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2006年 01月 05日 ( 1 )


2006年 01月 05日

松田デミ男くん物語(2)

さまざまな記事が入り乱れて、ちょっと読みにくくなられたと思うが、
松田デミ男くん物語として、ちょっと車の話をしている部分の第2弾である。

b0061413_1385146.jpg突然だが、車と仏壇というものは、似た役割をになっている。
21世紀になった今でも、テレビが仏壇にとって代わって
しまった、というような法話をするお坊さんがたまにいるが、
これは20年以上前の認識だと思う。

今はテレビは非常にパーソナル(個人的)なものであって、
家族がそろってテレビを見ていた時代は20年以上前のことだ。

では、多くの家庭で仏壇にとって代わっているものは何かというと、
マーヒー説としては、テレビやパソコンではなく、車が仏壇の代りになったのである。

その理由は、まず物体としての、あるいはもっと言えば賞品としての
価格が似ているということがまず言えるのだが、もっと根本的には、
今や家族が同じ方向を向くという行為をすることは、ちょっと前までは
礼拝の対象に向くことが主流だったのだが、今では車に乗ってどこかに
行く時が、家族が同じ向きを向くという行為の主流である。

家族と向き合うというが、家族の基本単位であるカップルを想像して
いただくとして、対面しているよりもバーのカウンターで同じ方向を向いて
いる方がより親密な関係に見える。これは演劇論であることはもちろん、
心理学、社会学などでもそうである。カウンターで男女が同じ方向を見つめ
並び、男が夢でも語り出したら、これはだいたい結婚してくれと言っている
ようなものだ。

スナックとクラブの違いがわからない人が多いが、マーヒーに定義させれば
簡単で、ホステスもしくはホストと対面するのがスナックで、ホステスもしくは
ホスト役が横に座って同じ方向を向くのがキャバクラもホストクラブも含む
クラブである。(あの踊るクラブはまたちょっと違うからね)
そして普通、スナックよりもクラブスタイルの方が高いお店であるのが普通だ。

そして今の時代、家族が同じ方向を向くのは、礼拝の対象を向くことよりも、
断然、車に乗るときということが多くなった。

現在・過去・未来を見つめ、家族はいったいどういう道を歩むのかということを
話し合うことをやめ、車という実体あるものに乗り、実際に道を走っている。

まだこのシリーズ、少し続きそうだ。
とにかく、気がついている人はまだ少ないけれども、仏壇の代りの役割を
果たすようになったのはテレビやパソコンではなくて車なのだ。


マーヒー加藤  http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2006-01-05 01:33 | 草仏教