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2006年 12月 31日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第71段)

名を聞くより、やがて面影はおしはからるる心地するを、
見る時は、又かねて思ひつるままの顏したる人こそなけれ。
昔物語を聞きても、此の比の人の家のそこほどにてぞありけんと覺え、
人も、今見る人の中に思ひよそへらるるは、誰もかく覺ゆるにや。

又如何なる折ぞ、只今人の云ふ事も、目に見ゆる物も、
わが心のうちも、かかる事のいつぞや有りしがと覺えて、
いつとは思ひ出でねども、まさしく有りし心地のするは、我ばかりかく思ふにや。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第71段)

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人の名前を聞くとすぐにその人の容姿が推測が予想できるような気になるのに、
実際に会ってみると予想した通りの顔の人はいなかったりするんだよね。
昔の物語なんかを読んでいると「これはあの家で、あのあたりのことかな」などと思う。
登場人物も現在知っている人のなかの誰かにあてはめて
「あの人みたいな感じだろうな」などと自然に思い浮かべちゃうってことは、
この吉田だけじゃなくてみんなが感じて、そして実際にやっていることかなぁ。

それからデジャヴっていうのかなぁ、ちょうど今、人の言っていることも、
目に見えているものも、心のなかで
「そういえばこういうことってあったような気がする」と思うのだけど、
いつのことだか思い出せないのだけれども、確かにあったぞぉという気持ちに
なるのって・・・私だけ?

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-12-31 00:32 | 徒然草
2006年 12月 30日

ボブ・マーリーのスキン編集(アイコン)にしばしのお別れ

年内に、ボブ・マーリーのスキン(アイコン)を変えなければならないと
予告をしていたが、その年内も、大晦日が迫ってきた。

3ヶ月以上もボブ・マーリーの笑顔とつきあってくると、何とも言えない愛着も
湧いてくるし、なんたってマーヒーはボブ・マーリーが大好きだ。
『徒然草』が終わったら、ボブ・マーリーの全曲解説もやりたいと思って
いるぐらいだ。でも、変えなきゃいけない理由を羅列(られつ)しておきたい。

1 ボブ・マーリーの笑顔は素晴らしいが、それゆえにブログで何を書いても
  ボブ・マーリーに笑われている気がして、ややスランプになってしまった。

2 レゲエの記事は今までの2年とちょっとの間にほんの数本しか書いて
  いないので、何だか「看板に偽りあり」のような気がしてきた。

3 スキン(アイコン)はその種類によって微妙に改行幅とか改行の字数とか
  写真の取り込みの占用スペースなどが違ってくる。なので過去ログで
  改行などがメチャクチャに飛んでしまっているものが多い。
  (特に吉田くんの徒然草なんかに多い)
  これをボブ・マーリーのスキンに合わせて直していこうと思うと、
  過去ログというか記事件数もいつの間にか480本を越えてしまっていて
  難しい作業になってしまう。

という三つのことを主な理由として、お正月用スペシャル・スキンをするかどうか
だけちょっと迷っていて、あとは前のツートンカラーのシンプルなものに直す
ことになると思う。

ただ、ボブ・マーリーにしばしのお別れの挨拶というか、ボブ・マーリーについて
何も語らずにスキンを変えるのは心苦しい。
かと言って、語り出すと止まらない・・・


というわけで、最近のボブ・マーリーの偉大さの再認識を一つだけ書いてみたい。

ボブ・マーリーのスキンでブログを書いている期間に、
 「ボブ・マリーのCDのなかで推薦盤は?」
という趣旨のメールをいただいた。

シンプルだが回答者の迷いが非常に深くなるご質問だ。
最初は、『レジェンド』 などのベスト盤を推薦することを考えた。
「NO WOMAN NO CRY」 があの素晴らしいギター・ソロの
途中からフェードアウトされている編集にはちょっと腹が立つものの、
誰もが最初にボブ・マーリーの世界に入っていくための推薦盤として
あげるには最適かつもっとも無難な答えだろう。

でも、ここで回答したのは『LIVE!』 と 『BABYLON BY BUS』 の2枚。

どちらもライブ盤ということになるが、改めて思うことは、
映像付きのDVDではなく、純粋にパソコンを使わないことはもちろん、
オーバーダビングもリミックスもせずに、ライブ盤の音だけで
聴く者を興奮させるアーティストが、いったいどれぐらいいるだろうか?
うーん、これもすでに10年以上前になるけれども私にとっては
『アンプラグド』でのエリック・クラプトンか?

