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カテゴリ:草評( 730 )


2015年 04月 27日

私がEvernote(エバーノート)をますます好きになった理由

b0061413_0263762.png Evernoteの存在を知ったのは、グローバルの極みであるクラウドソフトに地元も地域性もなにもないかもしれないけれども、Evernoteにとっての本場であるアメリカ合衆国在住のブログ友であるじぇにー姐さんのおかげである。野球、酒、アウトドア料理の話題を中心にした我がソウルメイト・じぇにー姐さんが、このブログのコメント欄などに気になる言葉を残してくれていた。「このブログ記事はEvernoteに保存しておかねば」とか「このマーヒーさんの親父ギャグは気に入ったけぇEvernoteに永久保存じゃ」という趣旨のコメントを残してくれていた。おかげで最初は「Evernote?なんじゃそりゃ?」と思っていた私だったのだが、日本人としては割合と早い段階でこのEvernoteという汎用性にすぐれた今ではクラウドソフトの定番中の定番となっているものを利用することができたのである。

Evernoteを使い出す前は、文書の下書きなどに数種類のテキストエディタを使っていたが、
まずEvernoteは単なるテキストエディタとしてだけでもものすごく優秀である。
後から「あの文書ファイルはどこにあったかなぁ?」などと思った時に
その文章のなかにあるキーワードをたよりにした検索機能が実にスムーズなので
さして容量をとらない文書ファイルの保存には最適である。
ひと月あたりの無料で使える容量は60MBであるが、文書だけのものは
ワープロソフトで作成したものあろうがExcelなどの計算表であろうがEvernoteに
どんどん放り込んでいける。しかも、本文をカット&コピーして入れて置くのもいいし、
ファイルごと放り込んでもいい。その時の用途によって融通無碍である。
そして文章に関していえば最近はEvernoteそのもので作成したテキストが多い。

後から無料でダウンロードしたクリップ機能もありがたい。
気になったネット上のウェブページをクリックひとつで
新聞の切り抜きのようにEvernoteにクリップできるのである。
後から、わずかでも記憶があればEvernote内での検索が非常にスムーズなので
切り抜いておいた資料に辿り着きやすいのだ。
シンプルでありつつ、今までのソフトやアプリのなかでも
「もっともパソコン的なものの恩恵を感じた」ソフトウェアである。
それも無料クラウドソフトであった。

昔からパソコンを扱っている人のために実感していただける例をあげると、
30日間毎の無料で使える容量の60MBというものは、
15年ほど前までは誰もが使っていたに違いないフロッピーディスクというものに
換算すれば約38枚分ということになる。
文書だけのデータならほとんど容量は気にならないということは実感していただけると思う。
ウェブページのクリップも、無尽蔵にのべつ幕なしというわけにはいかないが、
ある程度の厳選をすれば、またその厳選をするという事自体が
ある種のデータ整理的な行為であるから、月間60MBという容量はちょうどいい。

毎月、そんな感じで文書データとクリップをして
だいたい切り替えの30日目に半分ぐらいの容量を使っているというパターンが多い。
その日には、残りの容量に撮影したデジカメ写真のなかの
「今月のベストショット」みたいなものを10枚以内、ギリギリまで入れる。
無料で使える範囲をギリギリまで活用したいというケチ根性でもあるけれども、
それはそれで「厳選した撮影写真」というぐらいの枚数としてちょうどいいのかもしれない。

そんなEvernoteとの付き合いであるが、
昨年ぐらいにEvernoteと住友スリーエムとのコラボ文具として
「ちょっと割高なポストイットだけれども、
 なかに書いてある秘密のパスワードを打ち込むと、
 30日間だけ60MBの容量が何と4GBまで無料で使えるよ」
という製品が発売された。
MBとGBでは、まさに桁違いである。それも二桁違いである。
4GBもあれば写真データの「過去にさかのぼってのベストショット集」みたいなものを
クラウドソフトのなかに収めることができる。
私は
「どうせ付箋紙としてのポストイットも愛用品だから、買っちゃおう」
と、それを購入した。

その後、そのポストイットに付属の長い秘密のコードを入力する時に
ちょっとしたミスをしてしまった。

Evernoteのパスワードは、クラウドソフトに入れた内容が
もしも流出してしまったら大変なことになるので
私としては長くて凝ったパスワードを入れている。
とっても長いEvernoteポストイットのなかに入っていたコードも
パスワードの方も入力ミスをしなかったのに
肝心のIDを勘違いしてしまった。
Evernoteに登録した時点のよく使っていたメールアドレスを記入すべきだったのだが、
最近はそっちを多く使うのでGメールのアドレスをIDとして打ち込んでしまった。

どういうことが起こってしまったかというと、
今までのデータへの蓄積に加えての4GB追加でなくては検索の都合上意味がないのに、
新しく打ち込んだID(Gメールアドレス)を元に新しいEvernoteができてしまった。
ちょっと焦ってしまってEvernoteのサポートに
「うぇーん、泣きそうだよーん」というタイトルのSOSに近いサポートを
自分のしてしまったミスをリセットしてもらえる願い出を
(私が考える)中学生風のカジュアル文体でもってサポート要請メール送信欄に
書き込んでいったのであった。
姑息だが、純真な中学生のパソコンユーザーを装ったのであった。
犯罪でも不正でもないとはいえ
ああ、まさに大人げないなぁ。
大人げないけれども必死だったのだ。

