草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:草仏教( 161 )


2014年 01月 24日

草仏教掲示板(61) 人はそこにいるだけで意味があるのです

b0061413_9485968.jpg 昨日、法事中に市の職員の方から「仏教講座の先生が急に体調を崩されてしまい…申し訳ないのですが急遽代役でご法話をお願いできませんか」という電話があった。予定されていた講師の先生は曹洞宗のご住職であり、本来は代役などは務まるはずはないのであるが法事の法要を終え、参詣者の接待をシャラポア(妻・日本人)に任せて車で10分、現場の公共施設に直行した。とりあえず手元にあった欧文印刷株式会社の NUboard(ヌーボード)を手に持って駆けつけた。公共施設の立派で綺麗な和室で50人以上の方々が待っていらっしゃったが、会場に黒板はなかったので、NUboard(ヌーボード)があって良かった。さて、何の話をしていいか、当然のことながらまったく決まっていないのであったが、そのスケッチブック型(A3版)のホワイトボードを開くと最初のページに現在寺院の掲示板に掲示中の「人はそこにいるだけで意味があるのです」という言葉のメモがあった。隣に私が寝ぼけ眼のまま寝床でメモした「醍醐味と粗大ごみは紙一重で大違い」というオヤジギャグ系の言葉もあり、急すぎるけれども「醍醐味と粗大ごみは大違い」という、急すぎる代役以外では許されないような講題で何とか1時間の法話をすることができた。醍醐味、つまりはチーズとかヨーグルトとか鮒寿司や飯寿司のようななれ鮨系の味のことである。それは天下の美味ではあるけれども、完成までのプロセスの途中は「腐った牛乳」であり「腐った魚」であり、すなわち食品とはとても思えないゴミのような存在であるが、それがフラメンテーションを起こして醍醐の味が醸しだされるようになり極上の食べ物となる。 これはその日の法話とは関係なくミュージシャンの打田十紀夫さんとライブの後に酒を飲める機会があった時に聞いた話であるがアメリカ合衆国南部でのロバート・ジョンソン追悼コンサート(打田さんも出演された)の場でロバート・ジョンソンと同時代を生きたハニーボーイ・エドワーズが95歳(翌年、96歳で逝去される)でそのステージに上がった時の会場の盛り上がり方は尋常ではなく、さらに「ギターを持った」というだけでさらに盛り上がり、「ギターから音が出た」ということで総立ちのスタンディングオベーションは止むことがなく「やっぱブルースマンはそこまで行かないといけないな、俺なんかまだまだだなぁ」と打田さんは語ってくれた。何だか自分できれいにまとめようとしているようだけれども、今回の急なご依頼も「無理を承知で、その場に来ていただけたならとても有難いのですが…」という担当職員の方の懇願に、思わず心と体が動いちゃった。 世の中にはそれとは逆に、家庭のなかで粗大ごみ扱いをされる人もいるし、自分の思い込みで自分を邪魔にするというかゴミ扱いする人もいる。「私って本当にダメだなぁ」という心は自らを顧みれる心でもあって尊いが、誰もが赤ちゃんであった頃に居るだけで周囲を笑わせて明るくさせてきた時代をもっていたはずだ。死んだ魚を水を得た魚にするのが人生の醍醐味たるものであると思う。 あるおばちゃんが教えてくれた。「干し柿もね、シブーい柿ほどあま~い干し柿になるんだよ」

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2014-01-24 10:55 | 草仏教
2013年 12月 05日

飾りじゃないのよ阿弥陀は 涅槃!

