草仏教ブログ

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カテゴリ:草評( 730 )


2005年 06月 02日

グループ・エンカウンターって何のことかしら?

野球、特に草野球はこのブログやホームページの柱の一つであるが、
先月は草野球シーズン開幕の喜びのあまり、野球の話題ばかりに
なってしまった。一応、硬軟とりまぜてのブログのつもりなので、今回は
野球のボールを投げるのをやめて現代の教育界に一石を投じたい。

と、いっても肩に力が入りすぎると、ブログという、場合によっては激烈な論議が
展開されていく可能性もある場であることもあり、、大事なところは、毒舌的な
差し障りのあるうことをサラッと言う時に便利な、あのKABAちゃんの口調というか、
おすぎ&ピーコの口調というか、そういう文体になってしまうことをご了承いただけるかしら?

じゃ、はじめるわよ。(^_^)


先月、娘の通う小学校の説明会に父親として行きましたの。そうしましたら
新潟県の「未来を拓くにいがたのひとづくり支援事業」というものを説明されましたの。
そのなかに 「主に自分自身を好きになることをねらいとする活動」という基幹項目が
ありましたの。大事なことだわぁ。ただ、そこには

○ 学習活動や道徳、総合的な学習における「構成的グループ・エンカウンター」
  「ソーシャルスキル教育」 

とだけ書かれていましたの。これって、何のことかしら?まあ、カタカナ語、外来語が
悪いということになれば、私しのようにパソコン使ってブログでスポーツや音楽の
ことを書いている者にとっては、とてもカタカナはダメよなんて、とてもそんなことは
言えないのですけどぉ、問題は、後から調べてみたところ、これって極めて専門性の高い
教育学や心理学の用語じゃないのぉ。(-_-) やだぁ。

もちろん、こういう専門的な言葉を専門家同士が使って議論する場合には私は
全然平気よ。むしろ熱心な態度であると言うべきだわ。でも、学校での説明会のような
父兄や地域住民がいっしょに問題を共有していこうという場で、いきなり「エンカウンター」
と言われても、カウンターパンチを喰らうようなものよ。特におじいちゃんやおばあちゃんの
世代の方々なんてキョトンとしちゃって感じなくてもいい疎外感を味わっているはずよ。(>_<)
説明させられる学校の先生も何だか不憫(ふびん)だわ。(T_T)

エンカウンターって、宗教用語でもあるからまぐれで知っていたけどぉ、大事な言葉よ。
「たまたま出会う」って意味よ。そう、森の中でクマさんに出会うことから、大事な一生の
先生や友人に出会うことまで、「自分の予測を超えて巡り会う」って時に使うコ・ト・バ!
日本語にすれば、邂逅(かいこう)ということかしら。これまた難しいけど。でも、
「グループ・エンカウンター」と来ると、専門語として独自の意味があることは後で知ったけど
何を目指して何をすることなのか、私には全然見当もつかなかったんですの。

これを読んでいる新潟県の教育関係者の方のなかには腹を立てる方もいらっしゃると思うわ。

「君たち僧侶こそ、なまじ伝統があるからと言って、難解な仏教の専門語ばかり使って
人々を煙に巻いているではないか!そもそも漢文だって元々は外来語であって、
それが定着しただけではないか!」

あらいやだ、そんな乱暴な言い方しないでよ。(実際は言われていませんが・・・)
そうよ、それはその通りなのよ。でも、これだけは言っておくわ。
僧侶含めてそうだけど、みんな難解な専門語をかみ砕くのが人を教えることだと思っている
みたいだけど、それは違うわ!その態度は人に教えてやっている、人に説明してやっている
という傲慢(ごうまん)さよ。まあ、これは僧侶も非常に反省しなきゃダメなんですの。

言葉でいえば、かみ砕くべきなのは日常語の方なのよ!問題を共有するのよぉ。
問題を共有する場では(^o^)ニコニコ笑いながら「一緒にこれをやりましょう!」
「一緒にこれを考えましょう!」で、充分なのよぉ。

マーヒー加藤   http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-06-02 13:33 | 草評
2005年 05月 03日