本文そのままは記載するわけにはいかないが、12時間以内に
サポートセンターからメールで連絡があった。
それは、その文章をそのままここに書くわけにはいかないけれども
「今回だけ、特別だよーん」
という趣旨の文章で、感激したのはその文体が私が送った中学生風カジュアル文体に
合わせているかのような見事に優しくカジュアルに諭す文章なのであった。
感動した。
Evernoteのシンボル、アイコンの象さんの視線が何だか暖かいものに感じた。
私はクラウドソフトに人間味というべきものを感じていた。

そして、いつも使っているEvernoteを開いてみたところ
きっかり使用容量が30日間限定とはいえ、しっかり4GBに増えていたのであった。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-04-27 01:55 | 草評
2015年 04月 16日

夭夭亭(ようようてい)のカウンターにて

b0061413_0311261.jpg 先日、村上市のお寺で会議があったので、その帰り道に久しぶりに 夭夭亭(ようようてい) さんに寄ってきた。リンクを貼ったようにエキサイトブログをされているし、ここでの楠木しんいちさんのライブに飛び入りさせてもらったこともあった。ここでタンザニア産の対になったお面に見つめられてコーヒーを飲む。車だったので酒は飲めなかったけれども、このボトル群(下の方には地元の銘酒、〆張鶴の一升瓶なんかもある)を見ていると何で車で来ちゃったんだろうと反省するぐらいだった。写真のちょうど真ん中あたりには「51」(シンクエンタ・イ・ウン)というブラジルではもっとも人気があるカシャッサ(ピンガ)なんかが置いてある。大手のサントリーが輸入代理店になってくれたおかげで一時期よりは手に入りやすくなったとはいえ、これが置いてあるお店というのはそうそうあるものではない。村上駅の近くのライブスポットでもある「楽屋」さんといい、この夭夭亭さんといい、村上市にはいいお店があるなぁとつくづく思う。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-04-16 00:42 | 草評
2015年 04月 10日

ついにシャラポア(妻・日本人)もわかった「真空管アンプ」の魅力

御礼も込めたブログ記事であるが、
長年愛用してきた(使用回数は少ないが、十余年の長年である)
ドイツ製のアコーステックギター用のアンプのBINGOが
「調子が良い時しか音が出なくなってしまった」
という状態になってしまったことを半ば愚痴っぽく
先月にこのブログに書き込んだところ、
電気工学を学んでその道のプロであり、しかもエレキギターが趣味だという
遠方に住む友人が読んでいてくれて
帰省中に私の自宅に寄ってくれて
「もしかしたら直せるかも」
と、預かってくれた。
ドイツやイギリスから部品を取り寄せるということで、かなり時間がかかると思いきや、
先日、「精密機械につき取り扱い注意」のラベルが貼られた段ボール箱が届き、
そこに愛用してきたBINGOが入っていた。

タカミネのエレガットとつなぐと、その音色に惚れて
購入した時のサウンドが蘇っていて感激した。
なんせ、つないで弾いているタカミネのギターよりもこのアンプの方が高価だったので、
相当に思い切った一目惚れ、一聴惚れでの購入だったのだ。
かなり特別な部品が使われていたというMIC端子にSHUREのSM58という
スタンダードなマイクロフォンをつなぐと、これまた音が蘇っていた。
SHUREのSM58を買ったのは1年前ぐらいであり、
BINGOからちゃんとした音が出たのはこれが初めてであった。

しかも、彼はついでに、こちらも音が出なくなっていた
Yoshiiのタイムドメイン・ミニというパソコン用スピーカー
(Bluetoothスピーカーが主流だけど私はこれがベストなパソコン用のスピーカーだと思うなぁ)
も、預かってくれて
「こっちの方は楽勝だった」
と完璧に修理をしてくれてBINGOと同梱して送ってくれた。
Yoshiiのスピーカーについてはまた機会を改めて書いていきたいけれども、
とにかく、もしかしたら夏以降になるかもしれないと覚悟していたアンプが、
ゴールデンウィーク中にやる予定の
「採れたてタケノコのディナー・パーティー」
には間に合うことになった。
BINGOを通したエレガットの音色を活かした
「ウーゴ・ノ・タケ・ノコ」
というオリジナルボサノバを鋭意製作中である。

さて、そういうことがあるなかで
私はBINGOを真空管アンプであると思い込んでいた
ということも書いた。
それはそれで見事なことだが、ドイツ製などのデジタル部品を駆使してアナログ的な
温かみのある音色を演出していたのだということが、解体してもらってわかった。

そんなことがあったこの1ヶ月中に、テレビ朝日系列の「タモリ倶楽部」で、
「真空管アンプ特集」があった。
オーディオマニアは真空管のことを管(たま)と呼ぶのであり、
真空管を取り替えつつその音色の違いを楽しむことを「たまころがし」という。
ミュージシャンのなかでもかなりのオーディオマニアとしても知られるコブクロの二人と
「コブクロとたまころがしを楽しむ」
という企画の放送回であった。

