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2006年 06月 30日

なぜオヤジはオヤジギャグが好きなのか オヤジギャグ研究(4)

さて、(このブログ記事は続編です) スポーツ紙の見出しでダジャレが出てくるのは、
思うに日本だけではないと思う。適切な例ではないかもしれないが、他にあまり思い
浮かばないので・・・最近英字新聞で IGUCHI WHITE HOT !  
という見出しがあった。 WHITE HOT というのは、
手元のジーニアス英和辞典(大修館書店)を繙(ひもと)けば

white-hot
1 〈金属が〉 白熱した(←→ red hot) 
2 [比喩的に] 白熱した, 熱烈な.

と出ている。井口選手が守備での超ファインプレーをした試合の様子だが、彼の
熱のこもったプレーぶりと、シカゴホワイトソックスのホワイトをかけているのだ。
ホワイトソックスのメンバーとして井口選手が欠かせない存在になってきたことも
このひと言であらわしているような気がする。

忘れられない英語での見出しは、1991年のMLBワールドシリーズ。この年の
マーヒーは合衆国に住んでいた。アトランタブレーブスはミネソタツインズに
まず敵地で2連敗し、アトランタに来てから快勝したのだが、その時の見出しが
 There is no place like Home.(我が家に勝る所はない)
だったのであるが、このタイトルに併せて掲載された写真はブレーブスの選手が
ホームベースに滑り込むところ。
つまり、1戦2戦は、敵地でツインズのジャク・レモンなどのエース級に手も足も
出なかったのが、3戦目からの本拠地(ホーム)では、ツインズの三番手以降の
投手にブレーブスの打線が活性化し、生き生きとプレーしながらホームベースに
到達した(よく点が入った)ことを、このたったひと言であらわしていたので忘れられない。

このように、ダジャレと言っても、英語の見出しはかなり洒落ているものが多い。
同音異義語が多い日本とは違うにしても、オヤジギャグと言うよりも、まあこういう
言い方自体がベタだが、「小粋なアメリカンジョーク系」 とでも言うべきものが多いようだ。

あれれ、日本のスポーツ新聞のことについて書こうと思ったが、さっそく脱線してしまった。
これから私は眠いのを我慢して、サッカーのドイツVSアルゼンチン戦を見なければならない。

オシムらくは、ここに日本代表が残っていないことだが、
やめてけれジーコジーコ 点をトルシエ

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-06-30 23:54 | 雑草
2006年 06月 30日

なぜオヤジはオヤジギャグが好きなのか オヤジギャグ研究(3)

今の時代、女性が参加できないオヤジだけの世界などというものはほとんどないが、
一般的な通念として、オヤジたちの憩いの場所というか、オヤジたちがたむろす場所と
してふさわしい場所をいくつかあげてみたい。

サウナ、競馬場、競輪場、競艇場、野球場(スタジアム)、焼肉屋、定食屋、居酒屋、
ラーメン屋、安いモーニングサービスのある喫茶店、駅の片隅にある喫煙所、
雀荘(これはブログの一つ前の記事で言及)、ゴルフ練習場・・・etc

これら、オヤジがたむろすのにふさわしい場所で、共通に、もっとも読まれているものは
何か。
そう、スポニチ、日刊スポーツ、デイリー、報知、サンスポなどの
スポーツ新聞である。
さらにプロレス・格闘技系に伝統のある東スポや、夕刊系のタブロイド判のものを
含めていい。

これらスポーツ紙には、オヤジたちが好きな競馬、競輪、競艇などのギャンブルに
ついての情報が満載で、麻雀も「こういう場合は何から切ればいいか」などのクイズ形式
のひとくちメモなどの小記事が必ずといっていいほど載っている。
それからもちろんスポーツ新聞であるからスポーツの報道は中心なのだが、たとえば
サッカーの扱いなどを見ていても、ワールドカップなどの世界的大会については別格だが、
通常はオヤジの好きな野球、大相撲、ゴルフに、より多くの紙面が与えられている感じがする。

それから、書きにくいことであるが、宅配のスポーツ紙と違って、駅売りなどのスポーツ紙
には、スポーツ新聞各紙うしろから4面目あたりに、とびきりオヤジたちが好きなページや
特集が組まれている。
 ※これは、マーヒーの心がけがいいから書きにくいのではなくて、たとえば
  アダル○な雰囲気、などという文章をブログ上に書いただけで、何だか
  アダ○ト系のトラックバックが大挙してやって来て、削除するのに大変な感じが
  するからです。ちょっと過剰反応かもしれないですけど最近、大挙してやってきて
  削除にたいへんなことがあったもので・・・

