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カテゴリ:徒然草( 256 )


2008年 12月 26日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第243段)

八つになりし年、父に問ひて云はく、
「佛は如何なる物にか候らん」といふ。
父が云はく、
「佛には人のなりたるなり」
と。
又問ふ、
「人は何として佛にはなり候やらん」
と。
父又、
「佛のをしへによりてなるなり」
と答ふ。
又問ふ、
「教へ候ひける佛をば、なにがをしへ候ひける」
と。
又答ふ、
「それも又、さきの佛のをしへによりてなり給ふなり」
と。
又問ふ、
「其の教へはじめ候ひける第一の佛は、如何なる佛にか候ひける」
といふ時、父、
「空よりやふりけん、土よりやわきけん」
といひて、笑ふ。
「問ひつめられてえ答へずなり侍りつ」
と、諸人に語りて興じき。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第243段)

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私が八歳になった年のことでした。
お父さまに、こんなことを聞いたことがございました。
「お父さま、仏さまというのはどんなものでございますか?」
お父さまは
「人が仏になったんだよ」
と答えられました。
それで、またお父さまに尋ねました。
「どうやって人は仏になるのでしょうか?」
するとお父さまは、
「仏の教えによって仏になるんだよ」
と答えられました。
そこでまたお父さまに聞いてみました。
「仏の教えを教えた仏に、誰が仏の教えを教えたのでしょうか?」
するとお父さまは、
「それもまた、先輩の仏の教えを聞いて仏になったのだよ」
と答えられました。
なのでまた、お父さまに聞いてみました。
「それでは、そのいちばん最初に仏の教えを説いた仏は
どのように仏の教えを学んだ、どのような仏だったのですか?」
その時、お父さまは、
「大空から降ってきたのかなぁ、大地から生まれてきたのかなぁ・・・」
と言われて、そして笑いました。
お父さまは
「八才の息子に問いつめられて、私は答えられなくなってしまったよ」
と多くの人々にこのことを話しておもしろがっておられました。

超訳BY マーヒー


超訳徒然草・吉田くんのブログ

FIN
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by kaneniwa | 2008-12-26 01:04 | 徒然草
2008年 12月 20日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第242段)

とこしなへに違順につかはるる事は、ひとへに苦樂のためなり。
樂といふは、好み愛する事なり。
是を求むる事止む時なし。
樂欲する所、一つには名なり。
名に二種あり。
行跡と才藝との譽なり。
二つには色欲、三つには味なり。
萬の願ひ、此の三つにはしかず。
是れ顛倒の相よりおこりて、若干のわづらひあり。
求めざらんにはしかじ。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第242段)

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いつまでも人が
逆流に立ち向かうのと流されることの間に
翻弄(ほんろう)されるのは、
ただ苦を逃れ楽を求める気持ちからである。
楽というのは、何かを求めてそれしか考えられなくることなのだ。
人はその楽を求めて、もうどうにも止まらない。
人が没頭しながらその求めるものの第一が名誉である。
名誉に二種類がある。
社会的な業績と才能をほめたたえられることである。
二つ目はキレイなお姉さんやお兄さんはもちろん、
骨董品なんかの宝物も含めて
輝くほどに美しいものを見てやけに喜びたいという欲望。
三つ目は食べちゃいたいという気持ちである。
ほかの欲望も細かく言えばたくさんあるけれど、
この三つにはかなわない。
こうした欲望は屈折しつつ大きな勘違いを起こし、
心の苦悩をともなうことになることが多い。
最初からこういう欲は追求しない方がいいのかも。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2008-12-20 01:51 | 徒然草
2008年 12月 14日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第241段)

望月の圓かなる事は、暫くも住せず、やがて缺けぬ。
心とどめぬ人は、一夜の中に、さまでかはるさまも見えぬにやあらん。
病の重るも、住する隙なくして、死期既に近し。
されども、いまだ病急ならず、死におもむかざる程は、常住平生の念に習ひて、
生の中に多くの事を成じて後、閑かに道を修せんと思ふほどに、
病をうけて死門に臨む時、所願一事も成ぜず、いふかひなくて、
年月の懈怠を悔いて、此の度若したちなほりて命を全くせば、
夜を日につぎて、此の事彼の事怠らず成じてんと、願ひを起すらめど、
やがて重りぬれば、我にもあらず、取り亂して果てぬ。
此のたぐひのみこそあらめ。
此の事、まづ人々いそぎ心におくべし。