用意されたKT88(真空管の部品名です)が3種類で
(1)チェコのJJエレ製
(2)中国のゴールデン・ドラゴン製
(3)ロシアのスヴェトラーナ製
という3つで、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの「モーニン」を試聴。

300B(これも違う型の真空管の部品名)も3種類で
(4)チェコのKRオーディオ製
(5)日本の高槻・ウエスギのWネーム(ウエスギはマニアックな真空管アンプ工房)
(6)米国のウエスタンエレクトリックの88年もの(最後の米国製真空管)
という3つでカーペンターズの「シング」を試聴するという企画。

テレビのスピーカーからの音声で、そんな高級オーディオの部品の違いのような
繊細な違いが分かるのか?と言われそうだが、私は実によく感じられた。
芥川賞作家で熱狂的なオーディオマニアであった五味康祐氏も
補聴器(確かに高級なものであるらしかったけれど)を使っていたにも関わらずに
真空管の部品交換による音色の違いを楽しんでいたのだ。
テレビ朝日の音声スタッフも頑張っているだろうし、
テレビのスピーカーというものは大概は薄型のミニモニタースピーカーとして優秀だ。
NHKのクラシック音楽番組の放映にも見合うクオリティを持たなければならない。
ただし、私見としてはスペースを稼ぐためにスピーカーが底辺部分に付いているものは感心しない。

私としては、その違いを自分のなかの感覚としてもっていただけだったが、
その感覚を見事に言葉にしてくれたのが、隣でいっしょに見ていた
シャラポア(妻・日本人)であった。
オーディオについては素人である。
素人であるがゆえに、受けていたおなじ感覚を自分の言葉にしてくれたのかもしれない。

「モーニン」においては
「すごい、管楽器奏者の指使いが見えるようだし、演奏者の呼吸を感じる!」
「シング」においては
「すごい、カレン・カーペンターの息遣いを感じる!」
という言葉を発した。
「そうそうそうそう!そうなんです!」
と私は同意した。

実に真空管というものは「呼吸する部品」であると、
そう定義できるのではないだろうか?

同時に、ショパンの至言を思い出す。
「声楽家はお腹で呼吸をし、ピアニストは手首で呼吸をする」
ショパンが音楽家のリストではなくて手首のリストについて語った名言だが、
音楽というものの魅力そのものが呼吸、あるいは呼吸感なのではないだろうか?

その呼吸する部品である真空管の魅力を、このタモリ倶楽部をきっかけに
妻も感じてくれた。
新婚時代に勤め人としての最後のボーナスでオーディオ用の真空管アンプを
買おうと思っていたところ
「なんで音の増幅機が大型テレビよりも高いの?要るの?」
という反応であったが、
10年以上経って、ようやくその時の私の気持ちを理解してくれたようだ。
タモリ倶楽部のこの企画が10年前にあって、私も
「ミュージシャンの息遣いが聞こえてくるんだぜ!」
とぐらい言えればよかった。

しかし、三人の子どもがこれから金がかかるような環境になってきて、
10年後には管球式のオーディオアンプがあればいい、という感じかな?

最後に下の写真だが、オーディオ用は断念しつつ
メインのパソコンのOSにWindowsXPを使っていた時代に
台湾のエーオープンというマザーボードメーカーが
サウンドカードの主要部品に真空管を使っていたものを出していた時期があったので、
自作パソコンの中核に組み込んだものである。

これに、今回、友人が修理してくれたタイムドメイン・ミニをつないで音を出していた。
パソコンとしてはとびきり音がいいものを常用していて、
実は妻も気がつかないうちに真空管の良さにはずっと接していたのであった。


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マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-04-10 12:48 | 草評
2015年 04月 06日

名曲草鑑賞(48) トム・ウェイツの『Closing Time』

b0061413_118746.jpg 今回は音楽論評としてのブログと日記としてのブログ記事が入り混じることになるが、3月31日と4月1日という年度の変わり目に越後長野温泉の嵐渓荘という宿に13年ぶりに泊まってきた。31日という日付は月命日の家庭訪問的なお参りがない日であり「年に何回かしかない計画的に休みとなることがほぼ確定の日」ということとなっていた。ちょっと前なら私のメンタリティは「安くていいところを新規開拓に行きたい」ということであったのだが、どうも確実に休める日というものが貴重なものに感じるようになってからは「それまでよい体験をしたものを再び」というアイディアが多くなっていた。お出かけでいえば「再訪」ということがどうしても多くなった。保守的になったといえばそうなのかもしれないが、別に頑なになったわけでも頑固になったわけでもない。むしろ、硬くなった頭(それはちょっと自覚している)を確実にリラックスさせてくれて新たな発想を沸かせてくれるようなところに再訪したいという方針がそうさせるのだ。 嵐渓荘は決して安い宿ではないけれども「日本秘湯を守る会」の宿であり、そんなリラックスをかなりの確率で与えてくれる場所なのだ。