そのエリック・クラプトンもボブ・マーリーの作った曲に救われた人だ。
特に 『LIVE!』 にも入っている 「I SHOT THE SHERIFF」 に。

というわけで、ボブ・マーリーのスキンとはあと少しでお別れだが、
ますますボブ・マーリーが大好きである。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-12-30 06:50 | 草仏教更新案内
2006年 12月 30日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第70段)

元應の清暑堂の御遊に、玄上は失せにし比、菊亭大臣、牧馬を彈じ給ひけるに、
座に著きて、先づ柱を探られたりければ、一つ落ちにけり。
御懷にそくひを持ち給ひたるにて付けられにければ、神供の參る程によく干て、
ことゆゑなかりけり。

いかなる意趣かありけん、物見ける衣かづきの寄りて、
放ちて、もとのやうにおきたりけるとぞ。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第70段)

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後醍醐天皇の元応の時代のことだ。平安京の豊楽院(ぶらくいん)の
清暑堂という高級ライブハウスでギグがあったのは、宮中秘蔵の
ストラディバリウス級のビンテージ楽器であった琵琶(リュート)の
「玄上」が盗まれた頃であった。
「菊亭」と言われた藤原兼季くんが同じぐらいの銘器である
「牧馬」を弾くこととなったので大注目だ。
席についてまずはチューニングをおこなっていたところ、
ギターでいえば「ナット」の部分が落ちてしまった。
藤原兼季くんはフトコロにあった米で作った糊ですぐにそれを修理したので、
上手い具合にお供え物が飾り終わる頃には乾いていて、
演奏には差し支えがなかった。

何か恨みでもあったのだろうか? 
(うーん、女がからんだワケありと吉田はみたぞ)
ライブが始まる前に観客席から覆面をした女が乱入してナットを外しちゃって、
それから、もとどおりにして置いたのだというのだけれどね。


超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-12-30 00:01 | 徒然草
2006年 12月 28日

競馬から学んだことベスト7(7)

競馬から学んだことを書いてきたが、最後の7番目は、ちょっと実用主義というか、
お馬の話だけに今までの6つとは毛色が違う。

正確に言うならば競馬から学んだことというよりもダビスタ04というゲームから
実用的に学んでいることである。
このダビスタ04というプレイステーション2用の競走馬育成ゲームをやってきて、
さらに子どもが「たまごっち」に夢中になっているのをみて、
ああ、これは大人のたまごっちなのだなぁとつくづく思った。

生まれてきた馬に名前をつけ、育成し、2歳の夏になったらレースに出す。
そしてGⅠ制覇はもちちろん、フランスの凱旋門賞までを目指す。
たまごっちに夢中になった子どもたちも、この本格的な育成ゲームの方が、
意外なことに面白いらしく、仔馬が生まれる3月や4月になるのを楽しみにし、
適当な名前を付けたがったので困った。命名権をたまに譲ってやったが、
 バカモノゼリー
 ハナサカベイビー
など、子どもが名づけた馬がGⅠを三つ以上制覇して栄えある殿堂入りを
果たしている。

いい年をして、子どもまで交えながらダビスタにうつつを抜かしていることを
白状するのも恥ずかしいが、ふと、どうせなら、今まで覚えたくてもなかなか
覚えられないような言葉を馬の名前に命名して覚えちゃえ!ということを思いついた。
まず英語の辞書があったので、そこから9文字以内のカタカナ表記で、
ゲーム上で生まれてくるマーヒーの持ち馬にどんどん命名していった。

