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2006年 08月 31日

因速寺さんのブッディ・サロン

毎日新聞を購読、もしくはキオスクやコンビニで買うという人は、
ここのところ金曜日には 「暮らしの中の宗教」 という特集企画があるのをご存じ
だという方も多いだろう。

たとえば先週の8月25日は、その第3回目で、静岡県のサンガ天城という
日蓮宗の尼寺で、DV(家庭内暴力)などに疲れた女性たちの駆け込み寺が紹介されて
いたが、どうやら、明日の特集は、東京都江東区の因速寺さんのブッディ・サロン
が紹介されることになると思う。

因速寺さんのホームページには、この草仏教ブログもリンクを貼っていただいているし、
住職の武田さんとは10年ほど前には頻繁にお目にかかる機会があり、いろいろな影響を
受けているのだ。

まず、因速寺さんのホームページの住職のつぶやきという日記形式のコラムは、
2002年の10月2日の開設以来、今日までずっと継続されてきている。

これにエライなぁ~(武田さんの場合、継続がエライだけでなくて中身の濃さがスゴイ)と
感じて、マーヒーもまずは週に1回でもと、このブログの前身で2003年頃に、
ホームページの一部分、データーベースを使って「草仏教週一日記」というのを始めた。

それから、これはそれよりももっと前になるけれども、武田さんは、武田夢中の柳名で、
 親の許可ないといたずらできない子 (1995年9月12日毎日新聞万能川柳)
を最初に
 シラフだと迷って行けない店なんだ (1996年6月12日毎日新聞万能川柳)
まで、6句を初期の毎日新聞万能川柳に掲載されており、特に、1996年6月12日の句は、
ちょうど東京の事務所でマーヒーが毎日新聞を読んで、「この万能川柳はおもしろいですね」
と言ったら、隣に座っていた武田さんが、「あ、この武田夢中ってボクだよ」と、ヒゲをさすり
ながらさりげなく言ったのがカッコ良くて、考えると一種の返句になっているが
  迷い道近道見つけるチャンスかも (2000年10月22日毎日新聞万能川柳)
と初めて作った川柳が、加藤まひと(柳名)のデビューであったが、これ、五・八・五じゃん。
ああ、カッコワル~。

その他、カラオケで武田さんが、憂歌団の 「10$の恋」 という、ちょっと意表をつく
選曲を入れて歌ったのが、これがちょっと良くて、DAMなどの通信カラオケ全盛の今、
マーヒーも「嫌んなった」や「シカゴ・バウンド」などを歌っている。

って書いてきて、そんな影響ばっかりかい! という声が聞こえてきそうになったが、
まずは明日のブッディ・サロンの記事を読んでから。

加藤まひと (マーヒー加藤)
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by kaneniwa | 2006-08-31 20:21 | 草評
2006年 08月 30日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第47段)

或人清水へ參りけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、
道すがら「くさめ くさめ」といひもてゆきければ、
「尼御前、何事をかくはのたまふぞ」
と問ひけれども、いらへもせず、なほいひやまざりけるを、
度々とはれて、うち腹立ちて、
「やや、はなひたる時、かくまじなはねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の比叡山に
兒にておはしますが、ただ今もやはなひ給はんと思へば、かく申すぞかし」
といひけり。 有り難き志なりけんかし。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第47段)

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ある人が清水寺に参詣したのであるが、一緒についてきた年老いた尼さんが
道すがら、「くさめ、くさめ」言い続けて歩くので、
「尼さま、何をおっしゃっているのですか」
と尋ねても、返事をしないで謎の言葉を言い続けているのだが、
何度も尋ねられ、立腹してしまって
「うるさいわねぇ。くしゃみをしたときに、このおまじまいをしなければ、死んでしまうと世間では
言ってるでしょう。あたしが、めんどう見た子が出家して比叡山で勉強しているので、
その子が今くしゃみをしたかも知れないと思うと、気になってしょうがないから、
こう申しているのですよ」と言った。

珍しく殊勝な行為だったのね。


超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-08-30 11:45 | 徒然草
2006年 08月 29日