b0061413_1182454.jpg その嵐渓荘に「石湯」と「深湯」(この2つを併せて嵐渓荘では山湯と呼ばれている)という貸切風呂がある。貸切風呂だが午後10時以降は貸切ではなくて戸の前の鍵をとって内側から鍵をかければ入浴していいというルールである。午後10時にその風呂に入って、上がったところで休憩場所でお茶を飲んでいるとそのペレットストーブが置かれたコーナーにBOSEのラジカセが置いてあった。ラジカセといってもラジカセのカセにあたる部分はとっくにカセットではなくてCDなのだが…まぁスピーカー一体型レシーバー付きCD再生用サウンドシステムと呼ぶのも面倒なのでカセットはなくてもラジカセで通そう。ちょっと音楽でも聞いていこうと思って30枚ほどのCDを見ていると「いい趣味だなぁ…」と感じた。JAZZ、クラシック、ポップスなどジャンルはとても多彩なのだけれどもあえて通底しているキーワードを探せば「アコースティック」である。そこに奇妙な統一感がある。CDの数だけなら私の方がもっともっと多くもっているけれども、何となく「コレクションというものはこうありたい」というような感想をもった。 新潟県の人は、深夜の天気予報などで嵐渓荘の水車などが環境ビデオ的に映ってBGMに歌詞なしのボサノバなどが流れて明日の天気が表示されるところを無意識にも見ている人が多いと思うので、ボサノバはないかなぁ…と見ていたらブリュッヘン18世紀オーケストラという古楽器でのモーツアルトの交響曲のCDがあって「渋いなぁ」と試し聴きをした。BOSEのラジカセで感心したのはボリュームの段階が非常に細かく設定できる。深夜なので、やや小さめの音量を心がけて「レベル32」の前後に合わせて聞いた。楽章の変わり目の無音部分でこのボリュームの段階がどこまであるのか知りたくて「レベル70」まで上げたところで突然の大音量が鳴っては怖いのでまた「レベル32」に戻したけれども、まだまだ上のレベルがありそうだった。ともかく、小音量を細かく調整できるのは優れている。 モーツアルトの交響曲を2曲聴いていると真夜中になってしまうので、もうちょっと短い時間で聴き終わるものはないかとその30枚を見ていて目にとまったのがトム・ウェイツであった。アルバムの『Closing Time』である。実は東日本大震災の前になるけれども、このアルバムの一曲目である「Ol’55」についてはすでに書いている。嵐渓荘という場で、このアルバムを鑑賞できたということは、何だかとても良い経験であった。そう、それは鑑賞というよりはサウンドに身を委ねての瞑想タイムであった。たとえば1曲目の「Ol’55」は、レコーディングを終えたトム・ウェイツが夜明けのハイウェイを1955年式の車で、あたかも星を引き連れるパレードをしているような感触が歌い込まれているけれども、私が瞑想的にこの曲、そしてこのアルバム全体から思い出していたのは関越道の「お盆渋滞」のことであった。あれは不思議なある種のパレードだった。最初はずっとイライラばかりしていたのだが、前の車の後部座席でグズる子どもをあやしているお母さんの姿が目に入った時に「みんな、こんな苦労までして帰りたいんだよなぁ」という感慨が押し寄せてきたものだった。 長いブログ記事になり、音楽論評にも日記にもなっていない気がするけれども、たまにはこういう身を浸して瞑想や空想を楽しむ聞こえ方はいいなぁとつくづく思った。そして、それにはやっぱりこういったアルバム単位で聴くこと、あるいは聞こえてくることが好ましいと感じた。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-04-06 08:15 | 草評
2015年 03月 31日

どこに毒があるかわからない時代のフグを味わう

私はミュージシャンとしての桑田佳祐よりも、もしかしたら
ラジオでのパーソナリティを中心にしたDJとしての桑田佳祐が大好きかもしれない。
ものすごく幅が広く、なおかつマニアでもある彼から教えてもらったミュージシャンは実に多く、
そのいくつかを高校生以来ぐらいからずっと愛聴しているということも少なくない。

同じように当人の芸もさることながら、北野武(ビートたけし)のお笑いマニアぶりと
その的確な芸能評論もたまらなく好きである。
こちらの方も本人の監督した映画やお笑い芸よりも好きかもしれない。

ダウンタウンの松本人志にもそういうところがある。大変なお笑いマニアでありつつ、
お笑いに関する評論が実に的確である。少なくとも私はそう思う。
ナンシー関さんがまだ生きておられた頃だから、けっこう前の話であるが
松本人志がどこかで
「お笑いに関しての意見やコメントで的確で信頼できるのは
 ナンシー関さんとみうらじゅんさんの二人だけだ」
と断言していて、本当にそうだなぁと思った。

その松本人志が最近はフジテレビで『ワイドナショー』(毎週日曜10:00~10:55)
というのをやっている。
日曜日の法事を勤めている確立が高い時間帯なので、たいがい録画して
月曜日か火曜日に観ることが多い。
松本人志が信頼する、そのみうらじゅんも時々ゲストとして招かれているようだ。