そういう遊び(やっぱりこれは勉強ではなくて遊びだよな)を通じて、
名前というものの本質、あるいはもっというと言葉の本質のようなものを
ちょびっと哲学的に考えることができた、というのが7番目に学んだことだ。

「試験に出る英単語集」みたいな本には、たとえば英語圏で実際に生活するには
必ずといって必要な言葉、たとえば refrigerator (冷蔵庫) なんて単語は
載っていない。 どうも政治・経済・哲学・宗教を論じる時に必要な言葉が主流なんだ
ろうなぁと、ふと最近本屋で「英単語ターゲット2000」とか、そういう受験対策の
本をパラパラとめくって感じた。

何だか変わっていないなぁ・・・いまだに大学受験英語のようなものを忠実に勉強
すれば、観念的で哲学的な文章を読解できるのに、英語で冷蔵庫を何と言って
いいかわからない・・・というちょっとヘンな人間像が浮かんでくる。

ま、これは別の話として、refrigerator というものは実体がある。手でさわれる。
だからヘレン・ケラーになったつもりで冷蔵庫を手でさわって、感動的に
「refrigerator! refrigerator!」 と連呼してビールを冷やせる感激を
表現するように叫びでもすれば簡単に覚えることができる。
ヘレンケラーの手にさわることができる「水」からはじまって、
それから手ではさわることのできない観念的な言葉や抽象的な
言葉をヘレンに教えたサリバン先生は偉大じゃ。

だいたい、手でさわることができない、実体を目で見ることはできない観念的で
抽象的な言葉が、いわゆる「試験に出る英単語」の単語とかなり重なるみたいだ。

ホテルという言葉は今は誰でも知っているが、明治時代は困っただろう。
旅籠(はたご)のような機能をもった建物であると思いつつ、旅籠とホテルは
別物であるという感覚はあっただろうからホテル=旅籠とは訳せない。
そこでどうしたかというと、やっぱいちばんてっとり早く帝国ホテルのような
立派なホテルを作っちゃった。実体があれば易しい。
ホテルがあればホテルはホテルでいいのだ。

チーズというのも困っただろう。醍醐(だいご)と訳してみるか?
うーん、でも手っ取り早いのは輸入しちゃったらどう?
てな感じでチーズはチーズだったのだと思う。

最近の例では、 convenience (利便性) なんて言葉は、それこそ
「試験に出る英単語」(青春出版社)なんかに出てくる覚えにくい単語だった
ような気がする。でも、マーヒーの学生時代の間に日本全国に
コンビニエンス・ストア(和製英語ではあるけどね)という「実体」がどんどん
できちゃって、実体さえあれば「便利だね」「開いててよかった」という実感を
ともなって、今ではとても覚えやすい英語の単語になっているのだろう。


というわけで、(長かったね)マーヒーはどんどん9文字以内のカタカナ英単語を
ダビスタで生まれた馬にネーミングしていった。
多くは抽象的かつ観念的な言葉だ。その抽象かつ観念が、
ダビスタという虚構世界の中ではあるけれどもマーヒーの持ち馬という実体を
もってくるのだから笑える。
なかには、中央競馬会の登録馬の名前にしてもいいのではないかという
ものもあるし、あり得ない名前もある。そして、あり得ない方が強かったりする。
ああ、けっこうおもしろいです。

飽きてきたら、今度はイタリア国旗の勝負服の いたりあ牧場 を作って、
イタリア語をダビスタでマスターしちゃおうかなぁなーんていう野望まで夢想
しつつプレイステーション2に向かう43歳のマーヒーです。