人類の基本的関数を身近なところで考える (7) プロ野球編

カナダの歴史学者であるウイリアム・アーヴィン・トンプソンは、
世界の狩猟民族の形態を研究し、試行錯誤のうちに最終的に身につける
四つの役割を 「人類の基本的関数」 と呼んだ。

その四つの役割とは、
頭目(指揮官)祭司(作戦参謀)狩人(兵士) そして道化(トリックスター)である。

昨年までの、各チームのエースや各チームの4番バッターを寄せ集めたような
巨人の野球が、勝てないのはもちろんのこと、エンターテイメント(娯楽)としても
おもしろくないことを数年間にわたって見せつけられた。

若い方には、もはや古い出来事であるので、例に出すのは恐縮なのだが、
何とセリーグはもちろんのこと、日本シリーズまで9回連続で制覇した
日本のプロ野球チームがあった。いうまでもなく黄金期の巨人である。

このV9の時期の巨人には、人類の基本的関数がバッチと当てはまる。
頭目(指揮官)に川上哲治。
祭司(作戦参謀)に牧野ヘッドコーチと現場の捕手であった森。
得点という獲物をゲットするための 柴田、高田、土井、黒江、王、末次などの多彩な狩人。
そして、生粋(きっすい)のトリックスターである長島茂雄の存在。

現在も、優勝するチームには人類の基本的関数が有効にはたらいていると思う。

さて、巨人人気の低迷は今回のテーマではないのだが、読売グループの発祥は、
群馬の正力さんが、現在の後楽園遊園地の場所にお化け屋敷を造ったのがはじまり
だと聞いているが、東京ドームはその本質からそれずにお化け屋敷であって欲しい。
脇役もバッチリ固めて、多彩な演出ができる野球をやってもらって、ヤマ場で怪物や
魔物が出てきて欲しい。優等生なんか見たくなくて、バケモノが見たいんだ。

1年や2年でV9時代のようなチームを作るのは無理だろうから、
これもけっこう古い話だが、第1期長島茂雄監督期に「代打淡口」のコールで
後楽園球場全体が沸いたように、絶対的な代打の切り札、攻撃部門の8時半の男を
誕生させていただきたいと思う。

あれっ、マーヒーはアンチ巨人だったはずなのだが、けっこう応援しているなぁ。
マザーテレサが
「愛という言葉の反対語は憎しみではなくて無関心です」
と言ったそうだが、この言葉の重みを巨人で実感してるって、宗教家としてどうよ?


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-08-29 01:20 | 草評
2006年 08月 28日

人類の基本的関数を身近なところで考える (6) 映画編

カナダの歴史学者であるウイリアム・アーヴィン・トンプソンは、
世界の狩猟民族の形態を研究し、試行錯誤のうちに最終的に身につける
四つの役割を 「人類の基本的関数」 と呼んだ。

その四つの役割とは、
頭目(指揮官)祭司(作戦参謀)狩人(兵士) そして道化(トリックスター)である。

さて、今回は、黒澤明監督の3時間27分の超大作、『七人の侍』を例にとって考えたい。
『七人の侍』は、締めのセリフまで同じという、『荒野の七人』をはじめ、多くのハリウッド映画
にも影響を与えた映画である。マーヒーは、けっこう『ポリスアカデミー』なんかもこの影響下
にある映画ではないかと思っている。

さてさて、七人の侍の登場人物とその設定を簡単に整理してみると

島田勘兵衛(志村喬)   絶対的リーダーで、まさに頭目であり、まさに指揮官である。
七郎次(加藤大介)     勘兵衛の旧友、沈着冷静な作戦参謀
岡本勝四郎(木村巧)    美白の若侍 純粋な性格
林田平八(千秋実)     絶対絶命のピンチに活躍するひょうきん剣士
久蔵(宮口精二)       寡黙な剣豪であり、求道者タイプ
片山五郎兵衛(稲葉義男) 地道な熟考タイプ
菊千代(三船敏郎)      武士でもなく農民でもない まさにトリックスター

という具合になる。菊千代(三船敏郎)というキャラクターは、この脚本の制作中に、
「農民でもなく、武士でもなく、この二つの世界を自在に行き来できうる存在の必然性」に
気がつき加えられたキャラクターであると聞いているが、これが日常と非日常を自在に
往来できるという、トンプソン博士の定義するトリックスターの特徴と合致する。