寺院の本堂での葬儀、ご自宅での葬儀というものがなくなっているわけではないけれど
ホール形式のところでの儀式が圧倒的に多くなってから20年とか30年の月日が経つ。

真宗の儀式には阿弥陀如来の立像である「ご本尊」が欠かせないので
掛け軸形式になったご本尊をお預けして儀式が終わるまでお貸しするという形をとる。
これはもともと下付(かふ)という形で本山からいただくものであり、
修復の時には本山の絵廟所(えびょうしょ)を頼ることにもなるので
そもそもそれ自体が本山からお預かりしているものをお貸しするという形だと思う。

そのご本尊が風帯(ふうたい)という真(フォーマル度の真・行・草)の軸の象徴である帯を
向こう側に折られて布団を干すかのように掛けられていたケースがこのところ複数回あった。
その掛け方で掛けられたご本尊は、もう「儀式の中心」という意味でのご本尊の意味合いは
もはやなくなり、単なる飾りとしても遺影などに押しやられて位置が上すぎて哀れである。
儀式の直前に気がついた時に、本来ならば形式を整えてくれと要望すべきなのだが
儀式がはじまる時刻が大幅に遅延してしまうのでその場で言えずにたいへんに悔しい思いで
儀式をつとめ、ただし、終わった後で
「今後、このような扱いは二度としないで下さい」
ということを強く要望しておくことにとどまる。

布団掛けのように、間違った、あるいは禁じられた掛け軸(しかも掛け軸形式のご本尊)の
掛け方を戒めてくれているホームページ等はないものだろうか…と検索しまくったが、
宗教の分野はもちろんのこと、美術館、美術商、表具店などのどのホームページを見ても
「正しい掛け方」については書いてくれていても、
「悪い例、禁じ手、失礼な掛け方」についてはどこも何も書いてくれていなかった。
ただ、逆に布団を干すような掛け方は言語道断ということであり、
わざわざ各界のプロが記述するのも恥ずかしいことであるということがわかった(つもり)。

ただ、ご本尊がゾンザイに扱われる原因に、こちらも悪いのではないだろうか…
ということも思い当たり、文章を書いている私としては業者への苦情という面もあるが、
どちらかといえばこちら側の反省の方に主眼を置いたブログ記事にしなければ
多くの人にとって読んでいて不快な思いをさせることになると予感した。

掛け軸のご本尊は桐箱に収められている。
さすがにご本尊を収めるのに相応しく、その箱自体も立派なものである。
ただ、その箱自体が貴重なものであるがゆえに、
その箱を守るための特注のケースを寺の名前を刺繍してもらって作ってもらった。
しかし、大きさは半分ぐらいながらそのケースの素材は私の野球のバットケースに似ている。
バットケースに似た素材で、なおかつ中央部に持ち手が付いている。
もともと儀式のために移動可能なご本尊とはいえそのポータブル感にカジュアル度は増す。
持ち手があるために片手で持つことも可能なため、片手で扱われるということも増えてしまった。
直感で
「ここは昔に戻した方がいいぞ!」
という声が聞こえる。
ご本尊が収められた桐箱は、大きな風呂敷で包んだ方がいい。
一見、クッション性が少しはあるバットケース的なものの方が
万が一の落下の際に安全であるかのように見えるが、
そもそも自然に両手で扱っていただけることで万が一のケースが億に一になる。

さらにご本尊をとりに来られる時、
これは喪主本人の場合もあるがたいがいは代理人(葬儀業者の方が多い)である。
それでも、男性であればほとんどの場合は役割とはいえネクタイをされている。
それに対してこちら側(おもに私)はカジュアルな出で立ちであることが多い。
これは葬儀が入ってその前後に掃除などの用時をしているせいもあるが、
受け取られる方がどちからといえばフォーマルな出で立ちである。
「ああ、その時こそお茶を出さなきゃ」
ということも反省しながら感じた。
最初は代理人の方も葬儀が入ればどの立場でも忙しいし、こちらも同様で
お茶を飲んで話す時間があれば少しでも葬儀の準備をしたいと思ったり思われたりだろうが、
儀式を務める20分前とかせいぜい30分前に、その場で苦言を呈しても
「ウルサイなぁ、神経質だなぁ」
としか思われないことが、同じひと言を
「奥深いなぁ、繊細だなぁ、伝統だなぁ」
と大転換して受け取っていただける大チャンスへの布石になるではないか。