さてさて、これらスポーツ新聞の見だしやリード文、さらには記事の結びの文は、
オヤジギャグの宝庫である。週刊文春、週刊新潮、ちょっと若めのオヤジ系でSPA!など、
確かにオヤジ系週刊誌も見出しなどを中心にオヤジギャグは多く見受けられる
のだが、スポーツ新聞はさらに業界全体でオヤジギャグの流布・布教に使命をもってつとめて
いるのではないかと思えるぐらいに満載されている。チーム名、選手名、得意技、地名などの
名称はすべてダジャレの対象となり、通常の文章がタイトル、書き出し(リード文)、結びの
順番で考えられていくとすれば、聖書は「はじめに言葉ありき」という書物だが、
スポーツ新聞というものは 「最初にオヤジギャグありき」 と言っていい印刷物である。

このオヤジたちが大好きなスポーツ新聞を、オヤジたちは自分たちの憩いの場所で読み、
そこに満載されたオヤジギャグは、印刷物として紙にインクが刷り込まれるのと同時に、
オヤジたちの意識に刷り込まれていく。思わず 「くだらねぇ~」 とつぶやきたくなるような
オヤジギャグであるほどにそれは意識の底に刷り込まれ、日常の論理的思考で左の脳が
疲れた瞬間に右脳がうずき、実際に言葉となって刷り込まれたものが吐露(とろ)される。

ちなみに朝日、毎日、読売でも、スポーツ面にだけは時々、見出しに驚くようなオヤジギャグ
が登場してビックリすることがある。さらには共同通信などにも、この場合は主にタイトル
だけだが、スポーツについての情報発信の際にオヤジギャグが登場することがある。
なぜなんだ。オヤジギャグ研究の最後は、このスポーツ報道の作り手の立場に立って
論考をすすめたい。

長い記事、最後まで読んでいただいてありがとう。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-06-30 01:32 | 雑草
2006年 06月 29日

なぜオヤジはオヤジギャグが好きなのか オヤジギャグ研究(2)

なぜ、オヤジはオヤジギャグが好きなのだろうか。

その論考をすすめる前に、オヤジギャグはどこで生まれているのか。
これは、回答でいえば 「いろんなところで生まれている」 と言うしかない。
限定的な言い方はできないが、オヤジギャグが生まれてくる原風景のような場所と
して、雀荘(じゃんそう)をあげたい。ここは、もっともオヤジギャクが飛び交いやすい
場所である。

麻雀(マージャン)は、牌(はい)を使ったゲームであり、3人でやる変則ルールも
あるが、通常は4人でやる。女性で麻雀をやる人も多いだろうが、まず、今でも
麻雀を楽しむのは圧倒的にオヤジが多い。学生など若い人で麻雀をやる人は減っている
ような気がするので、ますますオヤジが目立つ。ゴルフなどもそうだが、まず3人以上の
オヤジが楽しみのために集結してくるところから、すでにオヤジギャグが生まれそうな
雰囲気が漂ってくる。しかも、ゴルフは意外といっしょに対面しているような時間は
短いが、麻雀は4人が常に1メートル四方もないような距離で顔をつきあわせている。

さて、この麻雀は、トランプゲームのポーカーやブリッジに比べても、ゲームの
最中に考えなければいけないことが多い。自分の手はもちろんのこと、他の三人が
どんな目的で何を狙っているか、常に気にかけていなければならない。
おそらく、自分でも信じられないぐらい脳が活性化されていくゲームなのだろう。

そのようなゲームの最中、もちろん、無駄話をしながら麻雀を打っているのであるが、
こういう時(麻雀の最中)、手のこんだ高度なギャグやオチがあるような論理的なギャグは
むしろ嫌われてしまう。論理的な思考の方は四人とも麻雀のゲームの方にほとんど使って
しまっている最中なので、こういう場で好かれるのは「バッカだなぁ」と言われるような、
オヤジギャグである。

会社などで、四人ぐらいがプロジェクト・チームを組んで、パソコンと向き合ったり
して時々キーボードを叩いている光景は、もちろん遊んでいるのではなくて仕事を
しているのだが、何だか特に残業なんかだと麻雀に似てくる。頭の方は、こちらも左脳の
方がフル回転して没頭し、集中しているのであるが、こんな時こそ感性を支配する
右脳が、何だか不条理なギャグを言いたくてうずくのがわかる。右脳はうずくのだ。
こういう時、とってもおバカなオヤジギャクのヒット作が生まれたりしやすい。
そのギャグは、今、ここで書いても全然おもしろくないだろう。ただ、論理的思考に
左の脳が疲れ切っている状況ではたまらないおもしろさ、可笑しさをかもしだす。