おそらく、その最終段階の脚本に行き着くまでは、林田平八あたりの役割にトリックスター
の要素を盛り込むようにさせたかったのではないかと考えるが、トリックスターは単なる
道化役ではなくスターであり、菊千代の存在でこの映画は超大作になったと考える。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-08-28 11:56 | 草評
2006年 08月 28日

人類の基本的関数を身近なところで考える (5) TVゲーム編その2

カナダの歴史学者であるウイリアム・アーヴィン・トンプソンは、
世界の狩猟民族の形態を研究し、試行錯誤のうちに最終的に身につける
四つの役割を 「人類の基本的関数」 と呼んだ。

その四つの役割とは、
頭目(指揮官)祭司(作戦参謀)狩人(兵士) そして道化(トリックスター)である。


さて、親鸞聖人のご命日である11月28日、その日の東本願寺では午前6時の開門の
前に全国からの参拝の方々が、門の前に長い列を作る。

その列に、その日が発売日だったユーミンのクリスマス・ツアーのチケットを求める
人々のプレイガイドからの長い列とニアミスした光景(当時は今ほど電話予約は
一般的ではなかった)も見たことがある。

忘れられないのが京都の烏丸七条通りをはさんで近鉄デパートから続く
ドラゴンクエストを求める人たちの長い列だ。

1988年だから、何だかんだで18年前の話だが、ドラゴンクエストⅢの発売は社会現象
だった。

このドラゴンクエストⅢは、前回のドラクエⅡが二名の戦闘員が戦う形でプレイするのに
対して(元祖のドラクエは一人で戦う)4名のグループがドラゴンクエスト(竜退治)に向かう
という設定である。トンプソン博士の人類の基本的関数でいうところの、頭目(指揮官)は、
これは勇者として固定されているが、他の3名のメンバーは、兵士、武道家、
魔術師、商人、僧侶、賢者、遊び人のなかから選べるようになっている。
(15年以上ドラクエをやっていないので、細かいところは間違っているかもしれない)

この遊び人というのが、人類の基本的関数を意識して取り入れられた発想
ではなかったかと思う。このドラクエⅢの遊び人ほどわかりやすいトリックスターはいない。

遊び人は、スライムをはじめ魔物の攻撃にニッコリ笑ったり、
不思議な踊りを踊ったり、予想外の動きをしてハラがたってしまうことも多いが、
あわやグループ全滅か、という危機に最後に残った遊び人のムチでの一撃で、
ギリギリのところで魔物をやっつけてしまう時の快感があって、遊び人を入れてグループを
組みドラクエⅢをプレイした人は多いはずだ。

ああ、なつかしいなぁ。デパートなどの玩具コーナーで、子どもたちが
 「あのね、遊び人がレベル20になって宮殿で転職をするとね・・・」
という立ち話をしていたら店員さんがネタバレを恐れてか
 「こら、大声でそんな話をしたらアカン!」
と怒鳴っていたのを思い出す。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-08-28 02:09 | 草評
2006年 08月 28日

人類の基本的関数を身近なところで考える (4) TVゲーム編

カナダの歴史学者であるウイリアム・アーヴィン・トンプソンは、
世界の狩猟民族の形態を研究し、試行錯誤のうちに最終的に身につける
四つの役割を 「人類の基本的関数」 と呼んだ。

その四つの役割とは、
頭目(指揮官)祭司(作戦参謀)狩人(兵士) そして道化(トリックスター)である。

さて、この人類の基本的関数は、現代の狩猟であるところの労働(各種プロジェクト)にも
当てはまっているだろうし、さまざまなエンターテイメント(娯楽)にも関わっているはず
だ。