同じく、これは仏壇店への苦言になるが
「装飾がきれいな仏壇はいいけれどもご本尊が掛けにくい仏壇が増えているなぁ」
ということを感じる。
特に12月は大掃除の時期であり、
ご家庭の仏壇も最後の仕上げとしてご本尊も外し、清掃の後で自ら掛け直すということは
当たり前にあることである。
装飾が過剰で、ご本尊を掛ける場所にそもそも手が入らない仏壇がある。
入仏式といって仏壇を設置し、そこにご本尊を掛けて「お内仏」として迎える儀式で
その場に仏壇屋さんが同席している場合は、仏壇屋さんにご本尊を掛けてもらう。
その仏壇屋さんが30分以上、汗だくになってやっと掛けてもらうことができたこともあった。
さらに、その仏壇屋さんもかけることができずに
その場にいてくれた小さな手の子どもだけが掛けることができたこともあった。

私の友人に工学部出身の才人がいて
「どんな難しい仏壇にもご本尊が掛けられる道具」
というものを自分で創作した。
私にはそんな才能はないので、
こちらの方も仏壇屋さんが来られた時にお茶を出して
装飾の手段と目的についての根本的な話をする、というのが自分にできることだろうと思っている。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2013-12-05 03:47 | 草仏教
2013年 11月 15日

Haka(ハカ)と伽陀(かだ)

先日、オールブラックス(ラグビーのニュージーランド代表チーム)が来日していた。
日本代表のオールブラックスへの渾身の挑戦は、6-54というスコアで終わった。
それでも一昔前とは差を詰めてきている。
オールブラックスが試合前にやるHaka(ハカ、またはカマテ、カパオパンゴとも呼ばれる)が
いつもスポーツニュースで10秒ぐらい写される。
このHakaの儀式というか声をあげての舞のなかで
「がんばって、がんばって行こう!」
と聞こえる箇所があるなぁ、と昔から思っていたら
リポビタンDという栄養ドリンクのコマーシャルにオールブラックスが登場し、
まさにそのフレーズをテレビのCMでやっていたということもあった。
今回(といっても一週間以上前)の来日も
「リポビタンDチャレンジカップ2013」
という冠大会であり、大正製薬とオールブラックスとのいい関係はずっと続いているようだ。

そういえばスポーツニュースのなかで10秒ほど見聞きするということばかりで
ちゃんと最初から最後までHakaを見たことがないなぁ、と思い
「こういう時にはYouTubeだ」
と見だしたら、
「カパ・オ・パンゴ」と呼ばれる新しいバージョン(新ハカ)があったり、
ワールドカップ大会のものやらいろんな国や団体との対戦ごとのものがあったり
おもしろくて止まらなくなってしまった。
見ているだけでアドレナリンが分泌してくる。
そして、そのHakaによる鼓舞なりインスパイアーは相手チームにまで伝わり、
両軍を元気にさせているような気がしてきた。
テレビのスポーツニュースではまず見たことがなかったが
「舌を出す動作」
というのはけっこうポイントのようで、
お父さんがラグビー選手だった方から聞いた話によると
「ニュージーランドには舌を出した神がいるらしい」
ということだが、なぜ舌を出すのかはよくわからない。
NBAのスーパースターだったマイケル・ジョーダンは
シュートの瞬間によく舌を出していたが、
興奮のなかにも舌を出すことによって筋肉をリラックスさせ、最高のパフォーマンスをする
という意味があるのかもしれない。
また、ヨガには舌を出すことによって眼の奥から顔全体の筋肉のストレッチ的なものを
行うポーズがあった。(たしかライオンのポーズだったかな?)