実際に、私の知っている東京在住のある住職さんは、大橋巨泉と行きつけの
雀荘がいっしょで、大橋巨泉はしょっちゅう放送作家などといっしょに打ち合わせ
(これがホンマの打ち合わせ)をその雀荘でいつもしていたという。

「アッと驚くタメゴロー」をはじめ、『ゲバゲバ90分』で使われていたような、
論理的思考では不条理でしかないギャグは、すべてその雀荘で生まれていたと、
その住職さんは証言する。


さて、自分でも予想しなかったが、オヤジギャク研究は、さらにまだまだ続く。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-06-29 13:47 | 雑草
2006年 06月 28日

なぜオヤジはオヤジギャグが好きなのか オヤジギャグ研究(1)

暖かくすることもあるオヤジギャグ (加藤まひと) という川柳をつくったことがある。
(2004年2月7日 ポップドラゴン みんなの一句)

ああ、寒ぅーと言われてしまうオヤジギャグであるが、時には人を和ませ、時には
心暖めてくれることもあると思う。

しかし、オヤジギャグは嫌われ、寒いと言われる。その寒さの所以(ゆえん)を考察すれば、
 「安易な発想」 (肩の力が抜けた発想とは微妙に違う)
 「お手軽な真似」 (真剣な模倣とは異なる)
 「ひねりのない簡素なダジャレ」 (熟考された洒落とは異次元のもの)
という3点がとりあえず浮かぶ。

たとえば、残り少なくなった瓶ビールの底にたまったビールを 
 「さぁひとつ濃ゆいところをどうぞ」などと言うのは、
オヤジ同士のビールのつぎ合いの定番となっている一種のオヤジギャグだ。
しかし、たとえばこのギャグを、昔すぎてもういつ頃だったかも忘れたが、
初めて耳にした時にはかなり新鮮だった。今ではもちろんその鮮度は極度に薄れた。
こんなのは最初に言った人が誰であるかなんて調べようもないが、
ビールをお茶系統の他の飲み物に見立てるボケはなかなかだと思った。

同じく、刺身の盛り合わせなんかで、一切れだけ残ったマグロなんかを
 「遠慮のかたまり」 などと表現するのも、これも今では信じられないが、
最初に耳にした時には、何と優れた言語感覚なのだろうと感じた。

ダジャレ系で言うならば、ゴルフ場を3人~4人でまわっているオヤジグループの誰かが
バンカー(砂の障害物)にボールを入れると 「いやんバンカー」 と言ったりする。
オヤジギャグの典型である。私の知る限り 「いやんバンカー」 を初めて世に問うたのは
明石家さんまであり、 オヤジギャクの寒さは、それが流行もしくは世に流布(るふ)して
きたとたんに安易に、お手軽に、ひねりなく言ってしまうところにその所以がある。

長くなったので後日後編エントリーを書いていきたいと思うが、ちなみに、最後に
ゴルフの例を出したが、私の論考のなかで、オヤジギャグとスポーツの世界は、
実に密接な関係がある。

マーヒー加藤  
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by kaneniwa | 2006-06-28 02:21 | 雑草
2006年 06月 26日

今年もドラマが起こるマウンドの上で

b0061413_2352140.jpg6月22日に、私たち草野球チームなんちゃってヤンキースのメンバーが練習を行った。素晴らしいグランドが取れたのだが、けっこう急に確保できた場所だったために練習試合の対戦の相手が見つからず、とてもぜいたくなことだったがこの場所でノックなどの練習会ということになった。その練習開始前のひと時に、きれいに整ったマウンドの前で「今年もよろしく」というあいさつをした。レベルは草野球であるが、昨年この場所でわれわれなんちゃってヤンキースは、6-7の試合と0-4の試合をしていて、この場での勝利こそ経験していないものの、すでにこの場への思い出と深い愛着があるのだ。外野の芝は、美しく短く刈り込まれていて、それを見ているだけで何だか深呼吸をしたくなってくる。この球場は新潟県新発田市の五十公野野球場。この場所はもうすぐ高校野球新潟県予選の重要な会場の一つになる。このマウンドの上で、打者を打ち取ってガッツポーズする若者もいるだろうし、もしかしたらサヨナラ打を浴びて呆然と立ちつくす若者もいるかもしれない。

BYマーヒー 草仏教ホームページ
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by kaneniwa | 2006-06-26 00:01 | 草野球
2006年 06月 25日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第35段)