所願を成じて後、暇ありて道にむかはんとせば、所願盡くべからず。
如幻の生の中に、何事をか成さん。すべて所願皆妄想なり。
所願心にきたらば、妄信迷亂すと知りて、一事をも爲すべからず。
直に萬事を放下して道にむかふ時、さはりなく、所作なくて、
心身ながくしづかなり。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第241段)

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十五夜のお月さんがまん丸なのは一瞬もないぐらいで、あっという間に欠けてしまう。
観察の足りない人は、満月が一晩のなかでこんなにも変化しているのに気がつかないだろうか。
病状が悪化していくことも、今の状態がそのまま続いていくはずもなく、
死の瞬間がそこまで近づいてきている。
けれども、病気の進行が遅くて死の状態からは遠そうなときは、
こんな日がいつまでも続いてその状態が続いていることに慣れきってしまい、
生きている間にいろいろなことを成し遂げて、
それから静かな気持ちになって自らの死に直面していこうと思っている。
だけど、そう思っているうちに病気になってしまい、
死が避けられない現実問題としてやってきた時には、
やり遂げようと思ったことは何ひとつ達成できていないということになる。
これは何を言ったって仕方なく、今までの長い年月の自分のていたらくを後悔し、
もしも奇跡的に命を取りとめることができたならば、ナイト&ディあれこれのことに真面目に
取り組もうという殊勝な願いを思い出したように言うようだが、
重体になってしまえば、意識は朦朧(もうろう)としながら取り乱して死んでしまう。
世の中は、このたぐいの人ばかりなのである。
この事実を、人は何よりも優先して心に刻んでおかねばならない。

やりたいことをやり遂げてから、
それからヒマを作ってゆっくりと
自分の死の問題を考えようというのでは、
いつまでたっても自分の願いは満たされるわけがない。
あっという間の人生のなかで、いったい何をやろうとしてるの?
すべての願望は妄想のようなものでしかないのだ。
願うことは自分を惑わす妄想であるということをよく知って、
やりたいからやっちゃうというのはいけない。
すぐに、あらゆるものを放棄して死に向かい合ったとき、
その歩む道に障害はなく、無用な行為もなく、
心身ともに長く静かにしていられる。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2008-12-14 23:01 | 徒然草
2008年 12月 06日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第240段)

しのぶの浦の蜑の見るめも所せく、 くらぶの山も守る人しげからんに、
わりなく通はん心の色こそ、淺からずあはれと思ふ節々の、
忘れがたき事も多からめ。おやはらから許して、
ひたぶるに迎へ据ゑたらん、いとまばゆかりぬべし。

世にありわぶる女の、にげなき老法師、あやしの吾妻人なりとも、
賑ははしきにつきて、
「さそふ水あらば」
など云ふを、仲人、何方も心にくきさまにいひなして、
知られず知らぬ人を迎へもて來たらんあいなさよ。
何事をか打ちいづる言の葉にせん。
年月のつらさをも、
「分け來し葉山の」
なども相語らはんこそ、盡きせぬ言の葉にてもあらめ。

すべて餘所の人の取りまかなひたらん、うたて心づきなき事多かるべし。
よき女ならんにつけても、品くだり、見にくく、年も長けなん男は、
かくあやしき身のために、あたら身を徒らになさんやはと、
人も心劣りせられ、わが身は、むかひゐたらんも影はづかしく覺えなん、
いとこそあいなからめ。

梅の花かうばしき夜の朧月にたたずみ、
みかきがはらの露分け出でん 有明の空も、
我が身ざまにしのばるべくもなからん人は、
ただ色好まざらんにはしかじ。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第240段)

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人目を忍んで女に会いに行こうにも、世間の視線がわずらわしく、
それならばと暗闇にまぎれて女に会いに行こうにも、女の家族などが
見張りつつガードをするというのに、それでも無理をしてでも女のもとに
参上してしまう男の気持ちは深くてピュアである。
男もそのたびに深く記憶にとどめ、その女のことを忘れずにいるだろう。
それとは違って親や兄弟の公認のもと、誰にも邪魔されずに結婚し、
女を家に入れるということは、きっと女にとってもどこか落ち着かないのだろう。。