 ※ 読み直して、一応、受験生が読んでいるといけないので、念のために
   記しておきますが、このダビスタで英単語を覚える方法は、寸前に迫った
   受験には使わない方がいいです。まず英単語を覚えるといってもカタカナ
   だし、ダビスタでは馬の名づけは仕事のほんの一部分であり、他にも
   牧場の収支決算管理、種馬の組み合わせ、厩舎の選択、調教、
   放牧時期の判断、レース選びなどたくさんやることがあり、第一、
   面白すぎて今の時期にダビスタにハマッてしまってはたいへん危険です。
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by kaneniwa | 2006-12-28 06:55 | 七草
2006年 12月 28日

競馬から学んだことベスト7(6)

マーヒーは中山競馬場のトイレで お馬で人生アウト
という落書きを見かけたことがある。 悲しいなぁ。

日本ダービーを持ち馬で制覇したことのある社長さんも
自殺をされてしまったという痛ましい事件もあった。

6番目のご教訓は 「お馬で人生アウトになっちゃいけないよ」 という
ごくごく当たり前のことである。それだけでは何なので、その具体的に
アウトにならないという手段も提示してみたい。

これが流行ってしまうとJRA(日本中央競馬会)は破綻してしまうけど、
確実にアウトにならない方法がある。
競馬のための予想ノートを作り、お金をかけたつもりで収支を記入しておく。
「賭けたつもり」のお金は本格的に銀行に個人の口座を作るという方法もあるけど、
まあコーヒーの缶とか、うちみたいに赤ちゃんのいる家なんかなら粉ミルクの缶
なんかが最適だ。

「賭けたつもり」のお金をそこに入れて、もしも予想が的中した時にはその中から
払戻金分のお金を自分の財布に戻して、普通に馬券を買って当たった時と同じ
ように祝杯をあげに街へくりだしてもいいし、欲しかったものを買ってもいい。

※ 気をつけていただきたいのは、これは必ず一人きりでやること。
  他者を交え、特にそこに金銭のやりとりをすると、これはノミ行為という
  犯罪となってしまいます。ただ、ここに書いているものは勝手に
  「賭けたつもり」になっているだけで、まったく違法性などはありません。
  むしろ、ギャンブルを高尚に楽しむ方法です。もしも全国的に流行れば
  農水省管轄のJRAをはじめとして国が困るには違いありませんが・・・

まずほとんどの人が1年以上にわたってこれを続けてみれば、「負けてスッたはず」 
のお金が「貯金」として残っているというラッキーを味わうだろう。

そんなもんは自宅にパチンコ台を置いてパチンコを楽しんでいるようなもので、
ギャンブルではないと言われそうだが、果たしてどうだろうか?
確かに予想が的中した時には複雑な思いだろう。
きっと「本物の馬券を買っていれば今頃豪遊をすることができたのに・・・」
と感じてしまうだろう。
しかし、そういう切り取ったラッキー・アンラッキーは非常にわかりやすいが、
トータルでの本物のラッキーというものはたいへんに奥が深くて見えにくい。

JRAが的中馬券の払戻しに充当しているのは、馬券の売り上げの75%弱ぐらい。
つまり、回収率(と言います)がこの数字を越える人は「なかなかの予想家」という
ことが言える。90%を回収できたなら、もはや競馬新聞の専門予想家の領域だ。
実際に、競馬ジャーナリズムのプロの予想家たちで、それはスゴイ大穴をズバリ
言い当てたとかは1年のうちに何回かあるだろうが、重賞レースだけに限定しても、
年間のトータルで回収率が100%を越える者(つまり純粋に馬券で利益を少しでも
出したという人)はほんの数人しか出ず、その数人も次の年は大不調になったりする。

このプロは実際に馬の調教を見たり、騎手にインタビューしたり、あるいは
そういうプロ中のプロのなかでの情報を交換しあっている人たちだ。

だったら、こういう賭けたつもりで、それだけでレースを楽しめ、それだけで
手に汗を握れるぐらいの想像力をもてる人なら、この方法をおすすめしたい。
負ければ負けるほどに貯金が増えていくという、ちょっとユニークな貯金法でもある。