Hakaの舞には対戦相手に対する敬意やその対戦の場と
機縁に対する感謝も盛り込まれているそうなのだが、
ただ、舌をペロッと出されては「舐められてたまるか」(文字通りだなぁ)
と相手チームも戦意が高まってくるように思えてくる。
さらに、これは私の耳がロバの耳で、あるいは品性お下劣なための空耳かもしれないが、
言葉の部分ではたぶん「Haka」と言っている部分が「ファック」や「ファッキング」に
聞こえてくる。
これも私が悪いのかもしれないが、欧米人の男をもっとも罵倒する言葉である
「マザーファッカー」
と聞こえてくる箇所もある。

とにかく、文章でHakaのことを伝えるのは至極難しいため、
画像は悪い(しかし投稿者には感謝します!)ものの
レッドドラゴンズ(ラグビーのウェールズ代表)戦の前のものが
見ていていちばんアドレナリンを分泌させてくれたので、
それをこのブログ記事のいちばん最後のところに貼っておきたい。

もうバソコン画面はハカ場となり、
Hakaの舞をついつい真似していたら
ハイテンションが過ぎてクレージーになったのでは?と息子が真顔で心配した。
小学生だったか中学生の最初の方だったか?
ついつい雲竜型の横綱土俵入りを真似していたところを
同級生に見られて恥ずかしかったようなずいぶん昔のことを思い出した。
最近の子どもは横綱の土俵入りを知っていても不知火型しか知らないな。
(現在の横綱の白鵬と日馬富士は二人とも不知火型だから)

ラグビーはニュージーランドの国技であるから、
最初はそういうところから大相撲の横綱土俵入りとの共通点ばかりが視野に入った。
あるいは、
「エイエイオー!」
この掛け声の歴史を調べていくと、私は新撰組が最初だという俗説を信じてきたが
戦の始めに両軍がこの声を出してから相対したそうで、
ラグビーもボールを使って陣地を取り合う格闘技に近いものはあるけれども
そっちは真剣(文字通り…)な格闘なんだなぁ。

私のHakaについての研究はあまりにもネット時代らしくお手軽なものであり、
その研究の成果をわずか一週間後に発表するにはおこがましすぎるのだが
ニュージーランドマオリ(ネイティブ・ニュージーランド人によるラグビーの代表チーム)が
Hakaを行ったことが起源とされ、伝承によるとオールブラックスのHakaは
1810年にンガティトア部族のテ・ラウパラハ族長が踊ったものであるとされる。
そして、ニュージーランドでは結婚式、葬儀、卒業式、開会式、歓迎式典など、
あらゆる場面で目にする機会が多いという。
そして、死者の御霊を供養し哀悼の意を表す形として
葬儀でHakaを舞うこともあると知ったところで、
どうも横綱土俵入りとか、鬨(とき)の声などとの関連ばかりを連想してきたが、
「あっ、そうか、これは私にとってもっと身近なところに関係あるかもしれない」
と思った。

私が行っている法要、法事のなかで、いちばん声を張り上げるのがいちばん最初である。
Hakaとちがって身体的な動作こそ入らないが、
冒頭に伽陀(かだ)というものをとなえる。
となえるというか、そのいちばん最初に儀式全体のなかでももっとも声をはりあげる。
「先請彌陀入道場」(ぜんしょうみだにゅうどうじょう)
弥陀(阿弥陀如来)よ、まずはこの道場にお入りになることを願いもとめることでございます
というような意味のところで、そのいちばん最初のフレーズにいちばん大きな声を出す。
まずビールとかとりあえずビールとかいう「まず」ではなくて、
「まず弥陀よここに入ってください」
と声をはりあげるところから儀式がはじまる。
それなくして儀式は儀式ではないのだ。
オールブラックスも、何かに試合会場に入ってもらっているのだな…
ますます心して儀式に臨まなくてはならない。