大人の低下の方が心配だ

子どもの学力低下や体力低下についてのニュースを月に1回は
新聞なんかで見かける。こういうことは日本の未来に関わること
なので、誰もが関心を持ち、誰もが評論家になる。

だが、ちょっと待て、とマーヒーは言いたい。大人の学力低下や
体力低下の方が本気で心配だぞ。

学力低下の方で言えば、たとえばこの一年間、新聞・雑誌以外で
ちゃんとした本を何冊読んだだろうか?話題になった推理小説を
一冊だけ読みました、という人なんかは、平均よりも上だと思う。

養老 孟司の『バカの壁』というバカ売れした新書にしても、
たとえば、あそこには「なぜ高学歴の若者たちがオウム真理教の
信者になったのか」ということについて、知り合いの学者の説の
引用が中心ではあるが、ちゃんと言及しているのであるが、あれだけ
売れた本でも、普通に読んでいる人は驚くほど少ない気がする。

まあ、読書だけが学力ではないと思うが、あまり子どもにばかり
「文字離れが著しい」とは言えないなぁ。

体力低下については、もっと顕著で分かりやすい。40歳ちょうど
ぐらいのお父さんの平均の運動量というのはどれくらいだろうか?

これも「月に1回ゴルフをやります」という人なんか、平均よりも
かなりいい方ではないかと思う。都会のサラリーマンであれば、
地下鉄などの交通機関の乗り換えなどで、毎日少しは歩くと
いうことはあると思うが、地方で車通勤なんかをしているお父さん
であれば、仕事も普段の生活もまったく車ばかりで、毎日万歩計を
付けていれば歩きはじめたばかりの幼児にも負ける人が多いと思う。

子どもの体力低下といいうのは深刻なニュースに思えるが、それを
深刻な顔で論じている本人が、実は深刻な状態だったりする。
その、子どもレベルの運動で根をあげる大人がほとんどではないだ
ろうか。

東本願寺の同朋会館に、出典は不明だが、こんな言葉が法語として
掲げられたことがあった。

「お前は東大に行け! お父さんはパチンコに行く」
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by kaneniwa | 2005-05-03 07:35 | 草評
2005年 04月 16日

『となり町戦争』を読んだ

三崎亜記著の話題作『となり町の戦争』(集英社)を一気に読んでしまった。
確か最新の「すばる文学賞新人賞受賞作品」である。

地方自治体同士の戦争、作者は元役場職員らしく、もっともらしい書類がポイント
ごとに挿入され、その荒唐無稽さが、かえってリアリティを含んでくるから不思議だ。
公務員の方が読んだら、私よりもさらにもっと面白みを感じられると思う。

戦争の残虐さというのは、感情や感性が失われていくことではないか、と思うのだが、
それが意図してか、あるいは意図せずか、見事に書き込まれているように思った。
また、戦争という問題を扱って、説教臭くないのがいい。この、説教臭くないということ、
大事だなぁ。

この小説、是非とも才能ある監督によって映画化して欲しい。
キャスティングは、このブログのコメント欄でも考えてみよう!

と、いうわけで、この小説を推薦したいのだが、このブログを読んでいる人で
新潟県の中条町の人が図書館の新刊コーナーから借りるのは無理である。
今、私が借りているからだ。

マーヒー加藤  http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-04-16 03:03 | 草評
2005年 03月 13日

妻も『パッチギ!』を喰らった!

2月の中旬にこのプログで2回紹介した井筒監督の映画
『パッチギ!』であるが、新潟市内での上映は終了してしまって
寂しい気持ちでいたところ、調べてみたら、新潟市よりもさらに
近隣の新発田市の新発田文映という映画館で3月16日までの
予定で上映されていることをインターネットで知った。

これは!と思って、妻にもこの映画を観ることを勧めると、
さっそくに子ども2人が幼稚園に行っている時間帯にも上映時間
があるので、さらに妻に友人を誘ってもらって、観に行っていただいた。