5年以上も続けて、けっこうまとまった貯金ができた人は、そのお金で車を購入
したらいい。きっと、当たらない車になる。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-12-28 00:04 | 七草
2006年 12月 27日

競馬から学んだことベスト7(4)と(5)

新潟県の三条市に仕事の関係で4年ほど住んでいたことがある。
たまに仕事のない土曜の午後か日曜(土曜日曜もけっこう仕事ありました)に、
まだ幼い長女に「動物園に行こっか?」と言って散歩に連れ出した。

動物園といっても、動物は馬と人間の二種類しかいない。
当時住んでいたアパートから子どもの手を引いても徒歩10分ほどで
行くことができた地方競馬の三条競馬場だ。
(現在は三条競馬は廃止され、跡地は乗馬クラブになっている)

この三条競馬場という競馬場は、もう府中や中山といった中央競馬の大本山に
くらべれば驚くほど近い位置で競走馬を見ることができた。
パドックというよりも簡単な柵で囲まれた半径が15メートルほどのサークル内を
これから出馬する馬がグルグルまわっていて、まさに目と鼻の先の位置で
競走馬を観察できた。
ここで得ることのできたご教訓の(4)は、
人間はパドックで馬を観察するが、馬も人間を観察している
ということだった。
馬のつぶらな瞳にこっちがじっと見つめられたりすると、実は馬の方が、
こっちが馬券を当てることができる人間かどうか、見定められているような気が
してならなかった。いや、本当にそうなのかもよ。

さて、地方競馬の出馬表は普通のスポーツ新聞には載っていない。
そして、地方競馬の競馬新聞は、JRA(日本中央競馬会)の競馬新聞よりも
割高に感じたので、ほとんど新聞を買うということをしなかった。

せっかくなので、子どもといっしょにパドックでお馬を「見たまんま」に馬券を買う
ということを、この三条競馬場ではしてみた。
「見たまんま」であるので、今まで重要視してきたデータはほとんど分からない。
分かるのは番号と馬の名前だけで、雄(牡馬)か雌(牝馬)かどうかさえハッキリとは
分からない。前走成績・・・わからない。血統・・・毛の色ぐらいは分かるがお父さんが
誰でお母さんが誰かなんて全く見当もつかない。持ちタイム・・・わからない。
距離適正・・・わからない。オッズ・・・わからない。調教状況・・・わからない。
騎手・・・誰が乗るかわからない。分かっても、地方競馬なので有名な騎手は
少ないので分かっても仕方ない。 馬齢・・・それさえまったく分からない。

という具合に、今までの予想の指針なりよりどころなりにしてきたデータを
一切使わないで、ほんとに「見たまんま」で馬券を買うのだ。

ところが・・・どうしても一頭だけがピカッと光って見えるケースが多いので
単勝(1着だけを当てる馬券の買い方)を買うのが主流だったということもあるが、
これがバカみたいによく当たったのだ。
4レース続けてこの「見たまんま」馬券を買う、という非常識な買い方で的中させた
時には 「今までの私はいったい何をやっていたの?」 と思った。

単勝を買うことが多かったのだが、中央競馬よりいち早く地方競馬で導入された
1着と2着を順番どおりに当てるというシステムの馬券も、何と「見たまんま」の
千円1点買いで的中させてしまった。この時は胸がドキドキしてしまって、
なんせオッズを知らないので「もしも万馬券だったりしたら・・・」と両替機に馬券を
入れる手が震えたが、1万8千円が払い戻された。割と順当路線だったのだ。
しかし、それはそれで「私の観察眼は実に正しかったのだ」という満足感があった。

とにかく、三条競馬場があった時代ほど、まあ1レース千円までルールを遵守して
熱くなりすぎなかったということもあるが、これほどよく的中した時期はないだろう。

ここから得たご教訓の(5)は、

情報が多すぎると、かえってその情報にふりまわされ、情報にしばられ、何を判断基準にするかということ自体がわからなくなっちゃって、迷いがより深くなってしまう

という貴重なご教訓だが、これは今のマーヒーにとって、
競馬以外のことで実に肝に銘ずるべきご教訓かもしれない。


BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-12-27 07:49 | 七草
2006年 12月 27日