手のわろき人の、はばからず文書きちらすはよし。
見苦しとて人にかかするはうるさし。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第35段)

b0061413_23144891.jpg


字が下手くそな人が遠慮なくどんどん手紙を書くのはポジティブな快進撃だ。
それにくらべて書く字がみっともないからといって代筆をたのむのはネガティブだ。

超訳BYマーヒー


さて、今回は、現在開催中のスポーツの世界的大会にちなんで、
浮かんできたもう一つの超訳を披露いたします。


シュートが下手でもがむしゃらにシュートを打っていく奴は小気味いい。
シュートが苦手だからといってシュートチャンスに他の選手にパスをしてしまうのは見苦しい。

BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-06-25 23:21 | 徒然草
2006年 06月 23日

ワールドカップのブラジル戦(テレビ観戦記)

前日は夜10時に眠り、万全を期して午前4時にテレビの前に座った。

フィリップ・トルシエ前任監督と、ジーコ監督(ジーコの本名は長すぎるので省略)とは、
ヨーロッパ伝統の組織サッカーと、南米特有の個人技と豊かな発想でのサッカーと、
目指すものも性格もまったく違い、好対照の二人だが、宗教的な面から見ると、
二人ともにキリスト教のカトリックの信徒である。二人の子どもの頃、まったく違う環境で、
まったく違うスタイルのサッカーを覚えていったのだろうが、カトリックの祈りとサッカーの
日々があったことであろうと感じた。

時を同じくして、激戦のグループで予選を突破したガーナの選手たちは、
米国に引き分けて決勝トーナメント進出(ブラジルと当たることになる)を決めた
瞬間に、ごく自然に大地(ピッチ)に、たぶん彼らの子どもの頃から身にしみこんでいる
スタイルで祈りを捧げていた。
ガーナのサッカー協会会長のニャホ・ニャホタマクロー氏(本名)も、
もしかしたら、同じスタイルで祈っていたかもしれない。

日本のサッカーは、オフト監督以前に比べれば、世界レベルの技術と体力については、
格段の進歩を、しかもものすごいスピードで成し遂げたに違いない。

でも、オーストラリア戦とブラジル戦、先制点をあげて大きな夢を持たせてくれた後に、
それを同点にされただけで下を向き、慌てふためき、どこか投げやりになっていった。
そこにあるのは祈りではなく、頭の計算での願望的プランであった。
それがうち砕かれたという現実があるだけだった。

別に、メンタル面を鍛える目的で仏教を利用しろ、などと言うつもりは毛頭ない。
そういう利用は現世利益であって親鸞聖人などもそれは多分嫌ってきたのだ。

しかし、身の底からわき上がるような祈りがなかった。シュートが外れようが入ろうが、
私には信じているものがあるので、それにすべて任せるので自分に生き生きと全力を
出させてくれ、という祈りはなかったのだ。

マーヒー加藤

※ 文中、ニャホ・ニャホタマクロー氏を、ガーナサッカー協会会長とご紹介させて
  いただきましたが、今年の5月11日に、ニャホ・ニャホタマクロー氏は、ガーナ
  サッカー協会会長を辞任されているとのご指摘をメールで受けました。
  ブログのエントリー記事の構成上、訂正はいたしませんが、私の認識の
  不徹底をお詫びさせていただき、ここに報告させていただきます。
    (6月23日 マーヒー)

※(補足その2)この記事本文について、ジーコ氏がカトリックの信徒であるという
  根拠は何ですか、というご質問のメールがありました。トルシエ氏がカトリックの
  信徒であるということはけっこう有名なことのようでですので、説明は割愛させて
  いただくとして、まず、マーヒーは実はブラジルに6ヶ月間住んでいたことがあるの
  ですが、まずジーコ氏の父親がポルトガルからの移民であったということと、
  あるスポーツ雑誌(ナンバーであったと思うのですが、記憶が定かではありません)
  でのインタビューで、「私はカトリックの信者であるので、日本のファンから神様と
  呼ばれることについては、ありがたいことではあるが実は心苦しく思っている」という
  内容のコメントを読ませていただいて、カトリックの信徒との自らの名のりと、さらに
  一種のニックネームとしての「神様」にさえ恐れ多さをもっていらっしゃることから、
  まず、間違いなく敬虔(けいけん)なカトリック信者に間違いないと判断しております。
  なお、ジーコ氏が話せる言語はブラジルの公用語であるポルトガル語の他は、
  イタリア語です。これはセリエA(サッカーイタリアリーグ)の関係かもしれませんが、
  カトリックの総本山であるバチカンへの関心からでもあるのではないかと考えます。
  まあ、同じラテン語系言語で似ていますけれど。ちなみに日本語は・・・・・・・
  まあジーコの口から聞いた日本語は日本人サッカー選手の名前と・・・・・・・
  あと 「ショウフクテイ・ショウヘイ」 と口にしたことがありますが、これも人の名前ですね。
 