人口7万人ぐらいの街の映画館というのは、今主流の複合映画館で
ない限りは、さびれているように思っていたが・・・妻のにゃおの話では
まったくその通りで、平日(金曜日)の午前中の上映ということもあった
が、何と観客は私の妻とその友人の2名のみということだった。

しかし、妻のにゃおは感激して帰ってきましたよ。こう言うと新発田文映さん
には申し訳ないが、レトロ映画館で鑑賞したことも映画の味わいのうち
に含まれていたようだ。『パッチギ!』を観て、笑い、泣いて帰ってきた。

この映画、脇役には名優を多く使っているが、主演級の若者たちは
無名(少なくとも私は知らない人たちばかりだったな・・・)の役者たちが
ほとんどである。しかし、その圧倒的な存在感のすごさ!

私も、もう一度観てみたい。最初の方の群衆シーンは、最初に観た時には
ただの群衆でしかないが、もう一度観た時には、ただの群衆ではなく、
私の眼に群衆の一人一人が写ることになるだろうと思う。

マーヒー加藤  http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-03-13 23:25 | 草評
2005年 03月 06日

ホリエモンの夢を推理する

昨年を象徴する漢字は「災」だった。
日本漢字能力検定協会) 

この日本漢字能力検定協会が主催して公募する漢字は、
10年前から始まったのだが、さっそくに阪神淡路大震災と
オウム真理教が世間を震撼させたことで「震」の字が選ばれ、
「災」の字が選ばれるような年はなければいいなぁ、と思って
いたら、昨年が「災」に象徴されるような年となってしまった。

さて、本年はまだ9ヶ月以上を残しているのだが、今年を
象徴する漢字は、今のところ「株」ではないかと思う。

西武の堤元代表の事件と、話題の堀江(ホリエモン)氏のニッポン放送株
買収のことが連日報道されている。

さて、ホリエモンは叩かれている。主に、叩く方の論調から言えば、
一つは「金で何でも買えると思うと大間違いだぞ」という言葉と
「ラジオ局の株を買って何がやりたいのか分からない」という言葉に
その批判は集約されるように思う。

前者の意見はともかく、後者について、ホンの少しだけ、私はホリエモンを
弁護したいと思う。まあ弁護する義理はないのだが、あるとすれば、私は
電話回線時代にライブドアのお試しCDでインターネットを始めたということ
があるが、それはともかく、テレビのインタビューなどではホリエモンは
自分のやりたいことを上手く説明できないというもどかしさをもっているの
ではないか、と思うのである。

ラジオとインターネットの融合というものは、実例を見ずして、なかなか、その
可能性を実感することなどできない。

FM東京系列のラジオ番組で、ほとんどの地域で土曜の夕方5時から
やっているアバンティという番組がある。

これは、私にとっては移動中の車の中で聞く機会の多い番組なのであるが、
この番組のホームページが実に優れていると思う。この番組はサントリーが提供して
いるのだが、東京の麻布にあるイタリアレストランのバーで、常連の女子大の
先生がゲストが話す会話に聞き耳を立てるという構成の番組であるが、入れ替わり
立ち替わりするゲストの話が実に面白い時がある。

そして、聞き逃した時には、上記のホームページにアクセスする。
すると、そこにはゲストの話したことの要点が書きしるされており、
ゲスト本人のホームページはもちろん、その話題に関連したホームページ
のリンクが貼られており、さらに詳しいことをネットから得ることもできる。
また、ゲストの顔写真もあるので、聞き逃した時はもちろんのこと、
ちゃんと聞いた時でも、興味のある話題であった回には「どんな人だったのだろうか」
とホームページを閲覧することになる。

文章が長くなってしまった。このラジオ番組は、重ねて言うが、サントリーという、
日本でも有数の広告作りや番組作りの上手い会社が提供しているということ
はあるが、実のところ、こういうラジオ番組が多くあるならば、私にとっては
新聞・テレビは要らないというのはあまりにも極端であるが、生活の中心は
ラジオとインターネットというものに移行していくだろうと思う。

どうだろう、ホリエモン?あなたはこういうことを夢に描いていて、それを
実例をもって示せないもどかしさを感じていると思うが、図星ではないですか?
何かの間違いで、ご本人がこれを読むということがあれば、メールを
ください。