今回は、そのなかで、今のエンターテイメントとして語るには欠かせないTVゲームの
なかで、有名なドラゴンクエスト、略してドラクエをとりあげてみたい。

ただ、マーヒーは任天堂のファミコン時代のドラクエⅠ~Ⅳまでしかプレイしたことがない。
プレイステーション2は持っていて、たまにスポーツゲームにうつつをぬかすので、
今すぐドラクエⅤ~Ⅷを買ってきてプレイすることは不可能ではないのだが、
いったんロールプレイングゲームというものを開始してしまっては、その止め難いことも
ハマりやすい自分の性格も少しは知っているつもりなので自制している。

たぶん、長生きできればⅤ以降のドラクエは、飽きるか死ぬかという状態で
老後にプレイすることになると思う。

というわけで、すでにネット上のどこかのホームページかブログで、このドラクエと
トンプソン博士の人類の基本的関数との関連、もしくはユング派心理学との関係が
どこかで論じられているものと思っていた。解剖学者であり、脳学者であり、なおかつ
作家でもあり、さらになおかつTVゲームの超ヘビープレイヤーである養老孟司先生
あたりがすでに論じているような気がしていた。

ところが、いくつかの検索エンジンで調べてもなかなか見当たらないので、
ブログ記事としてはかなり長くなるが、この草仏教ブログにて論じていきたい。

まず、ドラゴンクエスト(竜を征服・克服する)というこのゲームのタイトルが意味深だ。

ドラゴン、すなわち東洋で竜、あるいは龍と表記されるイメージは、
仏教の守護を示すシンボルであり、それで寺院の彫刻や装飾などに用いられることが多い。
(以下の文章は『平凡社大百科辞典』から多くを参考にさせていただいたが)

西洋においても、ドラゴンの語源はギリシャ語の蛇を意味する言葉らしいのだが、
強大な権力や豊穣の象徴であり,授精力をもつ地霊の性格をあらわすという。
ドラゴンは畏敬の対象であり、古代ローマ軍は竜の旗を掲げ、西ヨーロッパ(特にイギリス)
では王家の紋章に用いられた。北ヨーロッパにおいても竜は海軍の象徴であり、
バイキングは船のへさきに竜の頭を飾った。
したがって,この恐るべき地霊を殺害し,大地の秘密や恵みを人類に解放する英雄は
西洋各地の建国伝説などに繰り返し登場することになる。
ギリシア神話の怪物ピュトンはアポロンに射殺されて、同地の支配を人間の手にゆだねる。
テーバイの建設者カドモスはアレスの泉を護っていた竜を斬り殺す。
それから、これはワーグナーの過激な歌劇で有名であるが、ゲルマンの叙情詩では
「ニーベルンゲンの歌」に登場する英雄ジークフリートも竜を殺す。

これら竜を殺すというテーマについてユング心理学では、
混沌の象徴である竜が殺されて秩序が生じる過程を人間の意識の発展
と解釈するようだ。

つまり、ドラクエばかりをやっているドラクエ・ジャンキーは、今や日本中どころか世界中に
ものすごく多くいるような気がするが、これをユング派心理学から見るのならば、
  混沌の象徴であるドラゴンをコントローラーを駆使して退治していって、
  その退治によって生じる何らかの秩序を通じて自らの意識の発展を託している
  のではないだろうか。


ドラゴンクエストの開発者が、このことを意識していたかどうかはわからないが、
いい大人でも徹夜をするものが続出し、社会現象になったほどハマる者が続出した、
そのハマりっぷりを見て、さらにⅣまでとはいっても一時期ハマった経験をもつ者と
しては、その心理的な理由としては納得してしまうのである。

さて、長くなりすぎたので続編を書く。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-08-28 01:26 | 草評
2006年 08月 28日

人類の基本的関数を身近なところで考える (3) お笑い・ドリフ編

カナダの歴史学者であるウイリアム・アーヴィン・トンプソンは、
世界の狩猟民族の形態を研究し、試行錯誤のうちに最終的に身につける
四つの役割を 「人類の基本的関数」 と呼んだ。

その四つの役割とは、
頭目(指揮官)祭司(作戦参謀)狩人(兵士) そして道化(トリックスター)である。

さて、ドリフターズのことを考えてみたいのだが、いかりや長介さんが亡くなられてから、
その頭目(指揮官)としてのすごさがわかる。いかりや長介という強力な頭目がいて、
加藤茶も志村けんも仲本工事も、高木ブーも、そして今は亡き荒井チューも
みんな活きていた。