オールブラックスにHakaが欠かせないとしたら、
私の衣(ころも)も通常はオールブラックス(時々萌黄色とか薄栗皮色)であるという
こともあり、伽陀が欠かせない。

マーヒー加藤


[PR]

by kaneniwa | 2013-11-15 00:01 | 草仏教
2013年 10月 25日

草仏教掲示板(60) NO RAIN NO RAINBOW  雨が降らなきゃ虹は出ない

b0061413_14222545.jpg 「罪障功徳の体となる こおりとみずのごとくにて こおりおおきにみずおおし さわりおおきに徳おおし」親鸞聖人『高僧和讃』より   雨が降らなきゃ虹は出ない。悪いことが続いた後には必ずいいことがある、明けない夜がないように辛い体験は必ず報われる日が来るというようなことを言いあらわした言葉はたくさんあるような気がするけれども NO RAIN NO RAINBOW ほど鮮やかな言葉はない。モノクロームの世界である厳冬の荒野でオーロラに出会ったような鮮烈さだ。(オーロラは写真と夢のなかでしかみたことがないけれども)  NO RAIN NO RAINBOW  という言葉に出会ったのは、京都の一乗寺にある珍遊さんというラーメン屋で行われたハラダユキヒロ(原田博行)さんのライブ(ハラダイスカウンターショー)でのこと。NO RAIN NO RAINBOW という強いフレーズが何度も繰り返される印象に残る曲があった。いちばん最初はタワーレコードのキャッチコピーである NO MUSIC NO LIFE(音楽がない人生なんて)みたいだなぁと感じていたものが、楽曲のなかで何度も力強くリフレインされるたびに何と美しいメッセージであろうか?と虹色に刷り込まれてしまったのだ。この言葉を法語として掲げて一週間後、台風26号が伊豆大島をはじめ多くの土地に甚大な被害を与えてたくさんの死者まで出す大惨事となってしまった。この言葉を掲げていることが痛くも思った。今現在、台風28号は27号を追い越し、その27号が強い勢力を保ったまま日本列島を通過中である。台風情報に注意し、生き延びましょう。そして、ともに美しい虹に出会いましょう。


文・マーヒー加藤
書・日本人シャラポア (手根管手術の直前に書く)

2枚目の写真 女性オートバイ旅行の第一人者であるといっていい三好礼子さんが
       台風26号通過直後に撮影したものをフェイスブックからお借りしました。
        (掲載許可、ありがたくもいただきました)

3枚目の写真 神戸新聞社が、やはり台風26号通過直後に撮影した
       神戸市内にかかった低い弧を描く大きな虹。

b0061413_1422381.jpg


b0061413_14223128.jpg


[PR]

by kaneniwa | 2013-10-25 14:23 | 草仏教
2013年 10月 11日

草仏教掲示板(59) あきらめない自分をあきらめた

b0061413_19404216.jpg 現在、ニューヨークヤンキースに在籍しているイチロー選手が日米通算4000本安打を放った時のインタビューのなかで光っていた言葉。ニューヨーク・ヤンキースは勝ち越しはしたもののワイルドカードを含めてワールドシリーズへの出場機会は逃しておりポストシーズンの季節を待たずにすでにシーズンを終了した。イチロー選手の移籍があるかもしれないし、早いうちに掲載をしようと思った。しかし4000本安打というものはスゴいなぁ。このブログだってずいぶん書いてきたつもりだがこれが2337本目の投稿記事だ。そのうちヒットは何本あったことだろうか。あきらめない自分も含めてあきらめるというは、諦観であってただの諦観ではない。

マーヒー加藤 (文)
日本人シャラポア (書)
[PR]