生活に困窮した女が、年齢的に不釣り合いな老師や、
われわれ関西人がバカにしがちな関東の人であっても、
その裕福ぶりに魅力を感じると
「私を妻にしてくださる気があるのでしたら・・・」
なんて言っちゃって、
それを仲人さんが聞いていて
「お二人とも素敵な方でお似合いです」
なんてことを言っちゃうようになり、
お互いによく知らない同士をお見合いさせちゃうということは
実にくだらない。
こういう二人には結婚してからの会話が成り立つのだろうか?
それより障害や邪魔が多かったカップルが辛かった日々のことを
「山をかき分けるようにデートをしたよね」
なんてことを話していたら、夫婦の会話も尽きることがないというものだ。

一般論だが、お見合い結婚をした場合はいろんなお膳立てが気に入らないと思う。
妻になった人がベッピンさんのいい女であったとしても、男は
それにくらべて自分は品性お下劣でイケメンでもなく年もとっているのに、
そんないい女が一生を台無しにするなんてもったいないじゃないか、
などと余計なコンプレックスで深く考えてしまうと、
そんなに魅力のない自分と結婚した女をつまらない人だと思ってしまう。
男は、そんな女といっしょだと、自分の容姿を中心にしたコンプレックスが
にじみ出てくるような気がして、自分が自分を邪魔にする。
情けないことだ。

梅の花の香りに誘われて、おぼろ月夜の光の下で恋人を求めてさまようことも、
恋人の家から密かに帰る時に垣根の朝露をかき分けて脱出して見上げた空の
明け方の月の風景を甘酸っぱい思い出としてもっていないような人は
恋愛に夢中になったらいけないぜ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2008-12-06 23:39 | 徒然草
2008年 12月 03日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第239段)

八月十五日、九月十三日は婁宿なり。
此の宿、清明なる故に、月を翫ぶに良夜とす。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第239段)

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太陽暦に慣れた現代人はともかく、
太陰暦での8月15日と9月13日は、
古代中国の天文学からしても
月がいちばんいい表情を見せてくれる時期だ。
この時期は、空気も澄んでいて曇ることもほとんどなく
(今の北京はわかんないよ)
月が最高のパフォーマンスを見せてくれるよ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2008-12-03 19:44 | 徒然草
2008年 12月 01日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第238段)

御隨身近友が自讃とて、七箇條書きとどめたる事あり。
皆馬藝、させることなき事どもなり。
其のためしを思ひて、自讃の事七つあり。

一 人あまたつれて花見ありきしに、最勝光院の邊にて、をのこの馬を走らしむるを見て、
  「今一度馬を馳するものならば、馬倒れて、落つべし。しばし見給へ」
  とて、立ちどまりたるに、又馬を馳す。
  とどむる所にて、馬をひき倒して、乘る人泥土の中に轉び入る。
  其の詞の誤らざる事を、人皆感ず。

一 當代未だ坊におはしましし比、萬里小路殿御所なりしに、
  堀川大納言殿伺候し給ひし御曹子へ、用ありて參りたりしに、
  論語の四、五、六の巻をくりひろげ給ひて、
  「ただ今御所にて、紫の朱うばふことを惡むと云ふ文を御覧ぜられたき事ありて、
   御本を御覧ずれども、御覧じ出されぬなり。なほよくひき見よと仰せ事にて、求むるなり」
  と仰せらるるに、
  「九の巻のそこそこの程に侍る」
  と申したりしかば、
  「あな嬉し」
  とて、もて參らせ給ひき。
  かほどの事は、兒共も常の事なれど、昔の人はいささかの事をも、いみじく自讃したるなり。
  後鳥羽院の御歌に、
  「袖と袂と、一首のうちに惡しかりなんや」
  と、定家卿に尋ね仰せられたるに、
  「秋の野の草の袂か花薄穗に出でてまねく袖と見ゆらん、と侍れば、何事かさふらふべき」
  と申されたる事も、
  「時に當りて本歌を覺悟す。道の冥加なり、高運なり」
  など、ことごとしくしるしおかれ侍るなり。
  九條相國伊通公の款状にも、異なる事なき題目をも書きのせて、自讃せられたり。

一 常在光院のつき鐘の銘は、在兼卿の草なり。
  行房朝臣清書して、いがたにうつさんとせしに、奉行の入道、彼の草を取り出でて見せ侍りしに、
  「花の外に夕を送れば聲百里に聞ゆ」
  と云ふ句あり。
  「陽唐の韻と見ゆるに、百里誤か」
  と申したりしを、
  「よくぞ見せ奉りける。おのれが高名なり」
  とて、筆者の許へいひやりたるに、
  「誤り侍りけり。數行となほさるべし」
  と、返事侍りき。數行も如何なるべきにか。
  若し數歩の心か、覺束なし。