マーヒー加藤  http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-03-06 04:28 | 草評
2005年 02月 21日

『パッチギ』を喰らった!(2)

久しぶりに映画館で映画を観ようと思った理由はいくつか
あるが、たまたま手にとった週刊誌(文春です)で、滅多に
日本映画は絶賛したことのない小林信彦氏が、NHKに対する
大事な主張の原稿まで先送りしながら、この映画『パッチギ』に
対する大絶賛の声を送っていたことがきっかけだ。

そして、先日買った週刊『SPA!』の2月22日号でも、鴻上尚史
が 「井筒監督の映画『パッチギ!』に泣きました」というたいへん
ストレートな題名の文章で、監督の井筒和幸さんへの従来の他の
映画評への傍若無人(ぼうじゃくぶじん)ぶりには素直にいい印象
をもっていないことを打ち明けつつ、この映画そのものについては、
非常に難しい問題をスローガンでも啓蒙でも闘争でもなく、
真っ正面から描きつつエンターテイメントとして成立させている
井筒監督の手腕に大絶賛を送っています。
 (鴻上尚史執筆・ドン・キホーテのピアス第507回)

そして、私がこの映画を観ようと思ったきっかけの、これまた一つが、
私はこの数年、「悲しくてやりきれない」という一曲の歌に心底惚れ、
その歌そのものが映画のなかで重要な挿入歌となっていることは
もちろん、映画の音楽監督が加藤和彦氏であったということである。
(加藤和彦氏はその曲の作曲者であると同時に、映画の背景と
なった時代の重要な証人)

これについては、またまた別に論じなければならない。
映画の『パッチギ!』に出てくる最重要な曲が『イムジン河』という
歌であるが、この曲が放送禁止歌になり、昭和の大詩人サトウハチロー
氏の提供してくれた詩に、イムジン河のメロディを一旦、逆さまにして
曲を完成させたのが加藤和彦作曲の『悲しくてやりきれない』である。

映画とは関係ないが、この曲は色々な人がやっているが、私が4年ほど
前に聞いて、いきなり惚れてしまったのは、レゲエ界の歌姫
PUSHIM(プシン)の『悲しくてやりきれない』である。(CDアルバムCOLORSに
収録)

こちらも、是非ともどうぞ!

マーヒー加藤 http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-02-21 11:25 | 草評
2005年 02月 11日

『パッチギ!』を喰らった!(1)


ものすごく久しぶりに映画館で映画を観た。
パッチギ!
という題名の映画だ。「突き抜ける」という意味だが「頭突き」という意味もある言葉
で、観たら、まさに頭突きを喰らわせられたようだ。

京都の高校生が朝鮮学校の生徒に惚れて展開される、京都の
『ロミオとジュリエット』あるいは『ウエストサイドストーリー』という
べきか。上記の公式サイトの紹介文にもあるように、

「ウエスト・サイドのダンス・シーンの代わりに壮絶なケンカ・シーン
がある」と言うべきか。

前半に二つの高校のサッカー試合のシーンもあるこの映画を
観た直後に、現実世界で日本VS北朝鮮のサッカーワールドカップ
予選の試合があった2月9日、私は当分忘れない。

私は生まれて初めて、映画の感想を手紙に
書いて井筒監督に近々送ろうと考えている。

舞台は1968年の京都。私も京都生まれで、その時には5歳だったはずだ。
京都の景観の変わらない場所を慎重に選んでのロケのようだった。

映画を観ていて、びっくりしたことが2つ。主人公は寺の息子であった。
母親の「せめて龍谷大学か近畿大学には入ってもらわんと」というセリフ
から、浄土真宗のように思われる。

びっくりしたことの、その2は、この映画で重要な役割を果たす楽器店は、
私が初めて自分のギターを買った荒神口にある「よしや楽器店」だった。

この映画、かなり細かいシーンも含めて、心を動かされたことはもちろん、
「この映画、俺のためにある!」とさえ思った。
「パッチギという映画を観た」というよりも、やはり
「パッチギ(頭突き)を喰らった」という感じである。

