な金をかけて基本的なところが不便になっていくというのが信じられないなぁ。生放送が2秒前の虚構の世界を観ることになっていくわけだ。 今日のニュースの金融不安というものも、虚構世界に虚構を重ねた杞憂(きゆう)のようなものも含まれてはいるが、やっぱり現実世界のお金とは密接なわけで、自分は投資はやらないとはいっても、虚構か現実かに関わりなく、金は天下のまわりものである限り、自分に関係する問題だな。 またまた、勢いでまとまらない記事を書いてしまったが、それを無理やりまとめるのに、ブラジルのサンパウロからロサンゼルスに向かうつもりがパリに着いてしまった熊本のY先生からの金言 「迷える者は道を尋ねない」 という、心からの忠告を思い出して終わりにしたい。 このマーヒーも、カーナビゲーションを使うようになってから、すっかり道を尋ねなくなってしまった。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2008-10-01 01:21 | 草評


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