競馬から学んだことベスト7(3)

私の長女は1998(平成10)年の12月の中旬に生まれた。
そして妻と娘が産院から戻ってきた直後に年末の有馬記念があった。

私は初めての子どもが生まれた嬉しさもあり、記念の意味もこめて、
娘の名前にちなんだ 1-5 (ちなんだというか、そのまんまなんだけどね・・・)
という馬券を枠連で購入した。ひとつ前の記事で書いたとおり、その当時は
ひとレース千円、夏目漱石(当時)のみの勝負、というルールを自分に課して
いたのだが、この時はやはり特別に五千円を賭けた。
新渡戸稲造(当時)は「野球害毒論」の関係で嫌いだったので、夏目漱石5人に
ご登場を願った。

そうしたら、ズバリ的中しちゃった。10万円以上の払い戻しがあったので、
さっそく家具をそろえちゃった。

ここから得たご教訓は、そういう語呂合わせに頼れということとちょっと違う。
もしそうならマーヒーがさずかってきた教えと相反する。

マーヒーが、この的中から得たご教訓は、極限までシンプルに言えば
 「ご縁を大切に」
ということである。

この1998年の有馬記念の出馬表を見たら、たまたま魅力的であるなぁ
と感じていたマチカネフクキタルとグラスワンダーの2頭が1枠に入っていた。
そして、元々注目していて好きなメジロ牧場のメジロブライトが5枠にいたのだ。
結果はグラスワンダーが1着でメジロブライトが2着だったのだが、
枠連で 1-5 という組み合わせが、果たして1-5 にちなんだ名前を
たまたま名づけたという縁がなければ、果たしてそれが数多い組み合わせの
可能性が見える馬柱のなかで光って見えただろうか?ということである。
そう、その縁で枠連の 1-5 がピカピカに光って見えて、いつもの5倍の
馬券を買ったのだ。

ラッキーナンバーというのは競馬なんかでは、そして日常生活でも迷信に近い
ものがあるが、しかし、何らかのナンバーを自分で選ぶ時に
「まず、そのナンバーに注目してみる」 ということは自然におこる。
そのプロセスを経た時に、「本来は迷うはずのものが迷う要素が少なくなる」
という利点ぐらいはあるのではないか、と思った。

しっかし、この長女、たまたまなんだろうがクジ運が強い。商店街のくじ引きなどで
長女だけがいい賞品をゲットするということが多くあるし、雑誌の懸賞など、
家族全員の名前で出してみたら長女の名前で懸賞が届く、というようなことがあった。
まあ、この現象も、この生まれた直後の「1-5的中」の縁をいまだに強く感じるから
こそ眼に写って見えるのかもしれない。

ちなみにマーヒーのなんちゃってヤンキースの選手(ケアレ・スミス)としての
背番号15は、いわゆるゲン担ぎのようなものではないつもりだ。
マーヒーは長女のことが大好きだから15番なのだ。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-12-27 06:56 | 七草
2006年 12月 26日

競馬から学んだことベスト7(1)と(2)

b0061413_247642.jpgディープインパクトの勝利で有馬記念も終わった。競馬ファンはお正月の金杯までひと休みなのだろう。仏教のブログを名のっていて、競馬についての記事とは何ごとか、と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、マーヒーは競馬から学んだことがいくつかあるし、それは単なるギャンブルだけのお話ではないような気もするので記しておきたい。