その頭目ぶりは、役柄にも必ず反映され、コントの舞台が学校の教室であれば
いかりや長介は必ず先生役であり、探検隊であれば必ず隊長であり、
家庭であれば必ず女装してのゴツイお母さん役であった。

祭司(作戦参謀)も、かなりの部分をいかりや長介は担い、マンネリと言われながら
ドリフの他のメンバーといっしょに新しいギャグを生み出していった。

その頭目ぶりを象徴するのがドツキ用のメガホンであって、これほどメガホンが似合う人も
なかなかいなかったのではないだろうか。

特に人の笑いを獲得するということに、人類の基本的関数というものを重ねあわせて
みていくと、どいうしてもトリックスター(ドリフでいえばやはり志村けんや加藤茶の役割)
に着目していくことになるのだが、強力なトリックスターというものは、やはり強力な頭目の
もとで光り輝くものかもしれないと感じる。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-08-28 00:32 | 草評
2006年 08月 27日

人類の基本的関数を身近なところで考える (2) お笑い編

カナダの歴史学者であるウイリアム・アーヴィン・トンプソンは、
世界の狩猟民族の形態を研究し、試行錯誤のうちに最終的に身につける
四つの役割を 「人類の基本的関数」 と呼んだ。

その四つの役割とは、
頭目(指揮官)祭司(作戦参謀)狩人(兵士) そして道化(トリックスター)である。

さて前回は、現代との接点を考慮して、狩猟を焼肉での宴会になぞらえてみた。
まあ、ちょっとは接点を感じてもらえたでしょうか・・・

今回は、獲物を部分を客(テレビなどの前の視聴者を含む)の笑いにたとえて、
人類の基本的関数を検証してみたい。

さて、そこでまずはボケとツッコミを基調とした、オーソドックスな漫才を例にとってみたい。

ここで、読んでいる方は、やや訝(いぶか)しげに?っと思われるかもしれない。
客の笑いをゲットしてくることを狩猟にたとえるのはともかく、人類の基本的関数の
その最低遂行人員は4名は必要ではないか?と。

それに対するマーヒーの答えはこうである。漫才では、舞台上の道化(トリックスター)以外は
見えないところにいる。頭目(指揮官)はプロデューサーであり、祭司(作戦参謀)は放送作家
などであり、狩人(兵士)は、照明、大道具、小道具、さまざなスタッフが笑いをとるという
共通の目的のもと見えないところで奮闘している。

ボケとツッコミの漫才コンビの場合、基本的にはボケ役が日常の会話から非日常の世界に
転換させるトリックスターの役割を担い、ツッコミ役はトリックスターの確実な仲間でありながら
客の役割というか、視聴者の立場をもっている狩人(兵士)の一員である。

しかし、ボケ役のみが道化(トリックスター)かというと、やはりそんなには単純にいかない。
トリックスターというものは、日常と非日常を自在に行き来することができる。
  (とトンプソン博士は言っている) 
いい例が、ツッコミの芸の見せ所のひとつであるノリツッコミ
(いったん、ボケに同調し、その後で そんなアホななどと言う)
ではないかと思う。瞬時に日常と非日常をわたり歩く芸である。

そのような例はあるが、しかし、基本的にはツッコミ役は日常の世界にいることがいい。
それが非日常のトリックスターをひきたてることになる。

であるから、前に何かの番組で(忘れた) DonDokoDonの山口と雨上がり決死隊の
宮迫が一日だけ漫才コンビを組んだ時に、「吉本史上最強コンビではないか?」と、
その番組(何だったか忘れたんだよ)上でコメントされていた気がしたが、
いろんなスポーツでドリーム・チームやオールスター・チームが案外簡単に
負けてしまうのと同じく、それぞれにとって平畠啓史や蛍原が必要なのだろう。

お笑い編にはドリフターズのことを書こうと思っていたが、長くなったのでここで
いったんやめておく。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-08-27 12:58 | 草評
2006年 08月 25日