数行なを不審。數は四五也。鐘四五歩不幾也。ただ遠く聞ゆる心也。

一 人數多伴なひて、三塔巡禮の事侍りしに、横川の常行堂の中、龍華院と書ける古き額あり。
  佐理、行成の間疑ありて、未だ決せずと申し傳へたりと、堂僧事々しく申し侍りしを、
  「行成ならば裏書あるべし。佐理ならば裏書あるべからず」
  といひたりしに、裏は塵つもり、蟲の巣にて、いぶせげなるを、よく掃きのごひて、
  各見侍りしに、行成位署名字、年號、さだかに見え侍りしかば、人皆興に入る。

一 那蘭陀寺にて、道眼聖談義せしに、八災と云ふ事を忘れて、
  「是やおぼえ給ふ」
  といひしを、所化みな覺えざりしに、局の内より、
  「是々にや」
  と云ひ出したれば、いみじく感じ侍りき。

一 賢助僧正に伴なひて、加持香水を見侍りしに、未だ果てぬほどに、
  僧正歸りて侍りしに、陳の外まで僧都みえず。法師共を返して、求めさするに、
  「同じさまなる大衆多くて、え求めあはず」
  といひて、いと久しくて出でたりしを、
  「あなわびし。それ、求めておはせよ」
  といはれしに、かへり入りて、やがて具して出でぬ。

一 二月十五日、月あかき夜、うち更けて千本の寺に詣でて、後より入りて、
  ひとり顏深くかくして聽聞し侍りしに、優なる女の、姿、にほひ、人より異なるが、
  わけ入りて膝にゐかかれば、にほひなども移るばかりなれば、
  便惡しと思ひて、すりのきたるに、なほゐよりて、同じ樣なれば、たちぬ。
  其の後、或御所ざまの古き女房の、そそろごといはれしついでに、
 「無下に色なき人におはしけりと、見おとし奉ることなん有りし。情なしと恨み奉る人なんある」
  とのたまひ出したるに、
  「更にこそ心得侍らね」
  と申してやみぬ。
  此の事、後に聞き侍りしは、彼の聽聞の夜、御局の内より人の御覧じ知りて、
  さぶらふ女房を、つくりたてて出だし給ひて、
 「便よくは、言葉などかけんものぞ。其の有樣參りて申せ。興あらん」
  とて、はかり給ひけるとぞ。

 (吉田兼好法師 『徒然草』 第238段)

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SP(警備員)で乗馬の名手である近友が自画自賛の七項目を箇条書きにした。
みんな馬術に関してのことで、どうでもいいようなことばかりである。
でも、その前例にならって、私も自慢したいことが七つある。

 一、 大勢で花見をしにブラブラ歩いていると最勝光院(今の三十三間堂のなかにあった)
   の近くで、男が馬を走らせているのを見て、
   「もう一度馬を走らせたりしたら、馬は転倒してあいつは落馬するでしょう。しばらく注目!」
   と私(吉田)が言って一同で立ち止まったところ、男がまた馬を走らせた。
   そしたら馬をストップさせる時に手綱をひき損なって馬を引き倒してしまい、
   騎乗していたその男はぬかるみの中にころがり落ちた。
   私の予言は的中したので、同行の大勢の人々が感心していた。