新潟市では、残念ながら2月10日で上映は打ち切りである。
まだ、近くで上映されている映画館のある地域におられる方は、
是非とも足を運んで、パッチギ、喰らってください。また、続編を書きます。

マーヒー加藤  http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-02-11 17:45 | 草評
2005年 02月 08日

中村うさぎのブログ

中村うさぎという人に4年ほど前から注目している。
この人は少年少女向けのファンタジー小説家として
まずは有名になった方であるが、それによって入って
きた印税によって、買い物依存症になって、それでまた
有名になった方である。出版社には前借りを何度も依頼し、
「お前は太宰治か?」と言われるようになった女性作家である。

しかし、私は数年前から、男の世界では見なくなった最近では
珍しい「豪傑」として注目している人である。
それが、『週間文春』などへのエッセイの執筆をはじめとして、
最近は「破天荒でなくて面白くない」という意見も出てきている
という。しかし、私は最近の中村うさぎを「面白い」とつくづく思う。
変な話、彼女の軽妙な文章の文間に、高僧のつぶやきのような
雰囲気を感じるのです。最近。

煩悩を少なくしようとして努力している人は多い。
しかし、煩悩の多い私としては、煩悩にどっぷりとはまりこんで、
しかし、そのはまりこんだ自分を見つめることのできる人の
書く物にこそ関心を寄せる。

そんな中村うさぎが、ミクシィ(MIXI)という会員制のブログをはじめた
らしい。しかし、ミクシィに登録(無料らしいが・・・)して、必死に中村うさぎ
を探しても彼女のブログが見つからないということで、ファンの間でちょっとした
話題になっている。何か別の名前で登録しているのだろう。

ブログは日記中心で、雑誌などでは書けない本音が詰まっていて、
中村うさぎ自身が、「なんで金にならないこんな日記に、本業よりも熱中して
しまうのか?」と書いている。

うーん、読みたいぞ。誰か知っておられる方は教えてください。


 (マーヒー加藤) http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-02-08 22:29 | 草評
2005年 01月 18日

阪神・淡路大震災から10年ですね

あの阪神大震災から10年が経過しましたね。
当時、私は東京に住んで3年目。

朝のニュースを見て驚きました。
一面の火事とビル、高速道路などの倒壊。

今年、結婚して7年目になる妻は、その時、職を変える
狭間の期間だったこともあり、神戸にボランティアとして
行っていました。ボランティア元年とも呼ばれたのも
10年前でした。

大阪のある住職さんは、全国から駆けつけたそのボランティア
たちを
「あたかも無数の菩薩たちが地からわき出て救済をしているようだった」
と書き留めていらっしゃるそうです。

それから10年、大規模な震災である中越地震が起こり、これ以上の
災害は起こってくれるなと思っていた矢先、スマトラ半島沖大地震と
大津波です。

年賀状(ニュー・イヤー・カード)の交換だけは5年間続けている
タイのご夫妻からの返信がないのが気がかりなのです。
5年前、友人の結婚式で初めて会ったそのご夫妻の
「うちは海が近くです、どうかいつかタイに遊びに来てください」
という言葉が、今は、かえって気がかりです。

  (マーヒー加藤) http://www.iplus.jp/~naoko/index.html
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by kaneniwa | 2005-01-18 15:06 | 草評
2005年 01月 07日

小千谷市の仮設住宅

新潟県中越地方を襲った大地震の直後からさいたま市からボランティア
に駆けつけ、それから数日間さいたまに帰った日を除いて、ずっと中越に
滞在しながらボランティア活動をされている方のご案内で仮設住宅の集会所
に行った。

あるおばあちゃんは、地震がおこった時に亡きおじいちゃんの位牌を毛布に
包んで避難したら、持ち出したのは位牌ではなくてテレビのリモコンだった
という哀れで悲しいお話しをされた。悲しい話は、そこに居ればいるほどに
たくさんあるだろう。
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by kaneniwa | 2005-01-07 23:27 | 草評