人類の基本的関数を身近なところで考える (1) 宴会編

カナダの歴史学者であるウイリアム・アーヴィン・トンプソンは、
世界の狩猟民族の形態を研究し、試行錯誤のうちに最終的に身につける
四つの役割を 「人類の基本的関数」 と呼んだ。

その四つの役割とは、
頭目(指揮官)祭司(作戦参謀)狩人(兵士) そして道化(トリックスター)である。

関数? かなり昔の高校生時代に、数ⅡBなんて教科で(数Ⅰだったかもしれない)
関数というものを初めて習った時には 関数なんて将来何の役に立つんだよ!
と思ったものである。しかしそれから20年後、マイクロソフトのExcelというソフトの表の
設定をするにあたり、ああ、これが関数というものか役に立つやんけ と思った。

そしてトンプソン博士が、歴史学者なのに関数と数でくるのか、いまいち把握
できずにいたが、マーヒー、今頃になってこの理論が関数と呼ばれるワケについて、
たぶん本格的な歴史学者の方や数学者の方にとっては笑止千万(しょうしせんばん)なの
だろうが、思いっきりマーヒーの身近なところからその理解を開陳(かいちん)したい。

さて、このトンプソン博士の理論を思いっきり飛躍させ、マーヒーの身近なところに引き寄せ、
現代における狩猟は、これを労働と置き換えたい。狩猟における獲物の獲得が、労働に
おける賃金の獲得である。(おっ、ちょっとは方程式っぽくなってきてるじゃないか)
そこで、ちょっとは狩猟との接点をもっておきたいので、サラリーマンが給料日に、
会社のプロジェクトの四人組と焼肉店に焼肉を食べに行くという、比較的にシンプルな形での
宴会をモデルケースとして人類の基本的関数を実感してみたい。

まず頭目(指揮官)は鍋での宴会でいえば鍋将軍であり、この宴会では焼肉将軍。
仲良し四人組が同じ課なり係であるなら課長なり係長である場合が多く、暗黙のうちに
この宴会のすべてを取り仕切っている。

祭司(作戦参謀)は、鍋での宴会でいえば鍋奉行であり、この宴会では焼肉奉行。
  タン塩よし、 カルビもう少し待て、 上ミノは網の端に寄せろ、 キムチ追加だ、
  それからロース2枚追加、ジョッキ生お代りの人は手をあげろ・・・
など、常に変化していく焼肉や炭火の状態、他のメンバーの喉の渇きや満腹度、さらには
店内の状況に絶えず目を光らせ、瞬時にして、なおかつ的確に他のメンバーや
店員さんに指示を出していく。

狩人(兵士)は、他のメンバーの言動に耳を傾け、うなずいたり、ウケたりしながら
黙々と、いちばんたくさんの焼肉を食べる。

そして道化(トリックスター)は、突然、テレビのチャンネルを突然変えるかのように、
話題を転換させたり、あるいはボケ役になって4人の宴会ながら爆笑を誘ったりする。
古いたとえで恐縮だし、このたとえではたとえトンプソン博士の後継者に出会えたと
しても外国人だったり日本人でも若い人にはなかなかうなずいてもらえないだろうが
『プロポーズ大作戦』でいうならば男の5番の役である。

マーヒーが、焼肉店で、こういう四人組に出会ったとしたら、ああ、この宴会は上手く
いくだろうし、ひいてはこの狩猟(労働)、このプロジェクト、この会社は成功するに違い
ないという予感がヒシヒシとする。こういう四人組に出会ったら、インサイダー取引や
風雪の流布なしに、その会社の株を買って上昇の可能性が大であろう。

関数というのは、その原型が大きなバリエーションをどんどん生み出していくものと
理解している。(違うかなぁ?)


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-08-25 00:32 | 草評
2006年 08月 24日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第46段)

柳原の邊に、強盗法印と號する僧ありけり。たびたび強盗にあひたるゆゑに、
この名をつけにけるとぞ。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第46段)

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京都市上京区柳原あたりに、「強盗大先生」と人が呼ぶ僧侶がいた。
この僧侶が強盗というのではなく、たびたび強盗に遭遇してしまうから、
世間からこの名前をつけられたとさ。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-08-24 23:46 | 徒然草