草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:草外道( 309 )


2015年 01月 29日

コッヘル261番 芋棒(いもぼう)

b0061413_1275935.jpg というわけで、サントリーオールドとともに味わった今年のおせち、もうすぐ1月は終わってしまうので今年は芋棒(いもぼう)のみを紹介しておきたい。(それ以外を紹介することを11か月後に私が覚えているかどうかは定かではないけれども。) さて、日本酒を飲みつつお正月料理を食べていた間は気がつかなかったけれどもサントリーオールドを飲みつつそれらを味わっているといきなり「和食のおつまみ」としての風景となった。特にお重や華やかな皿の外からコッヘルというものに盛ってみればなおさらである。 芋棒の芋は八頭(やつがしら)というものも売ってはいたが普通の里芋を使用した。今年の芋棒はなかなかうまくいったと思っている。二晩かけてじっくりとタラの乾物を戻していったということの成果でもあるけれども、調理をする過程のなかで「味付け前にタラの乾物を煮る作業で、煮汁を2回捨ててみた」ということがよかったように思っている。これはインターネットなどで芋棒の作り方を検証してみたところ「どうも1回は煮汁を捨てている」というプロセスを経ている方々が多いというようなことに気がついた。従来の私は「すべて無駄にせずに活用したい」という考え方のもとで煮汁は捨てずに味付けをしてきた。これは善行(善い行い)に基づいたつもりであったけれども自己満足のようなものに囚われていたかもしれない。今年の芋棒を例年の仕上がりと比べると「拾うために捨てる」というようなことの大事さに気づきを与えられた。煮汁を捨てることによってタラをタラたらしめることができた。今までは煮汁も活かそうという考えのもので全体を殺してきたのかもしれない。活かすために捨てるとか大事なものを発見するために省略をしてみるということの大事さへの気づきとなった。 

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2015-01-29 02:01 | 草外道
2015年 01月 21日

コッヘル260番 焼きリンゴ

b0061413_23505374.jpg リンゴ・スターという名称はどうか?とも思ったが、 コッヘル162番にミック・ジャガーをもじったニック・ジャガーという料理を登場させているのに続いてコッヘル163番のアップルパイの「パイ抜き」にすでにリンゴ・スターと命名していた。であるから、普通に「焼きリンゴ」である。ただし「焼き」といってもダッチオーブンのなかでじっくりじっくりと蒸すように焼いたという時間だけをかけた(それでも30分程度かな?)ズボラな焼き方である。しかし、ズボラで単純極まりない調理であるのにも関わらず、デザートとしての完成度はなかなかに高い。シンプルであるけれどもディープなのだ。

b0061413_23511452.jpg 冬ではない季節の野外でのバーベキュー時の美味しいデザートとして、今までこのシリーズでもパイナップルを焼いたりバナナを皮付きのまま焼いたりしてきて、その美味しさに自分でビックリしてきた。その感覚を「こりゃ真冬も味わえるな」というしてやったり度も高い。砂糖など一粒たりとも添加していないのにも関わらずに軽い酸味とともに押し寄せてくる甘みは鮮烈である。干し柿などは「渋くてしょうがない柿ほど干し柿にすると甘みを出す」ということを教えられたのだが、じっくり加熱をしただけで「お前はそれほどの甘みをいったいどこに隠していたの?」と思うぐらいに甘い。そしてその甘さは干し柿同様に嫌な感じはまったくしない甘さなのである。合わせる飲み物はコーヒーもいいけれども、砂糖が入っていないストレートティー(紅茶)が口のなかでアップルティーとなってなかなかいい。


マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2015-01-21 23:49 | 草外道
2015年 01月 14日