川崎市での中学一年生の殺害事件のことに関して、みうらじゅんは
「法整備のことを言うよりも、私は仏教が流行ればいいと思うのです」
とコメントをした。
今までのみうらじゅんのコメントが
「サッカー日本代表の新監督はスピルバーグ監督ではダメなんですか?」 
とか
「国会議員の路上キスは路チューではなくて空チュー、地チュー、水チューなら良かったのに」
などの、面白すぎる大ボケコメントが多かったために
「法律よりも仏教が流行ればいい」
とのコメントにはスタジオ内に笑い声が起きたのだが、
私はおっしゃるとおりだと思った。
そして、流行らせたいな、流行らせなきゃ、と感じた。

さて、これは先々週の3月15日放送分だったのだが、
主に川崎の中1男子殺害事件に関するネット私刑と実名報道等について
松本人志は
「まず被害者の写真をあれだけ出しておいて…まず被害者を守って欲しい」
という正論を述べた上で、その報道の現状とネット私刑などの問題を全部ひっくるめての
感想であると思うのだが
「フグがまだ食べ慣れていない感じで…どこに毒があるか分からん時に食わされている感がある」
と述べた。

松本人志はギャグとして成立している時でも成立していない時でも
こと比喩(たとえ)については天才的な閃きとセンスをもっている人だと思っているが、
この言葉は実に今の時代の空気を思いもよらなかった方向から言い当ててくれた気がする。

イギリスで産業革命が起こったばかりの時代には、労働者も資本家もその毒がどこにあるか
よくわからないままにフグを味わっていたようなものかもしれない。
高度成長期の日本は公害問題などの毒の部分に気がつかなかったり無視をしつつ邁進していった。
原子力発電は、放射性廃棄物の処分が確立されていないことなどの毒の部分は最初から
わかっていたのだろうけれども、そのうちに毒消しができるのではないかという楽観と
毒の部分を意識させない風潮をあえて作った上でフグを喰ってきた。

どこに毒があるのか、どこに薬があるのかもわからないままではあるけれども、
とにかく仏教は流行らせたい。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-03-31 01:53 | 草評
2015年 03月 11日

3月11日

4日間ほどブログ投稿をしていなかったら
3月11日になってしまった。

東日本大震災が起こった日であるけれど、いつものようにブログの更新をしておくか、
とも思ったけれど、いつもより長くパソコンの前に座っていたけれども
何だか一行も書き出せなくて時間が過ぎた。

もう早くも4年が経った。
小学生だった長女が高校生になっていると思うと
その実感もひとしおだ。

2、3日前の陽気が嘘のように今日は寒風が吹き荒れている。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-03-11 18:06 | 草評
2015年 03月 01日

石川一雄さんに会ってきました(3)

b0061413_2326168.jpg 狭山事件の再審を求める現地事務所内には、すでに焼失されている石川一雄さんの当時のご自宅が再現されていた。これは焼失された家の設計図が大工さんのところに残っていたために、その設計図にしたがって当時の家を映画の舞台美術チームが力を貸して忠実に再現したと伺った。この家が再現されたことによって石川さんの強要された自白のなかのつじつまが合わない部分が浮き彫りになってくる。これもひとつの「映画の力」であると感じた。この再現された家を訪問させていただいた数時間後、新幹線のなかで読むために何気なく書店で手にとった町山智浩著の『USAカニバケツ/超大国の三面記事的真実』という本の冒頭部分にウエスト・メンフィス3と呼ばれる事件について、それはホラー好きやオカルト好き、パンクロックやブラックメタルと呼ばれるものを愛好していた青年三人が犯人に違いないという偏見に基いての冤罪事件ではないかということをドキュメンタリーとして撮った『パラダイス・ロスト』という映画の紹介であった。ロックバンドのメタリカはこの映画のためにオリジナル曲を提供し、俳優のジョニー・デップはアメリカのCBSのテレビ番組で三人の無実を訴えた。

b0061413_23262350.jpg 忠実に再現された石川さん宅の鴨居である。強要された自白によれば、この鴨居から被害者の女子高校生が所有していたピンク色の万年筆が見つかっているという。私の写真では赤いサインペンとなっているが、ピンク色の万年筆であれば目立つことには違いがない。私は179センチの長身ではあるが、別に脚立や椅子の上に乗って撮影したのではなくてその場で背伸びをしての撮影だ。1963年の5月1日に事件が起こり、石川さん宅から女子高生が所持していた万年筆が発見されたというのが2ヶ月近く経った6月26日のことである。その間に、捜査が行われていなかったわけではなく、少なくとも2回の家宅捜索が10名以上のプロの捜査員によって行われている。実際にかなりの時を経てからになるけれども1986年の11月12日にはその家宅捜索に関わった元刑事7人が「鴨居に万年筆はなかった」と証言し、1992年の7月7日に第1回の家宅捜査に関わっていた元刑事が「鴨居は捜査済みであった」と証言をしている。その万年筆には当然のごとく石川さんの指紋は付いておらず、しかも入っていたインクは前日まで被害者であった女子高生が使用していたライトブルーのインクではなくブラックブルーのインクであったという。 狭山事件について知れば知るほどに、なぜこれで有罪判決が出るのか分からなくなってくる。他にも色々なものがあるのだが有罪証拠というもののほとんどが石川さんの無罪を証明しつつ、改ざんと捏造の方の証拠となっているとしか見えないのだが、この鴨居にあったという万年筆はまさにその筆頭である。他にも数多くのことが裁判記録を読むだけでもその不自然さは実感できるのであるが、こうして「映画スタッフの力」というものもその無罪を証明する力に加わって焼失された石川さんの家を忠実に再現していることに無条件に感銘を受けた。その感銘が感動に変わるのは、実際に再審(裁判のやり直し)が行われて石川一雄さんの無罪判決が出る日である。