まず有馬記念というレースには、それは一年の締めくくりのGⅠのオールスター・グランプリ大レースなので当然と言えば当然であるが、思い出が多い。なかでも絶対に忘れられないのがトウカイテイオーが復活勝利をあげた1993(平成5)年の有馬記念である。この頃のマーヒーは東京に住んでおり、毎年、たまたまであるがクリスマスや忘年会シーズンとも重なるこの時期は、気の合う数名と浅草のスナック(有馬記念の日には午前中から開けてくれるお店だった)で昼間酒を飲みながら、ワイワイガヤガヤ・ケンケンガクガク見解の相違を語り合いながら楽しく過ごすということを数年間続けていた。これは楽しい。まず競馬から学んだことの第一は、この見解の相違というものがあってこそオッズというものが成り立ち、ギャンブルというものが成り立つということだ。

さてさて、有馬記念の前の4レースほどを歩いて5分ほどの場所にあるJRAの場外馬券売り場で馬券を購入してスナックのテレビで見てはワイワイ騒いで、いよいよ有馬記念に出馬の馬たちが本馬場に入場ということになり、364日ぶりのレースということで「注目すべきだが馬券的にはどうか?」と言われていたトウカイテイオーの返し馬(まあウォーミングアップです)をテレビで見ていたら何とも言えない切れ味というか迫力というかオーラを感じた。「間に合うかどうか微妙な時間だが、これは馬券を買い足しに行かなきゃ」と思って急いでスナックを飛び出して場外馬券売り場に競走馬のように走った。しかし普通のレースならともかく、有馬記念の馬券を求める競馬ファンは数多くある窓口で長蛇の列をつくっていて、すぐに「ありゃ、これは無理だ」と思った。

しかし、スナックに戻っていては一年の締めくくりのメインレースを見逃してしまう可能性もある。連れはどうせ有馬記念が終わった後も「反省会」か「祝勝会」であと1時間は店に残っているだろうと思い、マーヒーは有馬記念を場外馬券売り場のモニターで観戦していくことにした。

で、結果はトウカイテイオーの劇的勝利であり、マーヒーは馬券を買い足せなかった悔やみから「クソ~」と思ったが、本当の驚きとご教訓はその次の瞬間に訪れた。

いい年をしたおっちゃんやおばちゃんたちが、泣きわめき、その場にしゃがみ込む人や泣き叫びながらコブシや自分の頭を柱に連打する人々が続出したのだ。これが有馬記念のもう一つの裏舞台なのかと感じてしまった。

マーヒーは緑の服を着たJRAの職員が倒れこんだ人を介抱したり、必死になだめている様子などをただ呆然(ぼうぜん)と見つめた。

いけないな。そういう人は、たぶんマーヒーの想像もつかないほどの額を、たとえばビワハヤヒデの単勝なんかに突っ込んだんだな。または、サラ金などから借りた金で勝負しちゃったんだろうな。とにかく・・・いけないな。

それからスナックに戻って静かに飲み、何だか「自分はどうなのか」と内省的になっちゃった。自分も、やっぱり・・・いけないな・・・と思った。あの人々ほどではないけれどGⅠレースぐらいの時は1万円札で1点買いをしてそのスリルを楽しむというような買い方をしていた時期もあった。当たった時には割合と本命路線寄りでも一ヶ月の給料分近くが払い戻しになるというものすごい快感があったのだが・・・いけないな・・・としみじみ感じた。

とにかく、これからはクールな表情の福沢諭吉先生の一万円札で勝負をするのは絶対にやめようと思った。五千円札の新渡戸稲造(当時)がいいかというと、新渡戸稲造は「野球害毒論」という論文を書いているので野球大好きのマーヒーは新渡戸稲造の五千円札が大嫌いであり、自然と夏目漱石の千円札を「観戦料」として払って、まあ身の丈に合った勝負をするようになった。

現在は五千円札の樋口一葉も、千円札の野口英世も、特に野口英世のお母さんのシカさんはお金の工面にはとても苦労をされたので、とても競馬に使えない。自然と馬券を買う競馬からは足を洗っちゃった。それでも千円札が夏目漱石の時代には、けっこうギャンブルしました。