コッヘル259番 ハンバーグデミグラスソース

b0061413_23553397.jpg デミグラスソースと呼んでいたが、ウィキペディアでは「ドミグラスソース」で出てくる。原語ではdemi-glaceと表記されていてフランス語であるそうだ。そのウィキペディアは書いていなかったのだがどこかで聞いたことがある知識としては、そのフランスかイギリス(あやふやなんだなぁ)でデミグラスソースの完成度で大変に評判をとったお店が隠し味に日本のソイソースつまりは醤油を使っていたそうな。日本の洋食はご飯に合うというのはもはや定説であるが、そんならますますのことご飯に合うだろうなぁということで、そういった洋食のなかでもご飯に合うものとして人気が高いハンバーグを作ってみた。フォンドボーをとって作るというような手間のかかることはせずに、市販のハインツのデミグラスソースに、隠し味程度の醤油と八丁味噌を投入。ハンバーグは牛と豚の合い挽き肉に豚の細切れ肉を包丁で刻んで混ぜたものをこねてみた。隠し味についてはふれないでおいたら、中学生の長男が「なぜだろう?今日のハンバーグだとご飯がいちだんと美味しい!」と言ったので、してやったりであった。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2015-01-14 23:07 | 草外道
2015年 01月 07日

コッヘル258番 こんにゃくのステーキ(ミディアムレア)

b0061413_1303774.jpg 予告なしにブログ更新を一週間ほど休んでいた。こんな感じでズルズルと書くことをやめて10年以上続けてきたブログが終わってしまうのは嫌なので、11年目の草仏教ブログを更新、更新。まずは今年もコッヘルに盛った料理から。2015年最初のコッヘルナンバーなので、年末や新年に食べた華々しいご馳走で始まりたいところであったが、どうしても食べたばかりで記憶にあらたなものでなくてはどうも筆がすすまない。(キーボードを打っていて筆という表現もヘンなのだが) そこで、昨晩食べたばかりのこんにゃくのステーキ(ミディアムレア)の登場ということになる。 年末と年始はどうしても食べ過ぎということになる。年末にはいわゆるご馳走系の食事が多くなり、年始のおせち料理は「伝統的保存食でありつつハイカロリーである」ということにも気がついてしまった。和食であるということで油断をしているが、さすがハレの日のためのものであるということもあって測ってみたわけではないが数の子ひときれからしてもかなりハイカロリーであろと思う。そして、まだまだ新米が美味しい時期でもあって日本人にとっての定番である「おせち料理に飽きた後のカレーライス」の旨さというものも今年は1月5日あたりに存分に味わってしまった。冬休み中に1日でもスキーに行って動き回ればけっこうリセットできるのだが、子どもたちも高校生、中学生、小学生と居て日程調整が難しく冬休み中はスキーには行かなかった。むしろカウチでポテト、こたつでみかんということが続いてしまって、実に太りやすい期間を過ごすことになった。