加藤 真人 (ブログ文)
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by kaneniwa | 2015-03-01 23:25 | 草評
2015年 02月 27日

石川一雄さんに会ってきました(2)

私は研修会や学習会などで遠くに移動する際の行き帰りになぜか運命的に
書店やKIOSKで色んな出版物との劇的な出会いをすることがある。

2012年の10月に兵庫県に出向いた時に、学習会を終えて
大阪の阪急梅田駅の近くから夜行高速バスの新潟行きに乗ることとなり、
「けっこうな長旅となるバスのなかでの読み物を」
ということでKIOSKで荷が解かれて並べられようとしている週刊誌のなかから
『週刊朝日』をチョイスしたのはまったくの気まぐれであった。
普段なら床屋や定食屋に置いてあれば待ち時間にパラパラと読む程度で、
それでも他にもいくつかは週刊誌などの読み物が置かれていたなかから
『週刊朝日』を無意識的にでもチョイスした伏線に、その数時間前まで
朝日新聞の新聞記者であった方に丁寧な案内役をしていただきながら講義をいただいたという
ことがあったのではないかと思う。
読み捨てるつもりで買った週刊誌であったけれども、何というめぐり合わせか、その号は
佐野眞一氏と週刊朝日取材班による橋下徹大阪市長の出自についての明確な差別記事が
掲載されていたものであった。
バスのなかで読みはじめて何か悪い夢を見ているのか、
あるいは自分が寝ぼけているのかと目を疑った。
府知事時代も含めて大阪の教育や文化予算を大幅に削減する橋下氏に対して
言論をもって批判をするということは当然あっていいわけであるが、
本人の努力や志向では変えることができない出自の問題でそれを行う記事が掲載され、
それがよりによって朝日系列の週刊誌に載っているということが信じられなかった。

昨年の5月に沖縄に行った時には、
本州では主人公である山岡士郎が福島第一原発を視察した後に鼻血を出したという
描写などが論争を呼んで本州の書店やコンビニでは手に入らなかった漫画週刊誌の
『ビッグコミックスピリッツ』が那覇空港の売店に1冊だけあった。
この1冊だけ、というのも何かのめぐり合わせであると感じて購入して
これもまた帰りの飛行機のなかで読んだ。
沖縄は日本の一部ではなくて日本が沖縄の一部なんだよなぁ…という実感とともに
帰る飛行機のなかで、
福島は日本の一部ではなくて日本が福島の一部なんだなぁと感じた。

今回、狭山事件というたいへんな冤罪事件について、
長年の念願でもあった石川一雄ご当人にも会うことができた帰り道のことだ。
西武新宿線狭山駅から本川越駅でおり、しばらく歩いてJRの川越駅に移動して、
それから大宮に出て新潟行きの新幹線のなかの1時間30分ほどの時間の間に読む本として
手にとったのが今回は週刊誌ではなくて文庫本(ちくま文庫)であった。
『USAカニバケツ/超大国の三面記事的真実』
という町山智浩という人が書いた本だ。

文庫本とはいえ乗り物(今回は新幹線)のなかで週刊誌的に読みたいと思って
いい加減に手にとった。
緊張した頭をほぐしたくて手にとった。
緊張をほぐす笑いが欲しくてそのタイトルの本を手にとった。

ただ、何というタイミングで何という読み物のページを私はめくっているのだろうかと、
新幹線のなかで今回も全身が震えた。
10年前に書かれたこの本のなかの一本の映画評論が、
何というタイミングで今、自分の頭のなかに入ってきているのか?
すべては偶然なのだろうか?セレンディピティというものなのだろうか?
それともシンクロニシティというものなのだろうか?

町山智浩という人のことは主に音楽論評の文章で以前から名前を知っている。

正直いってその文章が好きというわけでもないし、特に考え方が好きであるというわけでもない。
しかしながら映画、ポップカルチャーやサブカルチャーというものの底に流れているものは何か
をキャッチするアンテナ感度の確かさのようなものに強く惹かれてきた。
たとえるならばかつてのナンシー関が
「日本全国でテレビをつけている人は何千万人もいるけれども、
 ちゃんとテレビを見ているのはナンシー関ただ一人」
と評されたことがあるように
「マスコミの特派員をはじめアメリカから情報を送ってくれる人はたくさんいるけれども、
 今のアメリカ人がホントのところどんなメンタリティで生きているのかを知らせてくれるのは
 町山智浩だけ」
というような妙な信頼感がある。
それは期間や時期は違うけれども同じくカリフォルニアで暮らしたことがある実感からでもある。