 一、 今の天皇がまだ皇太子だったころ、万里小路殿という所が東宮御所だったときに、
    源具親(みなもとのともちか)という大納言がいらっしゃって、その控え室に用事があった時だ。
    大納言は『論語』の四巻・五巻・六巻をおっぴろげて参照しながら、
   「あ、吉田くん、ちょうどいい。今、皇太子さまが、
   『昔はレッドが重んじられたのに、パープルが尊い色とされてきて
    レッドやオレンジ系統の色が軽んじられているのが悲しい』ということを孔子が言ったとか
    言わなかったとかいう文章を読みたいという話があって、本をめくって検索をしてみたけれども、
    全然見つからないんだよ。
    『もっとよく検索してみなさい』
    と言われて探しているのだよ」
    と言うので、私(吉田)が、
   「それは九巻のあの辺にありますよ」
    と答えたら、
   「ラッキー! 助かったなぁ。」
   と言いつつ、その本を持って皇太子のもとへすっ飛んでいった。
   こんなことは、子供でも知っているごくあたりまえのことだけれども、
   昔の人なんかはものすごく些細なことでも自慢したものだ。
   後鳥羽上皇の歌で
   「ソデという言葉とタモトという言葉を同じ一首の歌の中に読み込むのは悪いかな?」
   と藤原定家に質問したところ、定家は
  「古今集という超スタンダードなソング集のなかにも、
      秋の野が もし着物だと するならば、
      ススキはまるで ソデであり
      稲穂はタモト みたいなの
   という歌があるぐらいなので、まったく問題ありません」
  と答えたことを
  「大事な局面で覚えていた和歌がベスト・アンサーを導いた。
   歌といっても和歌であるが、ミューズ(歌の女神)のご加護のようだった。ラッキー!」
  と、大げさに書き残しているぐらいだ。
  藤原伊通が朝廷に差し出した経歴書にも、
  つまらない自画自賛のどうでもいい自慢話が
  長々と書かれていた。

 一、常在光院の梵鐘の表面に刻まれた文字は菅原在兼が下書きしたものである。
   藤原行房が清書をして、鐘の銅を溶かして入れる鋳型に取ろうとしたときに、
   その場を任されていた僧侶が、その清書を取り出して私(吉田)に見せると、
  「鐘の音が 花と夕陽を見送って 夜を告げつつ 百里は響く」 
   と漢文で書いてあった。
   私(吉田)が
  「漢文の韻のふみかたとしては、百里 というのは違うんじゃないの?」
   と言ったら、
  「吉田兼好大先生に見てもらったのは私の好判断だった!」
   と幹事は言って、草稿を書いた菅原在兼のもとへ伝令を出したのだが、
  「わたしの間違いだ。百里 という言葉を、数行 という言葉にしてください」
  という返事が返ってきた。
  数行っていったいどれぐらいの距離だ?
  数歩なんていう意味なんだろうか?
  なんだかおかしいが、これがホンマの五十歩百歩ということか?

 一、またまた大勢で比叡山延暦寺の東塔、西塔、横川(よかわ)の三塔をお参りしたときのことである。
   横川の念仏三昧堂に「竜華院」 と書いてある古い額があった。念仏三昧堂の僧侶が
  「この書の書き手は書道の名人である藤原佐里(すけまさ)が書いた物か
   藤原行成(ゆきなり)が書いた物か、どちらかが書いた物と言われていますが、
   まだはっきりしていないそうです」
   と、もったいぶって言うので、私(吉田)は、
  「行成が書いたのなら裏書きがあるだろうし、佐理が書いた物ならばそんなのはないだろう」
   と言った。額の裏はチリが山のようになっていて、クモの巣が張っていて
   ものすごく汚らしいことになっていたが、よく拭き取って一同で拝見したところ
   行成の官位・姓名・書いた日付がはっきりと見ることができたので、みんな感心した。

 一、那蘭陀寺(ならんだじ)で道眼上人がご法話をした時に、
   人の心を惑わして禅定に入るのを妨げる八つの災いということにふれた時に
   ど忘れをされて、「だれか八災の8つを覚えている奴はいないか?」
   と言ったのだけど、そこの弟子のなかで覚えている者はいなかった。
   私が隣の仕切られた部屋からプロンプターになって
   「八災って、あれとあれとあれでしょう」
   と言ってやったら、そのご法話人を聞いていた人や弟子たちはみんな感心した。

 一、賢助僧正のお供として加持香水の儀式を見学していたとき、
   まだ儀式は終わっていないというのに僧正は式場から出て帰ってしまった。
   外に出てみると、僧正のお供をしていた僧都の姿も見あたらない。
   弟子の僧侶たちを式場にひき返させて探してもらったのだが、
  「みんな同じような僧侶の衣装なので、とても探せません。見つけられませんでした。」
   と、言っていた。ずいぶん時間を喰ったみたいだ。
  「困ったなぁ。吉田くん、あなたが探してきなさいと」
   言われて、私が式場に行ったらすぐに僧正を連れてきた。