b0061413_1305669.jpg そこで正義の味方のように登場したのが、このこんにゃくのステーキ(ミディアムレア)である。かつて過食気味の習慣があった20年ほど前、愚かな己のお脳を「めでたく勘違いさせるために考案」したメニューである。年末年始の若干食べ過ぎに偏った時期に再登場となった。まずは板コンニャクを人数分買ってくる。こんにゃくは保存性がいいので余分に買ってもいい。板コンニャクは白いものとヒジキなど海藻の成分で黒に近いグレーのものとがあるが、焦げ目が「ステーキと呼ぶに相応しい」という意味で、白ではなくてグレーの方をチョイスしたい。もっともお好みの範囲である。その板コンニャクに方眼紙状に包丁で刻みを入れる。これは食べる時に切りやすいということもあるし、喉に詰まる心配をなくし調味料が少なくて済むというダブルラッキー、トリプルラッキーの利点がある。そして見た目もちょっと良くなる。特に、調味料が少なくて済むという利点は大きい。せっかく本体のカロリーがゼロに近いローカロリーであるのに、調味料でハイカロリー料理にしては本末転倒である。さて、その方眼紙のような刻みを入れた板コンニャクを10分間丸ごと煮る。これはアク抜きという意味もあるけれども、10分間から15分間煮た板こんにゃくはその厚さにもよるけれども「ちょうど牛肉のステーキと同じ感覚で焼ける」ということになってダブルラッキーである。これで下ごしらえは終わりであとはステーキとして焼くだけである。調味料は市販のそばつゆだけの時もあるし、そこにショウガとかニンニクとかを加えることもある。また、市販の「すき焼きのタレ」のようなものを使ってもいいし牛角とかモランボンとかのステーキソースでもいい。方眼紙の形状の切り込みがこの時に効力を発揮して、分量は案外と少量でいい。 食べながら愚かな己のお脳は脳天気。肉のステーキであると勘違いをしてくれている。これが食料不足の悲しい時代であれば悲しい代用食という面もなきにしもあらず。しかし年末年始にハイカロリーなものを食べて「味覚的にも体調にもこれがいい」とチョイスしたメニューであるので、ある意味では贅沢の極みであるという見方もある。 お脳は相変わらず勘違いをして「これは酒は何が合うのか?赤ワインか、芋焼酎か、やはり日本酒か?サントリーオールドなんていう選択肢もあるか?」などと考えているが、それは自制しておくことにする。


マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2015-01-07 02:16 | 草外道
2014年 12月 23日

コッヘル257番 アジの押し寿司

b0061413_22364547.jpg 年内までにコッヘルに盛ってご紹介したいと思っていた押し寿司シリーズをこの鯵(アジ)で締めくくりたいと思う。刺身で食べることができるアジをヅケ(軽い醤油漬け)にして丼の上にのせるということはこのコッヘルシリーズに未登場ではあるけれど夏の時期(アジはある程度年中手に入る魚だが、やはり夏が旬であると思うし、付け合せの大葉なども元気があってよろしい)のごちそうである。それをこのたびはまたまた押してみました。これは青魚の仲間である鯖寿司が美味しいので、まずは間違いがない味となると思っていたが、鯖寿司とはまた違って良い感じであった。「みんな違ってみんないい」この大詩人金子みすゞの金言を若い頃の私はキャバクラでロックグラスで氷を揺する音をさせながら、何度か声に出してみたことがある。声に出して読みたい日本語であるから。確かにいいキャバクラに、いざキャバクラ(鎌倉)と駆けつけてみた時には、この金言はにぎり鮨で美味しい寿司ネタをヅケにして押し寿司用の箱に入れ、全体重をのせる感じで短時間でどんどん仕上げていって「押し寿司パーティセット」のようなものを作り上げてみた時に、久しぶりにこの言葉を声に出していた。白身もマグロも鮭もアジも「みんな違ってみんないい」と。もっとも大乗仏教のセンス豊かな金子みすゞの視点からすれば、海ではサカナたちのお葬式が執り行われているかもしれないという視点も忘れてはならないのであるけれども。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2014-12-23 22:54 | 草外道
2014年 12月 19日

コッヘル256番 マグロの押し寿司

b0061413_2326524.jpg まだまだ続くコッヘルに盛った押し寿司シリーズ。要するにハマっちゃっているんだなぁ。今回はマグロ。醤油スプレーで「ヅケ」(醤油漬け)にちょっと近い状態にしておく。本当のヅケほどには醤油を使わず、そして時間も15分から20分というところ。要するに追加の醤油なしでそのまま食べられる感じ。マグロ、特にヅケは江戸時代の寿司ネタのエースであった。そして作成方法の箱に詰めて押す手法は大阪を中心とした関西文化である。いわば、この押し寿司は江戸と浪速、東京と大阪の友好の象徴であるともいえる。ちょっと関係ない話であるが、皆さんの知り合いで東京都出身者と大阪府出身者で結婚しているカップルはいますか?東京都と大阪府の人口を足すと日本の人口のなかでもかなりの割合を占めると思うのだが、私は知り合いのなかはもちろん、有名人のなかなどでも全然思い浮かばないのだなぁ。うちは出身地でいえば、ちょっと惜しい。私が京都でシャラポアが東京。「東男(あづまおとこ)に京女」ということわざみたいな言い回しがある。男はたくましくてきっぷのいい江戸っ子がよく、女はしとやかな 京都の女がよいというような意味だと思うが、うちは「東女に京男」でありことわざの逆をいっているわけだなぁ。 ともかく、コッヘル254番の白身魚の昆布締めの押し寿司と組み合わせてみると、色も紅白となって見た目の相性もいい。来年(あと2週間)のお正月はこのセットをコッヘルではなくて黒いお重に入れてみようかな。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2014-12-19 23:49 | 草外道
2014年 12月 15日