by kaneniwa | 2013-10-11 19:53 | 草仏教
2013年 10月 03日

草仏教掲示板(58) チャンスは貯蓄できない

b0061413_13594981.jpgビジネス書からの孫引きを法語として掲載した。樋口康太郎さんというのはアサヒビールの中興の祖と呼ばれる人物である。チャンスということを「ご縁」とおきかえて法語として味わった。ただ「ご縁」からの連想で「自分のモテ期」ということをちょっと考えてみた。モテ期、すなわち自分がいちばんモテたのはいつの時期なのか?結果的に「それは子どもの頃」ということになるとちょっと淋しいので、最大のモテ期はこれからやってくるのではないか?と楽観的にかまえている。まあ結婚も16年ほど前にしたし、そんなにモテる必要はないのだが、考えたらモテたいという気持ちがいちばん強かった時期がいちばんモテなかったような気がするので、煩悩は複雑である。そして、煩悩をこじらすとめんどうだなぁ。チャンスというものは貯蓄できない。チャンスのために努力をし、貯金をし、能力を鍛えて体力を蓄えるということはあるかもしれないが、ご縁とかチャンスというものがやって来てくれるかどうかはわからない。自力を尽くすことや努力が尊いことは当然だが、その努力の根源となる「やる気」とか「元気」とか「勇気」というものはご縁とかチャンスから与えられるものである。それによってふと沸き起こるものである。そこんところが「自力の根底をささえる他力」となっているような関係なのだと思う。



文 マーヒー加藤
書 シャラポア(日本人)
[PR]

by kaneniwa | 2013-10-03 14:00 | 草仏教
2013年 09月 23日

草仏教掲示板(57) 本当の相続は形あるものより形なきもの

b0061413_22221112.jpg 本当の相続は形あるものより形なきもの この言葉は私の祖母と叔母の法事の時に先輩僧侶が法話で語っていただいた言葉のなかにあったもの。先輩僧侶は相続問題の仲介に入ってたいへんに嫌な思いをして言われた言葉であった。金融機関に用時で行った時に、亡くなった人の預金が下ろせないとか、その逆に何で下したとかのもめごとをはたで聞く機会が何度かあった。資産という、分かち合うというよりは分割しななければならないものについてのもめごとは、はたで見ているだけでも何だか辛いものがあった。きれいごとのようだけれども、教え(それは必ずしも一見宗教的なものでなくても…)こそ相続すべきものなんだろうなぁ。

文 マーヒー加藤
書 シャラポア(日本人)
[PR]

by kaneniwa | 2013-09-23 22:35 | 草仏教
2013年 09月 13日

草仏教掲示板(56) ロベルト・バッジョの言葉

b0061413_14251568.jpg ロベルト・バッジョの言葉である。この言葉を映像的にとらえるとしてPK(ペナルティキック)を想像してみたい。PKがゴールに入るか入らないかという誰もが気になる「結果」とか「成果」はそれを蹴る直前までは未来の話である。誰が蹴るか、それを決めるのが「今でしょ」の話となる。1994年のFIFAワールドカップ(アメリカ合衆国開催)の決勝戦、怪我をおして強行出場したロベルト・バッジョは激しい延長戦を含めて限界まで闘い抜き、それでも決着はつかずにワールドカップ史上初めてのPK戦となった。テレビから見ていても疲労困憊(こんばい)などという表現を越えた状態であったバッジョがPKを蹴る5人のなかには入らない方がいいのでは?なんて思った。ただ、また同時に決勝戦まで勝ち抜いたプロセスからしてもバッジョ以外の選手にPKを蹴らせることに納得できない気持ちもまた多くの人のなかに交錯したことであろう。そしてバッジョが蹴ったボールはゴールポストのはるか上を通過してイタリア代表はブラジル代表に負けたのであった。ガンバ大阪の遠藤保仁のコロコロPK(相手ゴールキーパーはPKが蹴られた瞬間に左右のどちらかに跳ぶことがほとんどなのでど真ん中に転がして入れる)でも決まることが多いので(もっとも普段の遠藤選手があってこそ意外性のコロコロも決まるのだが…)「オレが蹴った方がよかった」と思ったイタリア人は多かったのではないだろうか。テレビなどで野球を見ていて「リリーフ投手が満塁ホームランを打たれるなんて最悪の結果になるなら、あの一球はオレが投げた方がよかった」なんて思うことがある。それを思ったり口にするにしても居酒屋でつぶやくぐらいなら無邪気なものであるが、実際にはそのマウンドにオレが上がる資格はまったくない。野球は大事な趣味ではあるが、それに人生を賭けているわけではない。1998年のフランス大会でPKを外してしまったイタリア人選手にバッジョはこう言葉をかけている。「PKを外すことができるのはPKを蹴る勇気をもった選手だけなんだ」と。 最後に、ロベルト・バッジョもそうだが仏教系新興宗教(正確には新興から世代を重ねて既成教団へと移行中ではないかと思われるところ)と深い結びつきがあることで、そういう人の言葉を選んで法語として掲示することに苦言を呈されたり揶揄(やゆ)されることがあるのだが、私は自分の思いを越えて響いていく言葉という壁のない世界にわざわざ壁を作ることはバカらしいと思っている。