 一、二月十五日、お釈迦さまが入滅されたといわれる日、満月の明るい夜のかなりふけた頃、
   千本釈迦堂にお参りに行き、大勢がいるなかの後部から入って、この時はツレはおらず一人で、
   顔を頭巾で隠してお経の解説を拝聴していたところ、
   いい香りがする絶世の美女が聴衆の間人を押しよけて入ってきて、
   私(吉田)の膝に寄りかかって座る。
   そんな女の人の香水の匂いがうつってしまうと誤解されるとおいもって、
   膝をシェイクして避けてみたところ、それでも美女は私の方に寄り添ってくる。
   仕方ないのでその場から退出してしまった。
   その後、宮内庁職員のベテラン女官とどうでもいい話をしていた時に、
  「あんさん、ヤボな男どすなぁ。がっかりどすえ。
   あんさんのこと、つれないお方やなぁと恨んでおられる方がおますのえ。」
   などと言ったので
  「何のこっちゃ?」
   と答えてそのままにしておいたことがあった。
   後から聞いたことには、あの千本釈迦堂の夜は、
   私の姿を見かけて気になった人がいて、秘書の女性に念入りに化粧をさせ、
  「上手くいったら吉田くんに言葉なんか投げかけてみてね。
   その様子を後で克明にレポートしてね。
   このドッキリカメラ的な遊び、おもしろいでしょう?」
  と言いつけた陰謀だったのだ。

  超訳BYマーヒー  
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by kaneniwa | 2008-12-01 06:20 | 徒然草
2008年 11月 25日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第237段)

柳筥にすうるものは、縱樣横樣、物によるべきにや。
「巻物などは、たてざまにおきて、木のあはひより紙ひねりを通して、ゆひつく。
硯も縱樣に置きたる、筆轉ばず、よし」
と、三條右大臣殿仰せられき。

勘懈由小路の家の能書の人々は、かりにも縱樣におかるる事なし。
必ず横樣に据ゑられ侍りき。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第237段)

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柳の木を三角に削り、紐でつないで作った
柳箱(やないばこ)の上に物を置くときは、
縦向きに置くも、横向きに置くも、置く物の形状次第だ。
「巻物なんかは縦向きに置いて、木の間から紙をひねって作った紐を通して装着させる。
硯(すずり)も、縦向きに置けば筆が転がり落ちることなんかもないよ。」
と、三条実重右大臣はおっしゃっていた。

ところが、書道の達人一家であると評判の勘解由小路家の人々は、
絶対に硯を縦向きに置いたりはしない。
いつでも必ず横向きに置いているのだ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2008-11-25 00:15 | 徒然草
2008年 11月 19日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第236段)

丹波に出雲といふ所あり。
大社をうつして、めでたく造れり。
しだのなにがしとかやしる所なれば、
秋の比、聖海上人、其の外も人數多さそひて、
「いざ給へ、出雲をがみに。掻餅召させん」
とて、具しもていきたるに、各拜みて、
ゆゆしく信おこしたり。

御前なる獅子狛犬、背きて、
後ざまに立ちたりければ、上人いみじく感じて、
「あなめでたや、此の獅子の立ち樣、いとめづらし。深き故あらん」
と、涙ぐみて、
「いかに殿ばら、殊勝の事は御覧じとがめずや。無下なり」
といへば、各怪みて、
「誠に他に異なりけり。都の苞に語らん」
などいふに、上人なほゆかしがりて、
おとなしく物知りぬべき顏したる神官を呼びて、
「此の御社の獅子の立てられやう、定めて習あることに侍らん。
ちと承はらばや」
といはれければ、
「其の事に候。さがなきわらはべ共の仕りける、奇怪に候ことなり」
とて、さしよりて、据ゑ直して去にければ、
上人の感涙いたづらになりにけり。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第236段)

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京都の亀岡市に出雲という場所がある。
島根の出雲大社から神様を誘致して迎え入れ、
立派な社(やしろ)を造っていた。
しだ某という人の土地なので、紅葉の季節、
そのしだ某が、聖海上人やその他の人もたくさん誘い、
「さあいらっしゃい、出雲のお参りに!ソバガキでもおごりましょう」
と言って、そのご一行様を連れて行き、
それぞれが出雲の神社を拝んで、信仰心のテンションを
えらく高めていった。