コッヘル255番 鮭の押し寿司

b0061413_22462159.jpg 押し寿司というものにハマっている。いろんな刺身をご飯を詰めた押し寿司用の木箱(恥ずかしながら3種類持っています)の上にのせて、最近は数時間押しておくというのをやめて全体重をのせて「秒殺」といった感じですぐに作ってしまう。大阪船場の箱寿司専門店がそうやっているのをテレビで見たからだ。 司馬遼太郎、という名前を出しただけで何だか書く方の私も軽く緊張してしまうがアメリカ合衆国を訪問した時のエッセイである『アメリカ素描』(現在は新潮文庫で読めるようだ)は大傑作であると思っている。現在、さかんに語られているようなグローバルとローカルの関係の問題の本質のようなものがこの本のなかには随所に出てくる。司馬遼太郎さんご本人がとてもジーンズが似合う作家であったが、この本のなかでジーンズというアメリカ文化に出会って、履いてみたその瞬間に「いきなり」好きになってしまったそうだ。その「いきなり」というものがグローバルな普遍性というものでないかと論じている。ジーンズにはその普遍性を「いきなり」感じたというのだ。その時のジーンズ体験の引き合いに出したのが何と「寿司」である。司馬さんは関西出身であるから寿司といえば馴染みがあったのは箱寿司とか押し寿司であった。さらにはグローバルに対するローカルでありつつ寿司というものの原型には近い発酵系の熟れ寿司、代表として鮒寿司(ふなずし)などに馴染んできた。それが、生まれてはじめて江戸前のにぎり寿司を食べた瞬間にこれまた「いきなり」好きになってしまったという。アメリカでの寿司ブーム(もちろん鮒寿司や箱寿司ではなくにぎり寿司を中心としたもの)を見てその時の「いきなり感覚」を思い出して、それがグローバルに広がっていくものだと直感するあたり、それが司馬史観の真髄のように読んでいて私はワクワクした。 ともかく、大阪の箱寿司とにぎり寿司の中間のようなもののスタイル(つまりは酢飯を握るスキルは持ちあわせていないけれどもサッと箱寿司を作っちゃうような感じ)で、司馬先生が生きている間にはなかなか流通していなかった鮭の刺身を箱寿司にした。鮭や鱒などは無菌での養殖が確立してから回転寿司でも生の状態で登場するようになり、スーパーマーケットなどでも広く流通するようになったけれども、昔は寄生虫などが怖かったのでルイベというような凍らせた状態などでなければ生食はなかなかできなかった。鮭というよりはニジマスの仲間といえるトラウトサーモンという種類がその刺身としてはもっとも流通しているのだが、それを押し寿司にしてみた。実際に富山のますの寿しはいつの時代でも人気の駅弁であり、鮭の押し寿司というものも駅弁界にはすでに存在する。それを家庭でやってみたのであるが、ひとくち食べて「いきなり」これはイケる!と感じることができた。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2014-12-15 23:21 | 草外道
2014年 12月 04日