文 マーヒー加藤
書 シャラポア(日本人)
[PR]

by kaneniwa | 2013-09-13 15:18 | 草仏教
2013年 08月 29日

草仏教掲示板(55) 余命というものがそうじゃない命とどう違うのか

b0061413_18242223.jpg 「余命というものがそうじゃない命とどう違うのか」という伊集院静のこの言葉は、週刊誌(週刊文春です)のなかの「伊集院静の『悩むが花』」のコラムというか読者相談コーナーのなかにあった言葉である。その相談自体は半年以上前のことであるから忘れてしまったのであるが、伊集院静は若くして余命というものを宣告されて亡くなった夏目雅子とともにその期間を夫婦として生きたのだなぁ…という思いとともにこの言葉だけがずっとずっと頭に残っていた。なぜこの言葉が頭から離れないかといえば、これは伊集院静自身の自問のような言葉でありつつ、それは私のようなものにも問いかけをおこしてくるからだろう。 この言葉自体とは直接は関係ないけれども最近『ホテルローヤル』で直木賞を授賞した桜木紫乃から、ちょっといい話を聞いた。桜木紫乃は2002年にオール読物新人賞を授賞して小説家としてデビューした後で伊集院静の『羊の目』という小説を読み、価値観というものは人の数だけあり、誰にも決められないと教えられたという。ラブホテル屋の娘であるということも自分でいいやと思っていればいいし、そうすると親の生き方も肯定できるようになったそうだ。直木賞を授賞した時に「神崎武美」という人から花が届いたという。最初はまったく気がつかなかったが、桜木紫乃が部屋で一人、ほっと一息入れた時に、その「神崎武美」という名前が『羊の目』の主人公の名前であったこと、つまりは伊集院静からの花であったことにハッと気がついたという。物語のなかの架空の名前というものが、そうじゃない名前とどう違うのか、粋な大人の流儀である。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2013-08-29 18:44 | 草仏教
2013年 08月 16日

『歎異抄』って親鸞と唯円との本音トークが収められた本なんだね!(3)

というわけで、
親鸞のプロフィールと『歎異抄』という書物についての紹介を聞いていた
若者たちがラジオから
「シー様ってヤバくてカッコイイ!」
という絶賛の声を口々にあげていたことで色々と思い出したことがあった。
その声に触発されたのだと思う。

藤田 ジャクリーン(フジタ ジャクリーン)教授 のことである。
実は私が子どもの頃から、このジャクリーンさんと面識があった。

ジャクリーンさんは、16歳だったか、18歳だったか、とにかく若い頃に
フランス語訳の『歎異抄』を手にとった。
特に第二章の文章に衝撃を受けられて
「もう読む前の自分に戻れなくなっていました」
とおっしゃっていた。

ジャクリーンさんの言語感覚というのが、私は子どもの頃からスゴイと思っていた。
思えば、
聴く以前の自分に戻れなくなる音楽を求め、
観る以前の自分に戻れなくなる映画を求め、
目にふれる以前の自分に戻れなくなる絵画を求めてきたはずなのに、
イカンなぁ、最近は50歳を目前にすべてが単なる情報処理という生き方をしている私だ。

とにかく、それからのジャクリーンさんは「ベットの下貯金」を始められる。
親鸞の居る国、日本へと旅立つためである。
ジャクリーンさんが『歎異抄』という書物に接した時に、
このような人間というものについての本音トークを交わす
親鸞という人が中世の人であったということはとても想像できず、
存命していて思想界の先端をいく現代人であると思い込んでいらっしゃったという。

