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2007年 03月 08日 ( 1 )


2007年 03月 08日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第103段)

大覺寺殿にて、近習の人ども、なぞなぞを作りてとかれける處へ、
醫師忠守參りたりけるに、侍從大納言公明卿、
「我が朝の者とも見えぬ忠守かな」
となぞなぞにせられにけるを、
「唐瓶子」と解きて笑ひ合はれければ、腹立ちて退り出でにけり。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第段103)

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後宇多法皇が住んでいた京都の嵯峨野の大覚寺で、お仕えの人たちが
なぞなぞをやっていて、問題を解いていたところに医師の忠守さんが
やってきたので、侍従の公明卿が、
「わが国の人には見えない忠守さんは、なーんだ」
となぞなぞを出したのだが、誰かが
「中国からやってきたドクター」
という解答を言って笑い合っていたので、忠守さんは腹を立てて
退出してしまった。

※ 実際に忠守医師は源氏物語の注釈者としても有名な、中国からの
  帰化された人の子孫であるらしい。
  「唐瓶子」となっているのは「定本」と呼ばれる『徒然草』で、
  常縁本と呼ばれる『徒然草』には「唐医師」となっている。

※※ なぞなぞ、という言葉というか遊びが鎌倉時代からあるのにも
   多少驚く。吉田兼好さんは、ただ耳にしたお話を書いただけで
   どんな意見をもたれていたのかわからないが、
   それにしても酷いなぞなぞだ。

超訳BYマーヒー
  
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by kaneniwa | 2007-03-08 23:00 | 徒然草