その時、神社の前にある獅子と狛犬が
背中を向き合わせになって立っているので、
聖海上人はいたく感動して、
「すばらしい! この獅子の立ち位置は、たいへんに珍しい。
おそらく何か深い理由があるのだろう」
と感動のあまり涙を流して、
「みなさん。こんなにすばらしいものを見て、
不思議だとは思いませんか?思えないとしたらあんまりですよ。」
などと言うので、ご一行様の大勢の人たちも不思議がって
「本当だ、そこら辺のの獅子や狛犬とは違っているな」
「京都市に帰ったら土産話にしよう」
などと言い出した。
聖海上人は、ますます立ち位置の理由を知りたくなって、
かなりのベテランで、いかにも博学そうな神職の人を呼んできて、
「この神社の獅子の立ち方には相当の由来があるのでしょうね。お教え願いますか?」
と言うと、
「あの獅子と狛犬のことですか。あれは悪ガキのイタズラです。
まったくけしからんことです」
と言って、元の向きに戻してしまったので、
聖海上人の涙は、空振りのスィングアウトになってしまった。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2008-11-19 17:43 | 徒然草
2008年 11月 09日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第235段)

主ある家には、すずろなる人、心のままに入り來る事なし。
あるじなき所には、道行き人みだりに立ち入り、
狐、ふくろふやうの物も、人げにせかれねば、
所えがほに入り住み、こだまなど云ふ、
けしからぬかたちもあらはるるものなり。

又、鏡には色かたちなき故に、萬の影來りてうつる。
鏡に色かたちあらましかば、うつらざらまし。

虚空よく物を容る。我等が心に念々のほしきままに來りうかぶも、
心といふもののなきにやあらん。
心にぬしあらましかば、胸のうちに若干のことは入り來らざらまし。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第235段)

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人が住んでいる家には、知らない人が勝手に入りこんでくることなんてない。
誰も住んでいないところには、通りすがりの人がやたら入りこんだり、
キツネやフクロウなんかが、人の気配で気が散るということがないから、
「いいところ見つけた」というような顔をして住着いたり、
木魂(こだま)という奇っ怪な形をした木の妖精までもが出没してしまう。

それから、鏡には色とか凹凸がないから、あらゆるものの姿がそのまま映る。
鏡に着色がされていて凹凸の形状があったら対象物が映るということもない。

空間というものは無制限だから、いろいろなものを包み込める。
私らの心のなかに、無数のことが浮かんでは消え、また浮かんでくるということは、
心というものに実体がないからだろうか。
家に主があるように、もしも心の中に主が住み込んでいたとするならば、
この胸中にそんなにたくさんの雑念なんかは入りこむ余地なんてないと思う。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2008-11-09 22:11 | 徒然草
2008年 11月 05日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第234段)

人の物を問ひたるに、知らずしもあらじ、
ありのままにいはんはをこがましとにや、
心惑はすやうに返事したる、よからぬ事なり。
知りたる事も、なほさだかにと思ひてや問ふらん。
又、まことに知らぬ人もなどかなからん。
うららかにいひきかせたらんは、おとなしく聞えなまし。

人は未だ聞き及ばぬ事を、我が知りたるままに、
「さても其の人の事のあさましさ」
などばかり言ひやりたれば、
「如何なる事のあるにか」
と、おし返し問ひにやるこそ、心づきなけれ。
世に古りぬる事をも、おのづから聞きもらすあたりもあれば、
覺束なからぬやうに告げやりたらん、惡しかるべき事かは。

かやうの事は、物馴れぬ人の有る事なり。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第234段)

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質問をしてくる人に対して、知らないわけじゃないけれども
真に受けて真面目に返答することを馬鹿馬鹿しいと思うからだろうか、
相手の心を惑わせるように曖昧かつ適当に答えることは良くない。
質問者は、実は知っているけど、より知りたいと思って問いを出しているのかも。
また、本当に純粋に知らないことを知りたい場合もあり得るのだ。
そんなときには、あれこれ考えずに真面目に答えたなら、
相手にも晴れ晴れとした気持ちになってもらえて信頼されるはずだ。

世の中でまだ人に知られていない情報を自分が知っているからと言って、
「それにしても、あの人があんな事件を起こしちゃうなんてねぇ」
なんてことを言ったりすると、
「どんな事件なんだ?」
なんて、キョトンとされて人を使いに出してまで情報をやりとりすることに
なっちゃって、これは実に嫌なことなのだ。
世の中に浸透したはずの情報だってたまには聞き漏らしというものがあるから、、
はっきりしない点を正確に伝えることが悪いはずがない。

こういったことは、こなれていない人がよくすることだ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2008-11-05 11:18 | 徒然草