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by kaneniwa | 2006-06-23 08:31 | 雑草
2006年 06月 20日

墓場に飛んだシャボン玉

b0061413_1275485.jpgあれ、飛蚊症(網膜剥離などの目の病気で起こる症状)になっちゃたのか、と思ったらマーヒーの4歳の息子が寺の境内でシャボン玉を飛ばしていた。野口雨情作詞のシャボン玉の歌はさびしい。その歌詞は、なかなか子宝に恵まれなかった野口雨情が、生まれてすぐ、わずか七日目に亡くなってしまった娘さんに捧げて書いた詩だと聞いたことがある。墓の上に飛んで消えていくシャボン玉は、美しくもあり、悲しくもあり、何だか思いがけない光景だった。


  シャボン玉  野口雨情
 シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
 屋根まで飛んで こはれて消えた

 シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
 生まれてすぐに こはれて消えた

 風々吹くな シャボン玉飛ばそ
                     (大正11年11月「金の塔」発表)
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by kaneniwa | 2006-06-20 01:27 | 草仏教
2006年 06月 20日

日本代表VSクロアチア戦観戦記

われらが草野球チーム、なんちゃってヤンキースの総会をカラオケBOXという場所で
行い、午後9時30分には会合を終え、その日は臨時にスポーツバー状態になっている
普段はイタリアンのお店に行こうということになったが、まず、相当なサッカーファンも
メンバーのなかにいるので申しわけなかったが、総会が長引いてしまった。

なんせ、今年から軟式野球のボールが若干硬めになっている。打球の飛び方も
ちょっと硬式ボールに近づいた。それで軟式でもヘルメットの着用が推奨されていて、
その財源をどこから捻出するかという問題などで、会議が長引いてしまった。

で、10時ちょうどになって、野球メンバーのなかの有志がイタリアンのお店に行くと、
店の中から笛と太鼓の音が聞こえてくる。何というか、スポーツバー的な雰囲気は
好きなのだが、スタジアムでの観戦ではないので「何か違う」ということで、徒歩で
なんちゃってヤンキースのメンバーの一人がやっている居酒屋を休みの日なのに
開けてもらって、そこで6名の草野球仲間とテレビ観戦をした。

キックオフにはもちろん間に合わず、テレビのスイッチを入れると、ちょうどPK
(ペナルティ・キック)の大ピンチ。川口がセーブして6人はさっそく盛り上がる。
(しかし、考えてみれば、この場面が最大の盛り上がりだった)

川口がイレギュラーバウンドのボールを危うくゴールに入れそうになって冷や汗。
ハーフタイムにビールを飲んで、サイドチェンジの後半、「あそこを狙え」
(あそことは、ゴール近くのイレギュラーバウンドがあった芝生の切れ目)という
声援をなんちゃってヤンキースの背番号13のモス・ラモスが叫んで、これが
観戦中でいちばんウケた声だった。

後半もロスタイムに入った時、「これは勝てるかも」とマーヒーは叫んだ。何だか
野生のカンがはたらいたのだ。でも、その予感は甘い予感だった。
甘い予感は、やはり甘かった。

しかし、これでブラジル戦は、少なくともワールドカップの悲しき消化試合では
なくなった。何だか計算すると、あのブラジルに2点差以上をつけて勝たないと
予選突破の可能性はゼロということのようだ。しかし、まったくのゼロとゼロに
近いのは大違い。まったくワールドカップという場は何が起こるかわからないという
奇跡を期待して、ブラジル戦に向けて早起きをする。

BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-06-20 00:23 | 雑草
2006年 06月 19日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第34段)

甲香は、ほら貝のやうなるが、ちひさくて、口のほどのほそながにしていでたる貝のふたなり。
武藏の國金澤といふ浦にありしを、所の者は、「へなたりと申し侍る」とぞいひし。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第34段)

b0061413_23184762.jpg


甲香(かいこう)というのは仏事のお焼香の時にも使う練香(ねりこう)の
材料にもなる貝のヘタの部分の名称でさ、形はほら貝に似ているんだけれども
サイズはぐっと小さくて、そのほら貝状のヘタの部分なんだよ。
産地は横浜の金沢区だよ。その横浜ネイティブというか、横浜ロコは
これを「甲香のことは『へなだり』って言う方がイカスじゃん」と言った。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-06-19 23:57 | 徒然草