コッヘル254番 秒殺・平目や鯛の昆布締め(押し寿司)

b0061413_22475111.jpg 平目や鯛などの白身魚のお刺身を昆布で挟んだり巻いたりして、一定の時間を置いた「昆布締め」というものは美味しい。日本料理の「白い花形」という感じがする。ただしちょっと高い寿司屋さんとか、料亭とか、高級な居酒屋のメニューという気がして家庭ではなかなか食べない。調理法としては昆布の風味を白い刺身に移すだけとはいっても多少の時間がかかる。その後の昆布の使い方もなかなかプランが思い浮かばない。 京都の伝統的な鯖寿司は昆布で巻いて押し寿司にしたものが多い。ただその場合は一晩ぐらい重石で押しながら寝かせる。実は鯖の押し寿司というのは専用の押し器の木枠も3種類持っていて、けっこう作るのでわかるけれども「最低3時間は重石をのせて押しておく」というのが昆布の風味も活かす際の鉄則である。白身はもっと短時間でもいいのだろうが、せっかく白身で新鮮な刺身が手に入ったならば、ある種の熟成もあるのだろうけれどもなるべく鮮度が落ちないうちに食卓に出したいという気持ちもする。実は、先月のシャラポア(妻・日本人)の誕生日ということで押し寿司を作っている最中に、ふと「平目にとろろ昆布を押し込んだら、秒殺で昆布締めの白身をのせたようなにぎり鮨のような押し寿司ができるのではないか?」なんていうことを思っちゃった。音楽でいうならば即興演奏。試作即本番。シャラポアの、バースディミニパーティの本番に即試食という運びになったのである。どうなることやら?

b0061413_2248577.jpg 他の予定していた押し寿司を作り上げた後の余った酢飯を押し寿司の木箱に詰め込み、その上に平目の刺身を列を作って並べ、そこに醤油スプレー(最近、減塩ということだけではなくてもこれを多用しているのだなぁ)を噴射する。これで他の味付けなしでそのまま食べることができる。しかもヅケにしたかのように醤油の味が刺身の全面にまわってくれる。その若干モイスチャーな状態になった平目の表面に、パックから出したとろろ昆布(普通のふじっ子製)をなるべく薄くまぶしていく。そして前体重をかけるように「ギュッ、ギュッ、ギュッ」と3秒での秒殺。最初の構想からわずか5分で写真のような一皿を作り上げて「白身魚の昆布締めの押し寿司でございます。本日は齋藤鮮魚店から入手いたしました岩船漁港にあがった地物の平目を使用いたしました」とサーブした。その結果、私自身もまだ味見をしていないという段階でシャラポアから「何これ?おいし~い!」という声が上がり、中学生の息子からは久々の「どっぴゃー!」という声が高らかに発せられ、高校生の娘も小学生の末娘も大絶賛をしてくれた。その後で、ホントにそんなに美味しいのか?と首をひねりながらも黙って見ているとなくなりそうな勢いだったので製作者として初めて試食をさせてもらった。ビックリしたなぁ。これ、ホントに俺が作ったの?まだ新鮮で引き締まった平目の刺身が押しつぶされつつもその分子の隙間にとろろ昆布の粒子が入り込んで、絶妙のバランスを醸しだしているではないか。恥ずかしいほどに自画自賛をしてしまうが、とろろ昆布の消費量が断トツで日本一の富山県はマスの押し寿司よりもこっちを作った方がいいのではないか? というわけで、今のところ、このメニューがマーヒー加藤の「イチオシ」なのである。


マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー

※ 下の写真は文章のなかのリアルタイムでの平目の昆布締めですが、冒頭の写真は後日、
  コッヘルシリーズとして紹介させていただくためにコッヘルにのせたものですが、
  これ、よく見れば具材は平目ではなくて鯛ですね。投稿翌日に気がつきました。
  ま、レシピは同じようなものですから、写真と表題は差し替えずにこのままに
  しておきます。
[PR]

by kaneniwa | 2014-12-04 23:40 | 草外道
2014年 11月 15日

コッヘル253番 とん汁

b0061413_2346527.jpg 学生時代は知り合いがいる店に入ると「う〜寒い寒い、あっ、アイスコーヒーをひとつ下さい」などということがあった。ギャクとしてというか、ウケ狙いもあったけれども若さゆえの冷え知らずというのか、けっこう本気で晩秋や冬でもアイスコーヒーを好んでいた時代もあったのだ。今は、冷たいビールだけはこれだけは例外で年中好んでいるけれども、それ以外は「冷たい飲み物をゴクゴク」ということは非常に少なくなってきている。(ゴクゴクではなくてチビチビなら、例外はまだまだある) その代わり、温かいものへの感動というものが年々高まってきている。寒いなかを帰宅してとん汁があるという時の感激度も年々高まりを見せている。秋冬シーズンの食卓は温かいものということでいえば中華や洋食だって大概は温かいし、和食は鍋物をはじめ汁物はほとんど熱々である。カロリーという概念までを含めた総熱量のようなものはチーズフォンデュの方が熱い(なんせアルコールの沸点は水よりも高い)はずなのだが感覚的な温まり具合に関してはとん汁の右に出てくるものはいない。今、思いついたが「右に出るものはいない」というのはインドで左手よりも右手に優位性をもたせるところから来ているとか、右に優位性をもたせる中国(漢朝)の文化の影響であるとか学術的に語られているようだけれども、確か左大臣の方が右大臣よりも偉かったはずなので、これはきっと言い回しとしてはけっこう新しくて相撲の番付表とか歌舞伎や寄席などのエンターテイメントの演者表なり名札から来ているように思った。「左遷」という言葉も、たぶんこれとセットだな。 ともかく、右も左も分からないけれども「とん汁は温かい!」ということだけはわかる。特にうちの家族の場合はシャラポア(妻・日本人)と長女をはじめ生姜が大好きな者が揃っているので、生姜がたっぷりと入り内側からジワジワと温まる。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2014-11-15 23:24 | 草外道
2014年 11月 06日

コッヘル252番 おでんのジャガイモ(男爵いも新じゃがバージョン)

b0061413_1754112.jpg おでんの具の野菜部門のなかで思い浮かぶのはまず「大根」であるとして、それに異存のある人はほとんどいないと思う。大根がメニューにないおでん屋さんはまずないと思うし、コンビニのレジ前のおでんでも大根が完売してたまたま切らしているということはあったとしても、大根を置いていないというところはないと断言していい。さて、大根に次ぐ「2番手の野菜」ということになると、一番手の大根の時のような統一見解はなかなか出てこないような気がする。(ただし、こんにゃくは野菜には分類していない) ジャガイモをおでんに入れる入れないか?という問題については「入れる派」のシャラポア(妻・日本人)と「入れない派」の私とで、新婚時代に軽い意見の対立があった。まあ対立といっても可愛い方に入るか。 折衷案として小ぶりのタマネギを丸ごと何個か入れることでその問題は解消した。このたび、今金だんしゃくという男爵いものブランドを頂いたことで「すごく久しぶりにおでんにジャガイモを入れてみるか?」という意見を私の方から提唱し、シャラポアは想像以上に喜んだ。そして、私自身としても、おでん観もジャガイモ観も変わった。従来は「荷崩れしにくい」という定評があるためにおでんに限らずシチューなどで煮込む調理の時には男爵いもではなくてメークイーンを使ってきたのだが、この今金だんしゃくは和食としてのおでんの鍋のなかに違和感なく溶け込み、そして「ジャガイモ、お汁、ジャガイモ、お汁、ジャガイモ」という口に運ぶ順序がヘビーローテーションとなっていったのだ。

マーヒー加藤

コッヘルバックナンバー
[PR]

by kaneniwa | 2014-11-06 18:12 | 草外道