その本の最初はGOTHという、日焼けしないインドア生活を基調として
パンク・ロックやブラックメタルやホラー映画を愛好して
悪魔崇拝的なカルチャーについての紹介であった。
そして、それは『パラダイス・ロスト』というドキュメンタリー映画についての紹介へと
展開するのであった。
その映画は
ウエスト・メンフィス3
と呼ばれる実在の冤罪事件についてのドキュメンタリーである。
何度読みなおしても町山智浩氏のアメリカンカルチャーのなかの
GOTH文化の紹介から映画の紹介からこの
アーカンソー州のウエストメンフィスという小さな町で起こった冤罪事件に
光を当てていく文章の流れは見事である。
是非とも『USAカニバケツ/超大国の三面記事的真実』を手にとっていただきたい。

アーカンソー州ウェスト・メンフィスという地と埼玉県狭山市は遠く離れている。
一見、生活文化も環境もまったく違う。
しかしながらGOTH文化の愛好者の若者であったというだけで
その偏見の大きさによって中世の魔女狩り的に犯人に違いないという予断のもとに
捜査も裁判も行われてきたという経緯を読むことによって知らされることにより、
これほど通底する闇の深さが共通している事象はないといってもいいと感じた。

今回もあった「ふと手にした出版物が重要であった」ということを私は

「出会ったもので一大事あると直感したことにはとことん出会い続けろ」
という、どこからかやって来るメッセージのようなものとして受け取るしかないと思っている。

つい最近、石川一雄さんのこの3年間が描かれた映画
『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』
が第69回(2014年度)毎日映画コンクールのドキュメンタリー映画賞を受賞した。
弁護団に279点の証拠品リストが開示されたということと併せて今年に入ってから
大きな光が見えてきた。

そして、その映画撮影チームは焼失してしまっていた石川一雄さんが住んでいたご自宅を
大工さんの手元に残っていた設計図をもとに寸分違わない自宅を再現し、
鴨居に置かれていた万年筆の不自然な場所など
「証拠が捏造された証拠」
を見事に再現してくれていたのだ。
感動的であった。
次回にそれをご紹介させていただくことにしたいと思う。


加藤 真人 (ブログ文)
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by kaneniwa | 2015-02-27 12:17 | 草評
2015年 02月 25日

石川一雄さんに会ってきました

4年ほど前に厚生労働省の元局長・村木厚子さんが郵便割引制度を
めぐる偽の証明書発行事件において、大阪地検特捜部が証拠品として
押収したフロッピーディスク内の文書の更新日時が改ざんされていたことが
決定的な証拠となって彼女の冤罪(えんざい)が証明されたことがありました。
一太郎というワープロソフトによって作成されフロッピーディスクという
媒体に保存された文書の日時が改ざんされていたことを見抜いた有能な弁護士が
もしもいなかったら彼女は冤罪を被っていたし、
私は有罪判決にしたがってその関連の報道も鵜呑みにしていたでしょう。

地方検察局の検事が自分(たち)が作ったストーリーのために
「いまだにここまでやるのか?」
と、悪い意味でとても驚きました。

埼玉県の狭山市で、昨日と今日、石川一雄さんに会ってきました。
石川さんは1963年の女子高生誘拐殺人事件(狭山事件)の容疑者として別件逮捕、
起訴されて冤罪を訴え続けるものの1977年の最高裁で無期懲役が確定して
1995年に仮出所後も再審(裁判のやり直し)を請求し続けていらっしゃいます。

私が生まれた1963年に起きたこの事件を22歳を過ぎて初めて知ってから
ずっと石川さんは無罪であろうと思ってきましたが、
このたび作り上げられたストーリーのままに誘導され、あるいは強要されて調書をとられた
自白の内容との矛盾点を感じずにはいられない現地検証もさせてもらいつつ、
その誘導するストーリーの荒唐無稽さを実感して
「無罪であろう」という気持ちは「絶対に無罪である」という確信に変わりました。

また獄中にあって努力されて文字を習得され
「支援してくださる方々の手紙を読むことができ、
 差し入れされた本を読むことができるようになってから、
 全世界が私の師匠になった」
という言葉を石川さんは表白してくださいました。

『たそがれ清兵衛』という映画の最初のシーンで、
「学問をすれば何の役に立つのか?」を娘から問われた清兵衛は
「学問しれば(すれば)、自分の頭でものを考えることができるようになる」
と答えます。
私もまた、試験などの試される場のためではなくデータとして蓄えるのためでもなく、
自分の頭で考えることができるようにするための勉学をし直していかねばなりません。

石川さんの長年の再審請求の活動にとって今年は大きな光が見えます。
これは先月の1月24日にNHKのニュースでも報道されたことですので
ここに書いても差し障りがないと思いますが、
石川さんの弁護団に対して検察がこれまで存在を明らかにしていなかったものも含む
物的な証拠をすべて記した279点のリストを開示するという
異例の対応をとりました。
「そこまで50年以上もかかってしまったのか」
という思いはあるものの、そのリストから重要なものが精査されることによって
裁判所は再審の請求に応えざるを得なくなり、再審が行われれば
石川さんの無罪が確実に証明されることになるのではないかと思われます。
当時の警察、検察の作り上げたストーリーは破綻してそのストーリーを鵜呑みにしてて
間違った判断をした裁判官にとっては大きな汚点が露わになることでもありますが、
これは私たちが今後、司法や警察というものを信頼して生きていく上で必要なことです。