とにかく実際に若きジャクリーンさんはシベリア鉄道に乗って船で日本海を渡り来日される。
日本語はほどんど知らず、
ただひたすら手を会わせて「南無阿弥陀仏」の声を発するだけの妙なパリジェンヌとして。

やがてジャクリーンさんは信國淳先生と出会われる。
信國淳先生は作家の大江健三郎が生涯の師と仰ぐ渡辺一夫さんと
東京帝国大学文学部仏文科での学友でもあった。
「信國先生は、フランスの田舎のおじいちゃんソックリなフランス語を話していました」
とジャクリーンさんはおっしゃっていた。
ついでに言えば、この信國淳先生がマーヒーの本名の名付け親である。
私の両親は両親とも信國先生のもとで働くことを生きがいとしていた。
ただ、私にとっては幼稚園や小学校から帰ってからいつも喫茶店に連れ出してくれる
優しくおもしろいおじいちゃんのような存在であった。

信國先生とジャクリーンさんとのフランス語の会話は、
はたで聞いていてとてもわかるものではなかった。
たぶん、今でもほとんど何について何を語られていたかわかないだろうが…
日本語の方は、繰り返すが子ども時代から何と優れて新鮮な言葉を発する人なんだろう…
とジャクリーンさんを見ていた。
そのジャクリーンさんは親鸞のことを宗祖ということを強調する「親鸞聖人」とは呼ばず、
「親鸞さま」とも呼ばず、常に
「親鸞おじさん」
と呼んでおられた。
東本願寺のことは
「親鸞おじさんのお家」
であり、真宗大谷派の関連学校は
「親鸞おじさんの学校」
と呼んでおられた。
ただし、ニュアンスとしてそこには大きな親しみをこめつつもリスペクトの念もこめられていた。

信國淳先生が亡くなられた時にジャクリーンさんは
「信國先生は、私の『よき人』でした」
とおっしゃった。
この「よき人」という言葉は歎異抄の第二章で親鸞が法然を仰ぎ見つつ、
その尊敬とともに大いなる親しみもこめて語った言葉であろう。
そして、そのまま若き日のジャクリーンさんを
読む前の自分に戻れないほどの衝撃を与えた『歎異抄』の原文のなかの言葉だった。

そしてこれは穿った見方かもしれないし、偏見そのものかもしれないが、
信國先生亡き後のジャクリーンさんは
「親鸞おじさんのお家」にも「親鸞おじさんの学校」にも足を運ばれなくなった気がする。

ともかく良くも悪くも「宗祖としての親鸞聖人」という意識が私には強すぎるのだと思った。
だからラジオから聞こえてきた「シー様」という呼称に大いに新鮮な空気を吹きこまれた。
ただ、その若者たちの真似をして自分も「シー様」と呼ぶことには抵抗があり、
ジャクリーンさんの心を受け継がないままに形だけ「親鸞おじさん」と呼ぶことも不遜だ。

そこで、私は密かに(と言いつつブログに記しているが)
「テンドンさん」
と親鸞聖人のことを呼ぶことにした。
これは別に儀式や研修会をはじめ公共の場でその呼び名を広めたいという意図はない。
私自身と、ほんの数人の私の仲間内のなかでそう呼んでみたいと思った。
なぜ「テンドンさん」かというと、親鸞という名のりは
インドの天親(てんじん)と中国の曇鸞(どんらん)から一文字づつをとって名乗ったのだ。
下の方をとったから親鸞(しんらん)となったわけで、
上の方をとったら天曇(てんどん)という名前になっていたからである。
親鸞と言うとどうしても長年の習性で聖人となってしまうので、
自分のなかでは、これからは「テンドンさん」なのである。


マーヒー加藤  本名 加藤 真人 (かとう まひと)
[PR]

by kaneniwa | 2013-08-16 23:33 | 草仏教