最近になって、ある仏教の講座で夏目漱石がいつも言っていた口癖(くちぐせ)というものを知った。マーヒーが夏目漱石の千円札を見つめながら「本当にこの馬でいいか?」と夏目漱石に問いかけていたら、いつも夏目漱石は何かを私に言いたそうな表情であり姿勢であったのだが、夏目漱石はいつもマーヒーに、その言葉を語りかけていたのだということに気がついた。

その夏目漱石の口癖とは・・・

 「そう上手くは いかないよ」


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-12-26 23:54 | 七草
2006年 12月 25日

超訳徒然草・吉田くんのブログ(第69段)

書寫の上人は、法華讀誦の功つもりて、六根淨にかなへる人なりけり。
旅のかりやに立ち入られけるに、豆の殻を焚きて豆を煮ける音の
つぶつぶと鳴るを聞き給ひければ、
「疎からぬ己等しも、恨しく我をば煮て、辛きめを見するものかな」
といひけり。
焚かるる豆殻のはらはらと鳴る音は、
「我が心よりすることかは。やかるるはいかばかり堪へがたけれども、
力なき事なり。かくな恨み給ひそ」
とぞ聞えける。

(吉田兼好法師 『徒然草』 第69段)

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姫路の円教寺の性空上人は、長い年月をかけて法華教を読んできた結果、
何だか五感に加えて心までもが研ぎすまされるようになってきた。
性空上人は旅先で、仮の宿(小屋)に入ったとき、大豆の殻を燃やして
大豆本体を煮ている音がグツグツ音を立てているのをお聞きになられ、
「ちょっと前まで一体だったボクちゃんの殻が、今は豆のぼくを煮ている。
殻がボクちゃんたちをいじめるなんてひどいよ~、うらめしいよ~」
という声に聞こえたそうだ。
そして、焚かれた殻がパチパチ鳴る音は
「オレが好き好んでこんなことやってるっテカ?
もう焼かれちゃって熱くて我慢できないっすよ。でも、どうにもならないっすよ。
怒られてもそれは逆恨みっすよ」
というように聞こえたという。

超訳BYマーヒー
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by kaneniwa | 2006-12-25 00:03 | 徒然草
2006年 12月 24日

本当のイエス・キリストの誕生日はいつなのか?

b0061413_7545724.jpg世間はクリスマス(イブ)であるが、12月25日はおそらく99%以上イエス・キリストの誕生日ではない。これは、検索で「イエス・キリストの誕生日」と入れるだけでかなりのことがわかる。聖書には誕生の様子はかなり重要な記述として描かれているが、誕生日ということに関する記述はない。ただ、羊飼いたちが野営をしているという記述から、10月1日以前ではないかとされ、ではなぜ12月25日がイエス・キリストの誕生日だと99%ぐらいの人が漠然と思っているかというと、古代ローマ帝国の太陽神の誕生祭(ここら辺の時期が冬至だということも関係する)という大フェスティバルと「いっしょにしちゃって世界中に広めちゃえ」という戦略が、どうもあったようだ。 これは、サンタクロースの服の色は赤だと信じきっている子供たちに「戦前の絵本などを見ると紺色などが主流で、あれを赤にしたのはコカ・コーラの宣伝戦略なんだよ」(これも一応事実です)ということを教えてしまうのと同じくらいヤボなことだとは思うが、宗教行事としてのクリスマス以外のところについてくる商戦なりイベントなりの部分には、聖書の影響よりもローマの方針とコカ・コーラの戦略の部分が大きい。マーヒーははなやかなものは好きだが、いっそのことクリスマスとは別に「バカ騒ぎの日」とか「恋人たちの日」(実際にブラジルではDia dos Namorados ヂア・ドス・ナモラードス 恋人の日というのがむこうの冬至に近い6月12日にある)とかを定めて欲しいような気がする。というわけで、クリスマスにはペプシ・コーラを飲むというのがマーヒーのささやかな反逆であり逆襲である。(ちーせー男だなぁまったく)

写真は先日家族で行った回転寿司屋さんの寿司ネタで飾られたツリーだ。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2006-12-24 07:10 | 草仏教