このブログに掲載しても、大きな効果というものがすぐにあるわけではないかもしれません。
しかしながら、再審が認められるか認められないかというギリギリのところになった時に、
背中を後押しするわずかな微風のようなものでさえ、もしかしたら力になれるかもしれない
という思いで、「大いに広めていただきたい」というお言葉も石川さんからいただいた
こともあってこのホームページとリンクしておきたいと思います。

冤罪 狭山事件

ブログ文  加藤 真人
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by kaneniwa | 2015-02-25 23:56 | 草評
2015年 02月 13日

名画草鑑賞(1) 風の歌を聴け

先週、中学と高校で同級生であった友を病気で亡くし
その葬儀の儀式を執行するということがあった。

お通夜にも葬儀にも同級生たちの出席があり、
何だか僧侶としてその儀式を勤めたというよりも
俳優としてその役をこなしているような心理だった。

私はTSUTAYAに用事があった妻に
「ついでに『風の歌を聴け』という日本映画のDVDビデオを借りてきてくれないかなぁ」
と頼んだ。

自分でも何でそんなことを言い出したのか、その理由は文字にしにくい。
たぶん、自分がまだ20歳になる前に見たことがある映画をぼんやりとでも観ながら、
自分が20歳になる前の頃に何を考えていたかを漠然とでも感じてみたくなったのだ。

妻は私の書いたメモをTSUTAYAの店員に渡して
「この映画のDVDはありますか?」
と尋ねた。

「えっ、私はこの仕事、けっこう長いのですが、
 村上春樹の長編小説のデビュー作が映画化されていたのですか?」
と、驚かれたらしい。
そして端末で検索して
「ああ本当だ、その映画ありますね」
と言いながら棚を探し始めたそうだ。
なかなか見つからないところで妻が先にタイトルを見つけ
「これですね!」
とパッケージをとった。

「ありましたね。えっ、小林薫が主演で大森一樹が監督!」
と、キャリアの長いTSUTAYAの店員さんが驚くほどのカルト的作品というのが
どうもこの作品の今の時代からの評価らしい。

映画の『風の歌を聴け』は1981年の作品。
翌年、大学1年生の時に私は京都市の一乗寺にあった「京一会館」という映画館で観ている。
映画館で観ていてよかったことのひとつは、そこそこ席が埋まっていた映画館のなかで
オーディエンスの反応もかすかにだけれどもその空気感とともに覚えていること。
もともとエンターテイメント性ということに関してはその要素が少ない映画だけれども
どよめきも悲鳴も涙も笑いもない映画であった。
笑いはあったかもしれないけれども、あったとしても静かな苦笑いだけ。
そしてそこから得られた教訓のようなものもまったくない。
30数年の時を経て、私がこの映画に関して覚えていることといえば
シーンではなくていくつかのキーワードだけ。
「バドワイザー」
「赤い小型車」
「西宮球場」
「冷蔵庫」
「落花生」
その記憶から、映画を見なおしてみれば当時の記憶でよみがえってくるものも
何かあると思って見始めた。

しかし、映画を30数年ぶりに見直してみて、自分でもあきれるぐらいに
ハッキリと忘れていた。
前記のキーワード部分以外は、あきれるほどに忘却していた。
逆にそれだけ、そのキーワードがなぜ自分のなかに刻まれ続けていたのかが
気になっていて、それが注目点でもあった。

つまりはJAZZ BARのマスター役の坂田明(サックス奏者)が
主人公の大学生(小林薫)に投げかける
「落花生の殻ばかりを集めて中身を捨てているようなものだ」
という言葉に聞き覚えがあるのは、
私自身がこの映画を見た時にその言葉がその時の私の実生活と呼応したからだと思う。

ほとんど、それだけだった。
あとは何も思い出せなかった。
ただ、別に、それでもいいと思った。

作家の村上春樹と映画監督の大森一樹は同じ芦屋市立精道中学校の先輩と後輩の関係らしい。
原作とはストーリーや設定もやや違っていることもあり、
村上春樹の世界観と言葉がある大森一樹監督の作品という感じである。

今は『深夜食堂』という映画が封切りされたばかりだけれども
若き日の小林薫は唐十郎が主宰する状況劇場を出たばかりの頃。
主演女優は 真行寺君枝。
室井滋は映画初出演。何と上半身裸で彼女の乳首がハッキリと見えるシーンがあった。
ちょっと驚いてしまった。
それから前述の坂田明とともにヒカシュー(バンド)の 巻上公一が出ている。

考えたら原作者の村上春樹が、この頃と今とでは知名度で二桁違うのではないかと思う。
1980年時点でのいろんな才能が洗練を求めつつも粗挽きのまま集まった映画だ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2015-02-13 08:34 | 草評